自分自身を愛することができた時に見えてくること
若い頃の私は、「自分を愛する」という言葉が正直よく分からなかった。
むしろ少し、恥ずかしいような気さえしていた。
自分を愛するなんて、自己中心的なことじゃないか、と。
どちらかと言えば、
誰かに必要とされること、
役に立つこと、
期待に応えることばかり考えていた気がする。
家族、仕事、人間関係。
ちゃんとしなきゃ。
迷惑をかけちゃいけない。
もっと頑張らなきゃ。
そうやって長い間、“自分より周り”を優先して生きてきた。
自分の気持ちは、いつも後回し。
「私はどうしたいか」より、
「どうすれば場がうまく回るか」を先に考えていた。
それが当たり前すぎて、おかしいとも思っていなかった。

でも人生の途中で、心や体が「もう無理です」と教えてくる時がある。
私の場合は、
親と義親の介護や看取り、
夫の病気、
職場でのしんどい経験、
末っ子の独立、
そして更年期や体調不良も重なって、
今までみたいに頑張れなくなった。
気力が湧かない。
そして、急に涙が出る理由もよく分からない。
そんな日が続いた。
最初は、そんな自分を責めていた。
なんで頑張れないんだろう。
私は他人に比べて劣った存在だし、
昔はもっとできていたのに、と。
でも、ある時ふと思った。
「私は、私に対して厳しすぎたんじゃないか」と。
疲れているのに無理をする。
悲しいのに平気なふりをする。
本当は嫌なのに笑って合わせる。
それを“優しさ”や“強さ”だと思っていたけれど、
自分自身には、ずっと冷たかったのかもしれない。
他の人には「無理しないで」と言えるのに、
自分には言えなかった。
そこから少しずつ、
自分の気持ちを後回しにしない練習を始めた。
疲れたら休む。
嫌なものから距離を取る。
好きな音楽を聴く。
綺麗な花を見る。
推し活で思い切り笑う。
そんな小さなことから。
最初は罪悪感もあった。
でも少しずつ、
「これでいいんだ」と思えるようになっていった。
自分を喜ばせることは、
わがままじゃない。
生きていくために必要なことなんだ、と。
すると不思議だけど、
前より周りがよく見えるようになった。
無理している人のしんどさ。
強がっている人の孤独。
逆に、
SNSなどで、人を利用しようと近づいてくる違和感や、必要以上に依存してくる人の重さも分かるようになった。
自分の感覚を、
少し信頼できるようになったのかもしれない。
自分を大切にできるようになると、
“本当に心地いい人間関係”が少しずつ分かってくる。
一緒にいて自然と笑える人。
無理をしなくていい場所。
そういうものの大切さが、
前よりずっと分かるようになった。
そして、
幸せって「誰かに認められること」だけじゃなく、
「自分が自分を雑に扱わないこと」なんだと気づいた。

ところで、この「自分自身を愛することができた時に見えてくること」というタイトル。
実は約3年前、アメブロに書いたスピリチュアル系ブログの題名だった。(現在は休止中)
でも当時の私には、
タイトルだけあって、
中身がまだ追いついていなかった気がする。
「自分を愛する」という意味が、
まだ自分の言葉になっていなかったから。
約3年経った今、
ようやく少しだけ、
そこに近づけてきたのかもしれない。
ようやく当時のブログタイトルを回収できた。
振り返ると、
私が自分を後回しにするクセを持っていたのには、それなりの理由があった。
いわゆる機能不全家庭で育ったことも、その一因だと思っている
機能不全家庭というと、
暴力やネグレクトなど、
分かりやすく深刻な家庭を想像する人も多いかもしれない。
でも実際は、
親の機嫌で家の空気が変わる。
本音を言うと否定される。
子どもなのに親を支える役になっている。
「いい子」でいないと愛されない気がする。
そんな状態が続く家庭も含まれる。
私自身、
「空気を読まなければ」
「迷惑をかけてはいけない」
「自分より周りを優先しなければ」
そんな感覚が、
いつの間にか染みついていた。
だから大人になっても、
自分の気持ちが分からなくなったり、
頑張りすぎたり、
人に頼るのが苦手だったり、
自己肯定感が低くなってしまう。
でも今は、
それは“弱いから”ではなく、
そうやって生き延びてきた結果でもあったのだと思っている。
そのことに気づけただけでも、
少し楽になれた。
過去は変えられない。
でも、
過去の意味は、
今の自分が変えていけるのかもしれない。
もちろん今でも落ち込む日はあるし、
自己肯定感が高いわけでもない。
でも昔より、
「いつもお疲れさま。まあ、こんな日もあるか」
と思えるようになった。
自分を責めるより先に、自分を労われるようになった。
それだけで、
ずいぶん生きやすくなった気がしている。
自分自身を愛するって、
完璧な自分を好きになることじゃない。
弱い日も、
うまくできない日も、
それでも「今日もよくやってるよ」と
自分に言ってあげられることなのかもしれない。
そしてそれは、
誰かに教わるものじゃなく、
少しずつ練習していくものなんだと思う。
急がなくていい。
完璧じゃなくていい。
ただ、
自分を置き去りにしないこと。
それだけで、
見える景色は少しずつ変わっていく。

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