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#7『武器としてのマーケティング思考』売上の構成要素(第6章)

<知識編>の最後は、「売上の構成要素」です。第6章では、再び株式会社刀の森岡毅さんのメソッドをベースに、商品の売上がどのような要素に左右されているのかを学んでいきます。
実は第1章から第5章までは、マーケティングの思考法を感覚的に理解できるよう、なるべく数字を使わないように心がけてきました。ですから、ここまでお読みいただいたみなさまは、マーケティングについてだいぶ見当がつくようになってきているかと思います。ですが、ビジネスで最も重要なのは「数字の裏付け」です。
第6章では、いよいよ「数字」と「計算式」が登場します。計算式の基本となる内容についてはすでにお伝えしたことばかりです。焦らずにゆっくり理解しながら、ときどき前のページを振り返りながら、読み進めていければと思います。それではお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

森岡毅氏の「売上の方程式」

森岡毅さんは、著書『確率思考の戦略論』の中で売上の構成要素について詳細に解説をしています。ただし著書の解説文はP&GやUSJのような商圏の非常に広い商品を念頭に書かれているため、中小規模の事業者にはかなり難しい内容も含まれています。この章では、『確率思考の戦略論』にある難解な解説部分を省略しつつも、中小企業のマーケティングを行う上で最も学びの大きな部分(エッセンス)のみを丁寧に解説いたします。
まずはこちらの式をご覧ください。
売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
これは、森岡氏が示している「売上の方程式」です。この式がどのように成り立っているのか、そしてその意味を理解することがこの章の目標です。

ステップ1:最初は一般的な「方程式」から考える

まず、会計の際などで一般的に使われている「売上の方程式」についておさらいしておきましょう。普段の売上の記録や、レシートに記載されている売上の式は通常、このような式で表します。
売上=販売数×単価
例えば、1年間の売上を求めるときは、1年間の販売数と単価を用意し、互いにかけあわせれば売上を求めることができます。これが最も基本的な形の「売上の方程式」です。
森岡さんの示す「売上の方程式」は、この式を発展させたものだと考えてください。

ステップ2:「販売数」と「市場」のかかわり

あらためて、森岡さんの式と一般的な式を比べてみましょう。
(森岡式)売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
(一般式①)売上=販売数×単価
二つの式の右端には、両方とも「単価」という項があります。つまり森岡さんの式の複雑なところは「販売数」という部分だけなのです。
なぜ「販売数」が複雑な式で表現されているかというと、「販売数=市場全体の販売数量×シェア」の関係で説明しているためです。少々わかりにくいので、具体的な例で説明しましょう。
たとえば、日本国内に住む全員が毎日1本のペットボトル飲料(水や清涼飲料水)を買って飲んでいると仮定します。日本の人口を1億人とすると、1日のドリンク販売数量は全体で1億本です。
(式①)1億人×1本=1億本
このうち、サントリーが製造したドリンクを買った人たちが30%いるとします。これは、サントリーのシェアが30%だということです。それらを踏まえて計算すると、その日にサントリーが販売した数量は3000万本になります。
(式②)1億本×30%=3000万本
(式②)の「1億本」は市場全体の販売数量であり、「30%」は個別企業のシェアを表しています。シェアとは、ニュースなどでよくみる「市場シェア」と同じ意味ととらえて問題ありません。
市場全体を「販売数量の合計」とみなし、個別企業の販売数量は「全体のうちの一定シェア」とみなす発想がポイントです。市場全体を売上の式に組み込むとても重要な考え方なので、よくご理解ください。

ステップ3:シェアの3要素

ここまでを踏まえて、一般式を展開すると、次のような式が成立します。
(一般式①)売上=販売数×単価
⇔(一般式②)売上=市場×シェア×単価
(森岡式)売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
(一般式②)と(森岡式)の二つを見比べると、「シェア」の部分が大きく違うことに気が付きます。(森岡式)では、シェアをさらに厳密に「認知」「配荷率」「プレファレンス」という3つの要素に分解しているということです。この論理を理解するためには、商品がどのような経緯を経て消費者の手にわたっているのかを想像することが重要です。
認知率とは、「市場全体の中で、どれぐらいの割合の人たちに知られているのか」という指標です。100人のうち30人が知っているブランドの認知率は「30%」と表します。

認知率(%)

そもそも、消費者が認知をしていない商品(「まったく知らない」商品)を購入することは不可能です。例えばあなたはこれまで、「ディジュリドゥ*」を欲しくなったことはありますか?
*ディジュリドゥとは、オーストラリアの先住民族アボリジニーが民族音楽を奏でるときに使う笛です。長さが1メートル以上もある大きな木製の「金管楽器」で、演奏するには「鼻から息を吸いながら口から吐き出す」という難しい呼吸法を会得する必要があります。
おそらくこの解説文を読むまで、ほとんどの方は「ディジュリドゥ」とのことを知らなかったのではないでしょうか。知らない(認知していない)からこそ、これまでに「欲しい」と思ったことも、「買おう」と思ったこともなかったのです。
つまり「認知率」を高めることは、購入者の数を増やすことにつながります。それはやがて、売上にプラスの影響を及ぼします。これが「認知率」が売上に影響を与える理由です。

配荷率(%)

「配荷」とは、商品を棚の上に並べることです。特にマーケティングの分野では、消費者が買い求めることができる場所(店やECサイト)に商品を卸すことを「配荷」と呼びます。利用者の「欲しい」と思ったタイミングですぐに購入できる場所に商品があれば「配荷されている」と言います。逆に、利用者が「欲しい」と思っているのに購入できる商品がないことを「配荷がない」と言います。コンビニや自動販売機の商品が売り切れているときは、まさに「配荷がない」状態ですね。
マーケティングにおいて配荷が重要になる理由は、「人はストレスを嫌い、より簡単な選択をするから」です。あなたも店頭に欲しい商品がなかったときは、近くで入手できる代替品を買うことは多いのではないでしょうか。「お鍋をしようと思ってスーパーで白菜を買うつもりだったが、売り切れていたので代わりにキャベツを買った」ということです。配荷されていない商品は、消費者の手元に存在していないわけですから、売れるはずがありません。
たとえばシャンプーは、たいていスーパーやドラッグストアの日用品コーナーで購入されます。日用品コーナーには「ツバキ」「パンテーン」「エッセンシャル」のようなシャンプーがたくさん並んでいます。もしあなたがユニリーバ社の社員で、ある地域で「ラックス」の販売を任されているならば、あなたはその地域にあるすべての小売店をめぐって、「ラックスを置いてください」と営業をしなければなりません。たくさんのテレビCMを放送して「ラックス」の認知度を可能な限り高めたとしても、店頭に並んでいない商品は購入してもらえないからです。
「ストレスを嫌って、より簡単な選択をする」という人間の性質は、店舗の出店という観点でも重要になります。例えばある地方都市には、トヨタのディーラー以外の自動車販売店がなかったとしましょう。日産やホンダ、マツダのディーラーは数百キロメートル離れた大都市にあって、地元では購入することができません。するとその町の住民は、ほとんど全員がトヨタ車に乗るようになります。なぜなら、わざわざ遠くまで出かけてほしい車を探すよりも、身近なところで代用品を買う方が楽だからです。
「配荷率」とは、市場全体の中で、どのぐらいの人たちの手に届く距離にあるのかを示す割合のことです。100人の市場があって、そのうち30人が物理的に購入できる状態であるとき、「配荷率」は30%となります。在庫はあるが店頭に並んでいなかったり、商品は店頭に並んでいるが消費者の視界に入らなかったりすると、事実上「配荷がない」状態となります。ですから、きちんと消費者の住んでいる地域や商品が並んでいる場所を丁寧にリサーチし、配荷率を高めることがとても重要です。配荷率が高まると、商品を購入できる人の数が増え、最終的に売上をアップさせることにつながります。

プレファレンス

プレファレンスとは、消費者がブランドに対して抱いている、相対的な好意度のことです。第3章で学んだ「回転ダーツ」を覚えていますか。回転ダーツは円グラフのような形をしていましたね。そのうち、一つのブランドが占める「扇形の面積の割合」がプレファレンスです。
プレファレンスの理解は極めて重要なので、ここで少し復習をしておきましょう。
人間の意思決定は「確率」によって起こっています。例えるならば、様々な選択肢を円グラフのように描きだし、それを回転ダーツに見立てて矢を放って、当たったものを選ぶという仕組みです。
認知され、かつ商品が店頭に並んでいるとしても、最終的に購入されるかどうかは、消費者が他の競合商品と比べて自社ブランドを選ぶかどうかにかかっています。この選択確率がプレファレンスです。

シェアが「認知率 × 配荷率 × プレファレンス」で示される理由

「認知率」「配荷率」「プレファレンス」という3つの要素を掛け合わせると、市場全体の中で自社商品がどれだけ選ばれるか(つまりシェア)が決まります。それぞれの要素が順次「フィルター」のように作用し、最終的なシェアを形成しているためです。
(図)フィルターによって認知・配荷・プレファレンスが制限される
認知と配荷とプレファレンスの関係性を式で表すと、以下のようになります。
(シェアの式)シェア=認知率×配荷率×プレファレンス
この(シェアの式)を先ほどの(一般式②)に代入すると、森岡式が完成します。
(一般式②)売上=市場×シェア×単価
(シェアの式)を(一般式②)に代入すると
(森岡式)売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
以上が、森岡式の計算の意味です。
森岡式を視覚的に表現すると次のようになります。
(図:市場全体、そのうち認知をしている割合、そのうち配荷されている割合、そのうちプレファレンス、最終的な販売数)
いかがでしょうか。数式の意味を感覚的に理解できるようになりましたか。

認知率・配荷率・プレファレンスの性質

認知率と配荷率は、「それがなければ売れない」という要素です。消費者は、自分が認知していない商品を買うことは決してありません。また、認知していたとしても現実的に入手ができる場所に商品が配荷されていなければ、代用品を買って満足してしまいます。つまり認知率と配荷率は、ブランドの成長の可能性を妨げる「阻害要因」なのです
数式に具体的な数字を入れて、確認しましょう。ペットボトル飲料市場の大きさが「1億本」だとしましょう。そのとき、自社のあるドリンクブランドの認知率が10%だとすると、販売可能本数は次の式で計算できます。
(式①)1億本×10%=1000万本
つまり1000万本しか売れる可能性はないということです。
また「配荷率」が20%しかないとすると、より厳密な販売可能本数は次の式で計算できます。
(式②)1000万本×20%=200万本
つまり、最大で200万本しか売れる可能性がないということです。もしこのドリンクを300万本売りたいならば、認知率と配荷率を1.5倍ほど改善しなければなりません。認知率と配荷率は成長の「阻害要因」ととらえるのがよいでしょう。
そして、この本数はあくまで「販売可能本数の上限」です。実際の消費者は、プレファレンスによって商品を選びます。自社のブランドのプレファレンスが、消費者全体の平均で0.1ほどである場合、現実の販売本数は次の式の通りになります。
(式③)200万本×0.1本=20万本
したがって、そのドリンクが売れる本数は20万本になります。
ここで、「プレファレンス」の特長を押さえておきましょう。認知率と配荷率が「阻害要因」としての指標であるのに対して、プレファレンスは戦略的な広がりをもつ指標です。自社のブランドが、競合するほかのブランドと比較されたときに優位に立つようにするということですから、たくさんの戦略を考えることができます。ちょうど、片思いの相手の気を引こうとするときに様々な策をめぐらすのと同じように、各社の独自性を存分に発揮できる余地があるということです。
ですから、『確率思考の戦略論』の中で森岡さんは「プレファレンスに経営資源を集中せよ」と強く訴えています。商品の販売競争とは、本質的には消費者の一人一人の脳内で起こっているプレファレンスをめぐる競争そのものだということです。

売上アップ施策を考える方法(森岡式の応用)

ここまで見てきたように、売上は「森岡式」によって示すことができます。そして皆さんは森岡式の仕組みについてすでに理解できました。今度は、この式を使って目標の売上を達成するための思考法について学んでいきましょう。
しつこくて申し訳ありませんが、こちらの式をご覧ください。
(森岡式)売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
この式は、単に売上を算出するための式ではありません。目標の売上を実現するためにどんなことに取り組めばよいかを考えるための式にもなるのです。
例えば、現状の売上を1、来年の売上を1.5に増やしたいという計画を考えてみましょう。「売上」の計算結果を「1.5」にしたいということです。そのためには、市場・認知率・配荷率・プレファレンス・単価の数値を変更することが必要です。
(現状の売上1)=(市場1)×(認知率1)×(配荷率1)×(プレファレンス1)×(単価1)
(来年の売上1.5)=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
市場・認知率・配荷率・プレファレンス・単価という5つの要素のうち、市場は企業の努力で変えることができない「定数」となります。企業はあくまで市場に参加しているうちの一人であり、競合企業や顧客全体を動かすほどの力を持っていることは通常ないためです(独占・寡占市場は別)。ですから企業の努力で変更可能な変数は、認知率・配荷率・プレファレンス・単価の4つに限定されます。これら4つの指標を使って1.5倍となるように計算することができればよいのです。
たとえば、このようなパターンがあります。

  1. 配荷を1.2倍、プレファレンスを1.25倍にする

(来年の売上1.5)=(市場1)×(認知率1)×(配架率1.2)×(プレファレンス1.25)×(単価1)

  1. 認知を1.2倍、配架を1.25倍にする

(来年の売上1.5)=(市場1)×(認知率1.2)×(配架率1.25)×(プレファレンス1)×(単価1)

  1. 認知を1.2倍、プレファレンスを1.25倍にする

(来年の売上1.5)=(市場1)×(認知率1.2)×(配架率1)×(プレファレンス1.25)×(単価1)

  1. 認知を1.2倍、単価を1.25倍にする

(来年の売上1.5)=(市場1)×(認知率1.2)×(配架率1)×(プレファレンス1)×(単価1.25)
パターン自体は他にもありますが割愛します。重要なことは、これらのパターンのうち、どれが一番実行しやすいのかを見極め、決断することです。これを「戦略」と言います。マーケターはしばしば「マーケティング戦略」という言葉を使って施策の方針を説明しますが、その背後にはこのような「複数のパターンを想定したうえで、最も優れた方法を考える」という思考プロセスがあります。この本を読んでいるあなたにもぜひ、この思考プロセスを身に着けられるようになることを目指してほしいと思います。
それでは、マーケターが戦略を策定するときの思考法を追体験していきましょう。戦略を考えるときに、最初に頭に入れておかなければならないのは、「自社の経営資源」です。
経営資源とは、企業が保有していて、事業の運営に活用することができる資源の概念のことです。一般的には「ヒト・モノ・カネ」の3種類を指すことが多いですが、それに「情報・知的財産・時間」という3つを加えて6種類とすることがあります。経営資源を上手に活用することができれば、それだけ効率的に売上を上げることができるということです。例えば自社の不動産(モノ)を持っているならば、そこにのぼりや看板を立てて認知率を高めるという方法が思いつきます。社内にデザイナー(ヒト)がいるならば、その方に頼んで広告を作ってもらうことができます。もちろん、マーケティング施策をするにはある程度の予算をもらって、広告枠を購入したり販促物を制作したりすることは避けられません。ですが、自社の資源を頭に入れておけば、自社の身の丈に応じたマーケティング戦略を考えることができ、無駄な費用を払わずに済みます。
次に考えることは「指標を変えるコスト」です。各指標の数字を変更するには、相応の労力(コスト)がかかります。ですから自社の経営資源を前提にしつつ、どの指標なら数字を動かしやすいのかを見極めることが大切です。
たとえば、ブランドの認知率が10%しかない商品Aの認知率を30%まで引き上げることはそれほど難しくありません。認知率が低い商品は、そもそも広告への投資が少なく、十分な数の潜在顧客(商品を買ってくれる可能性のある顧客)と接触さえできていません。認知率が低いままで、どれだけ配荷率やプレファレンスの向上施策を行っても、売上は「ガラスの天井」でふさがれてしまう状態です。「新商品を発売したのに全然売れない」という悩みの大半は、広告予算が十分に確保されていない場合がよくあります。
認知率は、広告予算を増額するだけで伸ばすことができます。
しかし、認知率と広告予算には「収穫逓減」の関係があります。
収穫逓減とは、投入量を増やしても得られる効果が徐々に小さくなる現象です。
(図)広告費に対して収穫逓減のグラフ
認知率が10%の商品を30%まで引き上げることは比較的容易です。しかし、認知率が80%の商品を90%まで引き上げることは非常に大変だということがわかります。
認知率が80%もあるということは、ほとんど「一般常識」と言えるほど多くの人たちに知られていることです。それでも知られていないということは、もともと関心がなかったり、特定の広告を一切見なかったりするなどの特殊な事情が考えられます。彼らの認知を獲得する労力は膨大であり、費用対効果が下がることも容易に想像されます。
配荷率や単価も同様に、いたずらに数値の増大を目指すとかえって費用対効果に悪影響を及ぼすことがあります。
たとえば、もし配荷率を「日本全国100%」にしようとしたら、人口が少ない離島や過疎地域にも営業をする必要があります。日本郵便は、日本全国でほぼ100%の配荷率を達成することを重視した結果、コストがかさんで経営が傾いてしまいました。
単価を大きく引き上げようとすると、第3章で学んだようにプレファレンスへ負の影響を与え、販売数が減少し、売上ダウンを招く恐れがあります。それぞれの指標を最大値まで引き上げようとすると、かえって費用対効果が悪化することがあるのです。だからといって、工場の原価計算を行うように厳密に費用対効果を計算することも非現実的です。マーケティング施策の効果は複合的であり、一つ一つの施策にかかった費用とその効果を突き合わせて検証することもあまり意味はありません。
マーケターはこの点を理解して、「マーケティング戦略全体として、コストと成果を管理する」という現実的で難しいアプローチを考えることが求められます。ですから、売上アップの戦略を考えるときは、「自社の経営資源」と「指標を変えるコスト」という二つの視点から、どの指標なら伸ばすことができそうかを自分自身に問うてみてください。

プレファレンスの効果

先ほど述べたように、マーケティング戦略を考える上では「自社の経営資源」の有効活用という視点と、「指標を変えるコスト」という視点の両方が必要です。また、認知率と配荷率は一定の段階で頭打ちになります。一方で、常に変動していて、施策次第で最大のポテンシャルを発揮するのが「プレファレンス」です。ほかのブランドよりも自社のブランドを選んでもらえるように、「好意度」を高める施策が売上に大きく貢献するのです。おさらいですが、プレファレンスは「価格」「製品パフォーマンス」「ブランドエクイティー」という3つの要素で構成されていました(第3章を参照)。
プレファレンスを高めると、次のような効果を引き起こし、結果的に売上の向上につながります。

  1. 製品パフォーマンスが高いとき、利用者の満足度が高まり、「ブランドエクイティー」にも良い影響を及ぼします。すると、プレファレンス自体がさらに向上し、売上が向上します。

  2. 優れた製品パフォーマンスによって、ブランドの記憶が利用者の脳内に植え付けられ、「ブランドエクイティー」となります。一度、好意を持って記憶されたブランドは信頼につながるため、プレファレンスが高い状態で安定します。その結果、売上が向上します。

  3. 「価格弾力性」が低下し、顧客が価格よりも価値を重視するようになります。 これにより価格競争に巻き込まれるリスクが低減し、単価を上げやすくなります。消費者がブランドを信頼し、価値を感じると、多少の値上げでも購入を継続する傾向が強まります。

以上が、プレファレンスが直接売上に与える影響です。このほかにも、間接的に売上へ貢献する要素がたくさんあります。例えば、強いプレファレンスを持った利用者はファンとして、ほかの人に商品を勧めてくれることがあります。利用者の層が横に広がっていくことは、結果的に市場を大きくすることにつながります。本来は「定数」として動かすことができなかった「市場」の大きさも、プレファレンスを高める活動を続けることで次第に大きくなっていくのです。

(事例)オーマイプレミアム

オーマイプレミアムは、製粉業界の大手ニップンと、森岡毅さん率いる刀の協業によって大幅な成長を遂げた冷凍パスタブランドです。2022年秋からマーケティング強化開始。2024年8月までの購入金額ベースで前年同期比32%増加。さらに乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」も好調で、前年同期比65%増の成長を達成しました。
オーマイプレミアムは、「プレファレンス」を改善することが売り上げに非常に大きな影響を及ぼすことを示す事例として学びになります。
この節では、本書の<知識編>で学んできた内容を踏まえて、オーマイプレミアムが成功した要因について理解していきましょう。

リサーチと3C分析

マーケティングを始める際に最初に取りかかるべきことは、戦略を立てるために必要な情報を集めること、すなわちリサーチです。オーマイプレミアムの場合は、既存の商品の延長線上で販売計画を立てるのではなく、全く新しい方法で冷凍パスタ市場シェア1位を目指していました。
①顧客(Consumer)のリサーチ
ニップンがマーケティングの強化を始めるまでのパスタ市場ではコモディティー化が進み、市場の競争は「早ゆで」や「ボリューム」「簡便さ」のような利便性に偏っていました。スーパーの乾燥パスタコーナーは「早ゆで〇分」と書かれたパスタばかりがならんでいましたし、冷凍パスタコーナーには「大盛り」や「紙皿付き」の商品が多く配荷されていました。
しかし消費者が本来パスタに求めている便益は、本当に「簡便さ」なのでしょうか。人が、本当に「欲しい!」と思う「本能からくる欲求」を考えたとき、簡便さはおまけにすぎません。むしろ重要なのは、体の内側から衝動が引き起こされるような便益――つまり「ほかの物と比べ物にならないほど、おいしい」という感覚――です。「おいしさ」にブランドの成長の可能性を感じた森岡氏は、その仮説を検証するために消費者調査に踏み切りました。
調査といっても、単純にパスタのおいしさについてアンケートを取るのではありません。成熟市場の消費者はブランドの「違い」にほとんど気づかないため、単にアンケートをとっても意味のあるデータが得られません。
このような状況でパスタのインサイトを突き留めるためには、「パスタを愛してやまない人たち」――つまり「違い」の分かる人たち――の気持ちを知ることが有効です。森岡さんは愛好家の気持ちを追体験するために、粉からパスタづくりを始めました。腱鞘炎になるほど打ち込んだそうです。
その結果、森岡さんは「パスタが変われば、料理の味が変わる」という真相にたどり着きました。本当においしいパスタ料理は、パスタそのもののおいしさに由来することを突き止めたのです。これは、メーカーにとっては意外な結論でした。
というのも、メーカーは麺のおいしさを「アルデンテ」と定義しており、その指標に従って商品を作り込んできた過去があったからです。また、冷凍パスタの分野ではパスタそのものよりも「ソース」にニーズがあると捉えていて、ソースの味や具の大きさ・おいしさを商品開発の重要な要素と位置付けてきました。パスタ本来のもつおいしさを訴えるというのは、ほとんど考えられていなかったようです。
https://frozenfoodpress.com/2024/08/12/nippn-sigoku-op-2024/
森岡さんはもともとパスタ愛好家ではなく、一般の消費者と同じ素人でした。それでも、丁寧に作られたパスタの味の違いが料理の違いに直結していることを感知することができました。つまり、一般消費者もそれを知れば、きっと「利便性」よりも「おいしさ」でパスタを選ぶはずです。
こうして、オーマイプレミアムは「本当においしいパスタ」をPODとして設定することが決まりました。
②競合(Competitor)のリサーチ
パスタ市場にある競合商品は、先述したように大半が「利便性」を強調するものばかりでした。一方で、消費者調査の結果わかった「おいしさ」という便益を強調するブランドはないこともわかりました。つまり「おいしさ」を前面に打ち出すと、それこそが独自性にもつながるのです。PODは「本当においしい」と感じるパスタですから、競合他社のどこよりも「おいしさ」を追求した製品開発に取り組まなければいけません。
「簡便さ」に偏った従来のパスタ市場で訴求されてきた「早ゆで」「大盛り」「紙皿つき」のような単純なスペックの比較と一線を画し、料理としてのパスタそれ自体の完成度を高めるという方向性が決まりました。また、冷凍パスタブランドとしての「オーマイプレミアム」を乾燥パスタブランドとしても訴求することで、相乗効果として売上アップを狙うこととしました。
ちなみに経営学では、競争戦略の本質を「競合と違うことをすること」とするのが共通見解です。従来の市場に追従しないニップンの決断は、競争戦略としても優れています。
③自社(Company)のリサーチ
パスタは、麺とソースと具という三つの要素だけでできている商品です。三つの要素それぞれについて、消費者が「おいしい」と実感できる品質の商品を開発することで、最終的に「本当においしいパスタ」が完成します。
ニップンには、20年以上にわたって冷凍パスタの商品開発を続けてきた技術力がありますから、その技術をもって商品開発をすすめることができます。また、かねて小売店との営業のつながりがあるため、新たに販売する乾燥パスタの配荷もストレスなく進めることができます。
ただし、広告やパッケージといったコミュニケーション分野の訴求は従来から不得意でした。この課題は、森岡さん率いる「株式会社刀」のノウハウを提供してもらうことで解決します。

PODのコンセプト化

リサーチの結果オーマイプレミアムの方向性は、「利便性ではなく、おいしさ」と決定しました。次に考えなければならないのは「どのようなパスタを開発すれば、消費者は『おいしい』と感じるのか」という課題です。
ニップンのチームはさらにリサーチを深め、日本人にとって「おいしい」と感じるパスタの感覚を「コシ」に見出しました。欧米人が好む「アルデンテ」とは異なり、もちっとした食感こそ日本人にとって「おいしい」感触だということです。
パスタを食べるシーンにも注目しました。「うどんやそばなどの様々な麵料理があるにも関わらず、なぜパスタを食べたくなるのか?」という問いです。この問いに対してリサーチを続けた結果、日本人がパスタに「華やぎ」を求めていることを突き止めました。単に空腹を満たす作業ではなく、パスタ食事を通じて「華やかさ」を感じたいという心理があることを発見したのです。「華やぎ」という感覚は、そばやうどんを食べるシーンとはまるっきり異なる体験だからこそ、強調する価値があります。
ニップンのチームは刀と協同でリサーチと考察を繰り返した末に、消費者に次の3つのポイントを訴求して、知ってもらうことでプレファレンスを最大限に高めることができると結論付けました。

  1. 利便性を追求したほかのパスタとは異なり、「おいしさ」を追求したパスタであること

  2. 「おいしさ」の秘訣は、独自に開発した「もちっと」した食感であること

  3. オーマイプレミアムは、「華やぎ」という心理を感じさせて、パスタブランドとして最も優れていること

この3つのポイントが、まさにオーマイプレミアムが実現すべきPOD(独自性)を表しています。
今度は、このPODが消費者に伝わるように、一言で伝わるコンセプトメッセージにまとめなければいけません。社員たちが様々なアイデアを出し合って、最終的に次の商品名とキャッチコピーが決まりました。

  • 商品名:「もちっとおいしいスパゲッティ」

  • キャッチコピー:「「いつも」を、「すごい!」にするパスタ」

商品名「もちっとおいしいスパゲッティ」は、商品の便益そのものをストレートに伝えています。とくに「もちっと」という言葉が入ることで、消費者の脳内には麺を歯で噛む瞬間の、柔らかさと硬さが調和したおいしい感覚が再現されます。つまり、商品名を見ることで、麺を本当においしいと感じる「本能にぶっ刺さる」感覚が消費者の脳の中によみがえるのです。この商品名は、商品棚に並んでいると、思わず手に取りたくなるような訴求力を持っています。
キャッチコピーの「「いつも」を、「すごい!」にするパスタ」は、「オーマイプレミアム」というブランドのコンセプトを表現したものです。オーマイプレミアムブランドを食べた消費者は、体験を通じてこのコンセプトをよく理解します。「おいしいパスタはオーマイプレミアムだ」という記憶が消費者の脳に残ると、それは「ブランドエクイティー」となって、プレファレンスを高めます。プレファレンスが高まると、リピート購入の確率も高まり、売上も伸びます。非常によく考えられたコピーといえます。
コンセプトが確定し、戦略はほぼ固まりました。いよいよ商品開発がスタートします。

商品化

コンセプトは、きちんと商品そのものにも落とし込まれていなければなりません。コンセプトは素晴らしいのに肝心の商品自体の体験がよくない場合、プレファレンスが下がってしまいます。企業側の意図がどうであれ、消費者は「騙された」と感じるからです。プレファレンスが下がると、次に購入してもらう確率が下がり、売上も落ちます。
プレファレンスが売り上げに与える影響は深刻です。近年は、セブンイレブンの弁当が消費者から「上げ底だ」と批判され、社長がコメントを出す事態に発展しました。コンセプトが掛け声倒れになっていないか、消費者は厳しい目で見ているのです。
「もちっとおいしいスパゲッティ」や「「いつも」を、「すごい!」にするパスタ」というコンセプトをきちんと消費者に伝えながら、商品自体もそれに応じたものである必要があります。
ニップンのチームは、次のような戦略で商品開発を進めました。

  • 製品:「もちっと」食感と「華やぎ」の両方を感じることができるように、パスタとソースの両方を開発。パスタの具材は、競合他社のどこよりも大きくカット。

  • サービス:なし

  • ブランド:従来の冷凍パスタブランド「具の衝撃」や乾燥パスタ「早ゆで○○」等を廃止。「オーマイプレミアム」というブランド名やロゴは維持しながらも、「もちっとおいしい」をコンセプトとした新たなブランドイメージを訴える戦略へ転換

  • 価格:「華やぎ」という付加価値を届けることで、冷凍パスタとしては高額な金額に設定。

  • インセンティブ

    • 冷凍パスタで「もちっと」食感を実感した消費者に、乾燥パスタの購入を提案するという「相乗効果」をねらう。冷凍パスタと乾燥パスタを別の商品として開発していた従来の定番手法を改めた。

  • コミュニケーション

    • パッケージ:商品名とコンセプトをパッケージに印刷。パッケージ全体の半分程度の面積をつかって、大きな具材と湯気が上がる写真を掲載。また、ブランド内の全消費のパッケージを「黒」を基調としたデザインで統一し、消費者から見つけてもらいやすくした。従来のパッケージでは紙皿つきという「利便性」を強調していたが、コンセプトと関係がないためあえて削除した。

    • 広告:パスタは年齢や性別を問わず多くの人に消費される商品のため、特定の属性の人への訴求を行わない。その代わり、パスタを食べるシーンと感動を強調する映像を作成した。

引用:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00593/070900009/

  • 流通:全国の小売店に冷凍パスタと乾燥パスタの両方を配荷。売れ行きが良いため、小売店の側からも配荷の希望が出る状態に成長。

参考:https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/01546/

マーケティングの指標

ニップンのマーケティング施策が最終的に目指しているのは、売上の向上です。ニップンは明確に各種指標を公開しているわけではありませんが、森岡氏の著書「確率思考の戦略論」に基づけば、シェアの向上を軸にして売上の成長を目指しているといっていいでしょう。
(森岡式)売上=市場×認知率×配荷率×プレファレンス×単価
*シェア=認知率×配荷率×プレファレンス
今回ニップンが行ったマーケティング施策は、全体として次のように整理できます。重要な順に並べています。

  • プレファレンス:消費者がオーマイプレミアムを選ぶ確率。「もちっと」食感を基軸にブランドを一新したことで、消費者が本能的に「おいしい」と感じ、購入回数が増加した。

  • 単価:冷凍パスタとしては高額な価格帯に投入した。プレファレンスが高まっているので、高い単価でも問題がなかった。

  • 認知率:「もちっと」食感がおいしさの秘訣であることを伝えるテレビCMやポップ、商品パッケージを取り入れて、認知率を高めた。また、今回のマーケティング施策が成功したことを発表し、メディアへの露出を増やすことでさらに認知を広げた。

したがって、各施策はシェア率の向上に寄与しする形で、売上の向上に影響を与えたとみられます。

マーケティング施策の結果

マーケティング施策を結果は実際に、経営上の指標としても現れました。
刀のプレスリリースによると、施策を開始した2023年10月から翌年5月までの冷凍パスタ市場の成長率は3%でしたが、オーマイプレミアムのシェア率はその間に29ポイント成長しました。
乾燥パスタの成長率は2024年3月から5月までに4%でしたが、同時期に発売された新商品「もちっとおいしいスパゲティ」はわずか2か月で1000万を売り上げて、同社の乾燥パスタ全体としても32ポイント成長しました。
市場規模の成長以上の比率でブランドのシェア率が成長するということは、それだけ商品が消費者の支持を集めているということです。「オーマイプレミアム」は文字通りけた違いの変化を遂げて、市場を活性化したといえるでしょう。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000027.000073819.html

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