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【2000文字で記す】一度家族から離れた私の#想像していなかった未来 ~児童養護施設での暮らし~

この記事では直接的な表現を用いるため
暗い話になってしまうと思いますが、
最後まで読んでいただけると
とてもうれしいです。

 私の記事を始めて読んでくださっている方
初めまして 専門学生のkouです。

プロフィール
鹿児島県在住の19歳
趣味は アニメ視聴
          (アオノハコとダンダダンにハマり中)
    ゲーム  
          (ポケポケやってます スターミー愛用)
    推し活  
           (マクロスΔ ワルキューレの
            池袋駅POP UP参戦)など 
色々な趣味があります。

 さて、タイトルにある通り私は
小・中学生の頃児童養護施設
生活を送って来ました。

理由は細かくお伝え出来ませんが
私自身の問題「不登校」と
親による「虐待」が重なり
少し距離を置こうとなり
施設で生活することとなりました。

この記事では 児童養護施設での暮らし
その後の未来(現在)について
お話をしていきたいと思います。




児童養護施設での暮らしってどうなの?

 まず、施設での暮らしってどんな感じか
わかりやすく説明すると 寮生活みたいなものだと思います。
規則正しい生活を送り、食事や入浴の時間もしっかり決まっており
また ゲーム機は1時間 携帯の使用時間は22時まで決まっていました。

食事はメニューが朝、昼、夜決められており
1日1日新しいメニューが決まるときも楽しみの一つでした。

様々な原因を抱えた子たちと暮らす

やはり児童養護施設というのは

・不登校が原因の子
・親からの虐待を受けた子
・親が亡くなっている子
・親が病にかかり入院していて子育てが難しい
・万引きなどの犯罪をしてしまった子

といった様々な理由で入所している子が多く
その影響下で中には人間関係が上手ではない子や
気性が激しく喧嘩っ早い子もいたため
トラブルは多々ありました。

幼児から高校生までの人達が暮らす施設は
一風変わったと同時に新鮮さを感じました。


大変だったこと

・登校

距離はそれほどですが
道がとても急だったり鹿児島ならではの灰で
目が痛い匂いがきついのコンボが辛かったです
(過ごしていくうちに体力もついて慣れたものでした)

・不登校時代の影響

これが一番大きかったと思います。
私は小学2年のころからゲームに没頭
宿題に手を付けず担任からこっぴどく怒られる毎日
それでも学校には通わないといけない

徐々に学校に行く日が
3日のうちに1日だけ 
1週間のうちに1日、
1ヵ月に1日 
と減っていき小学校5年生になるころには
全く通わなくなっていました。

その頃の同級生も私の家に訪れて心配してくれてはいたんだと思います。
「なんで学校来ないの?」 「大丈夫?」 「待っているから」
そう言葉をかけられても顔を合わせず下を向くか
泣くことだけしかできませんでした。

私は今でもその子たちの名前と顔は覚えている子はいますが
その子は私のこと覚えているかな…
ただ次に会えた時は「ありがとう」と伝えたい。

少し回想に浸ってしまいすみません。

私は小学校のほとんどを通っていなかった影響で
本当に掛け算 割り算すらできるかも怪しいままの学力でした

中学最初のテストではほとんどが50点未満の教科ばかりだったと思います。
義務教育修了課程までの学力を取り戻すのはとても苦労しました。

良かったこと

・お小遣い制度、衣類購入

月に4、5000円ほど支給されて
たまに買い物に行く際 自分好みの
お菓子やシャンプーなどを買っていました。

当時、自由に外出できる機会はなかったので
漫画やライトノベルをよく買っていました。
それを読む時間が唯一の癒しの時間だったと思います。

夏と冬に衣類購入の日があり
自分の気に入った洋服などを購入
その日は外食も出来たので良かったです。

・イベント重視

夏はキャンプ 秋のハロウィン 
冬にはクリスマス お正月 春はひな祭り など
イベントにはとても積極的に取り組んでいたと思います。

キャンプでは夏休みにキャンプ場に行き、BBQ や川遊び釣りなど
課題の絵日記には困らないような行事で沢山でした。

クリスマスではオードブルを囲ってケーキを食べきれないほど食べ(?)
サンタクロースのコスプレをした職員がクリスマス前日に希望していた
プレゼントを用意してくれていました。

現在でも初めてのクリスマスにもらった目覚まし時計を使っています。

・検定・資格への挑戦

検定等に挑戦できていました。漢字に数学に英語
小学校まともに通えていなかった私がなんで挑戦したんだろう
と今考えれば不思議ですが 多分…

誰かから褒められることが嬉しかったのだと思います。

例え血のつながっていない
私の親代わりになってくれた施設の職員だとしても
私が何かを成し遂げた時褒めてくれる人がいたから
私は改めて「学びたい」と思えました。


その後の未来(現在)
についてのお話


 現在私は 専門2年生で就職が決まり
来年から関東へ向かいます。

親とは和解して仲良く笑顔で再びともに生活をしています。
全然私は親を憎んでいません。むしろ感謝しています。
そうでなければ私の生き方を客観的に捉えられていなかった。
そして育ててくれた職員の方々にも感謝しています。
本当にありがとうございました。


想像できない未来のお話


 専門学生としてこのブログを始めましたが
残り僅か…2年間ってあっという間ですね…

就職してもブログは日記のように書いていきます。
公開頻度はより一層下がると思いますが…w

就職にあたり私は一人暮らしになるので
全く想像つかない未来ですが
今までの経験を活かせばきっと上手くいくと思います。

 ここまで読んでいただいた読者の皆様
本当にありがとうございます。
またどこかの未来で読んでいただけたらと思います。

                   2024/11/16        kou

#想像していなかった未来  

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