最悪な思いをして病院を変えた話【双極性感情障害/そう鬱】
こんにちは、双極性感情障害4年目の「メロ突き人生」です。
今回は病院を変えるに至った話をしようと思います。
①新しい担当医、最悪の言葉選び
発症がわかった際、ひどい躁状態になっており、現実と妄想・夢との区別がつかず、会話も成り立ちませんでした。
そこで大きな病院に緊急保護入院されることになり、それから外来で3年治療してきました。
最初は入院時からの先生が3年間担当してくれていました。
物腰柔らかで優しい女の先生で、わたしは好きでした。
ところが4年目に入り担当医が変わりました。
太った中年の男性医師で、看護師さんに対する言動も厳しく、遠目から見ても何だか嫌な感じでした。
診察室に入り、
嫌な思い出がよみがえるたびに「死ななきゃいけないんだ」って極端な発想になること、手が震えて身体が硬直して、涙が止まらなくなって何もできなくなる、それが一日に数回起こって立ち直るまでに1時間はかかること
を伝えました。
すると、
「それは躁鬱が関係しているんじゃなくて、心理的なものだから治療するための薬はありません。」
「以前障がい者雇用の仕事を辞められているけど、それも病気が関係するのではないと思います。ぼくはあなたが障害者年金の受給対象になるとは思いません。」
「過去のことは変えられないんだから」
と言われました。
そこで「薬が出せないのならカウンセリング治療などはできないのか?」と言うと、
「うちでは心理士を雇ってカウンセリングをしないし、今後もする予定はありません。」
との返事が。
じゃあこの病院に通う意味あるの?毎回同じ薬を出されて、ぜんぜん体調は変わらなくて。病院変えた方が良くない?って思えてきました。
後日、薬も出せなくてカウンセリング治療もできないのなら、対応している他の病院に行きたい旨を話しました。
すると「それも手かもしれませんね」って。
わたしは社労士さんが教えてくれた個人病院に移ることに決めました。
②不調の原因は前の病院の薬だった
新しい病院は小さな駅前のメンタルクリニックで、待合室には若い女性が多くいました。
看護師さんと面談したのち、医師のいる診察室に入る流れでした。
看護師さんには15~20分くらい話しました。
躁鬱になる前は風俗で働いていて、それで出来た金は全部ホストの方に使っていたんだけれど、毎日つらかった記憶があるのに、死にたいほど苦しかったし常に泣いていたのに、以前の日常に戻りたいと思ってしまう。
中学生のときに言われた「ブスなのにどうしてかわいい服を着るの」とか「足が太い」とか「服とか持ち物が変」とか、そういう言葉が今になって思い出されて、外に出るときにまた何か思われたらどうしようって苦しくなってしまう。
わたしは偶々田舎に戻れて、家族がまた守ってくれて、生きながらえることができたけど、貢いで貢いでもっとズタズタになって、惨めに野垂れ死にしたほうがしあわせだったんじゃないかって考えてしまう。
そういうことを泣きながら言いました。
看護師さんはメモを取りながら親身になって聞いてくれ、話す際はわたしが不快になるような言葉をつかわないように、言葉選びしてくれたように感じました。
しばらくして診察室に入ると、先生は「ちょっと薬多すぎるかも」と言いました。
飲んでいる薬はいくつかあったのですが、イフェクサーが特に多すぎるとのこと。
イフェクサーを飲んで1年くらいたつのですが、当時うつが酷くて「元気になる土台を作る薬だから」と、1錠、2錠、3錠と増やされていきました。
本来わたしのような気分の波が激しいひとに使うと、副作用が大きく出る恐れがあるようで、それで嫌な思い出が急に思い起こされて、ひどい鬱状態になっている可能性が高いそう。
「薬を少しずつ減らしていきましょう、2週間ごとに1錠なくしていきますよ。」
「副作用が起きてる薬をなくしちゃえば、不調がなくなるひともいるから、がんばろうね」
と言われて、私はここに来てよかったと思いました。
③現在の症状と障害者年金
現在、薬の調節をはじめて2か月目になります。
体調も以前と比べるとかなりマシになった気がしていて、とてもよかったです。
また障害者年金の申請書類を先生と一緒に作っていて、19歳のときに拒食症になったことが因果関係としてあること、状況を見るに受給できる可能性が高いとのことで、気持ち的に楽になりました。
社労士さんによれば、2級相当にあたる可能性が高いとのこと。
いっときは寛解状態だし、今の不調は心理的なものだから受給は難しいといわれたので、早く働かないと思っていましたが、まず申請して返答が帰ってくるまでは治療だけに専念しようということになって、ほんとうに安心しました。
年金が受給できるかどうかわかりませんが、とにかく薬の調節を頑張って、生活リズムを整えていきたいと思っています。
④終わりに
最後までお読みいただきありがとうございました。
闘病中は楽しいことばかりではないけれど、いっしょに一歩ずつ生きていきましょう。
また次の記事でお会いできるのを楽しみにしています。

