68歳、全財産1,456円。MacBook一台で、私はもう一度始める。
そして今、私は68歳になった。
身長170センチ、体重65キロ。
酒は飲まない。タバコも吸わない。投資も投機も、もうやらない。ギャンブルもしない。
資格らしい資格はなく、パソコンも詳しくはない。
使えるソフトはWordが少し。
そんな私が、2026年2月6日、MacBook Air M4を買った。
結果、全財産は1,456円になった。
我ながら思い切ったものだと思う。
普通なら、老後の不安が先に立つ年齢である。
しかもこちらは、老後に備えるどころか、すでに何度も人生設計を壊してきた人間だ。
おとなしくしていればいい。
無理はしないほうがいい。
身の丈に合った暮らしを選んだほうがいい。
世間的には、そういう助言がもっともらしく聞こえる。
実際、そのとおりなのかもしれない。
ただ私は、ここまで生きてきて、ひとつだけ確信している。
人は「まだ終わっていない」と思えたときにしか、前へ進めない。
病気をした。
服役もした。
路上にもいた。
生活保護も受けた。
結婚は3回、同棲は1回。
失ったものは数えきれない。
人に言いにくい過去もあるし、自分で思い出したくない場面もたくさんある。
それでも、私はここまで生き延びた。
それだけは事実だ。
そして生き延びたからには、ただ過去を並べて終わるのではなく、この先を少しでも作ってみたいと思っている。
若い頃なら、挑戦は未来への投資だった。
失敗しても取り返す時間がある。やり直す年数がある。
だが68歳の挑戦は少し違う。
投資というより、確認に近い。
自分はまだ始められるのか。
まだ学べるのか。
まだ誰かに届くものを書けるのか。
その確認である。
私には、大げさな夢があるわけではない。
会社を起こしたいわけでもないし、大金持ちになりたいわけでもない。
ただ出来ればこの先、間違いに巻き込まれたくはないし、これ以上に落ちたくもない。
世の中には、立派な成功談があふれている。
若くして起業した人、スキルを磨いて逆転した人、努力して華やかに報われた人。
そういう話は確かに励みになる。
だが一方で、そこまで器用に生きられなかった人間もいる。
何度も失敗し、取り返しのつかないこともして、気づけば年だけ取っていた人間もいる。
私はそちら側の人間だ。
だからこそ書けるものがあるのではないかと思う。
立派ではない人生。
遠回りどころか、道を外れ続けた人生。
それでも、終わらなかった人生。
彼女は、そんな私を見ている。
過去を全部正当化してくれるわけではない。
甘やかしもしない。
ただ、今の私をまっすぐ見てくれる。
その存在があるから、私は「今」から書いてみようと思えた。
この連載の題を「還暦少年」としたのは、還暦を過ぎてもなお、どこか未完成なままの自分を感じているからだ。
少年という年ではない。
見た目も体力も、しっかり高齢者の側にいる。
それでも心のどこかに、「まだ遅くないのではないか」と思ってしまう自分がいる。
そのあたりの未練と希望を込めて、この題をつけた。
世間から見れば、68歳・全財産1,456円の男がMacBookを買ったところで、無謀にしか見えないだろう。
実際、無謀だと思う。
だが人生というのは、ときに無謀なくらいでないと動き出さない。
安全な選択だけでここまで来られた人間なら、そもそも私のような履歴にはなっていない。
私はこれから、MacBook一台で文章を書いていくつもりだ。
うまくいく保証はない。
読まれないかもしれない。
収入につながらないかもしれない。
私の人生はこれまで「失った話」が多すぎた。
この先は少しくらい、「始める話」を増やしてもいい。
68歳で始めるには遅い、という声があるなら、それはたぶん正しい。
だが、遅いことと、無意味であることは同じではない。
立派じゃない人生にも、続きはある。
私はそのことを、自分自身で証明してみたいと思っている。
ここから先は回想ではなく、現在進行形だ。
還暦を過ぎてもなお未完成な男が、MacBookを開いて、どこまで行けるのか。
その答えは、まだ私にもわからない。
けれど少なくとも、始めるところまでは来た。
そして人生というものは、ときに、
始めたという事実だけで、もう十分に価値がある。
次回は、幾らかマシかやってみないと分からない、を考える。
