嫌いな人が欲しがっている言葉なんて言いたくないですか?
つきのいしと申します。
残業中に隣のデスクからあからさまに聞こえてくる独り言。
「今日めっちゃ仕事したぁ。疲れたぁ」
うーん。そんな働いていたか。。。
私はこの人が嫌いだ。
ついでに嫌いという負の感情で満ちていく自分が怖い。
「そうですよね」
「お疲れさまです」
「おかげで助かりました」
「いつもありがとうございます」
欲しい言葉はこの辺かな。
言いたくない。
私はこの人から迷惑を被り、残業の真っ只中。
ただでさえ面白くないのに、ここでこの人を労う?、喜ばせる?、あり得ない!
私は2年くらいこんな状況です。
皆さんの周りにもいませんか?
そんな私ですが、
⭐️全く言いたくないことは言ってません。
⭐️でも、否定もしません。
なんとか工夫して自己犠牲をせずに、丁度いい距離感を保っています。
わざわざ聞こえるような声で「疲れた」「頑張った」と独り言の承認欲求を口にする時、その裏には何があるのでしょうか。
多くの場合、それは「他者への牽制」です。
自己正当化、自分自身の不安や無能感を埋めるための「呪文」に過ぎません。
水槽の中の生き物を観察するように一歩引いて、「あぁ、この個体は今、承認欲求が枯渇して鳴いているんだな」と客観的なデータとして処理する。
感情を切り離し、相手の行動を「現象」として捉える力。
これが、自分を守るための最大の武器になります。
もし、相手がただ「共感してもらって安心したいだけ」なのだとしたら。ここで「すごいですね」「お疲れさま」と自己犠牲のもとの共感を与える必要はありません。
⭐️主語を自分にすり替えて、事実だけを返す
「そうですよね、疲れましたね」
「私が」ですけど、共感されたと勝手に思ってくれるなら、放っておこう。。。
共感ぐらい減るもんじゃないし、嘘でもしておくか。→自分への嘘は、自分への裏切り。
また、共感欲しいだけで済むなら良い方で、
私に謝罪や感謝、責任を被ることまでも求めているんだろうなという場合もあります。
独り言でそこまで伝えられるとは、凄い能力だなと。いや、私の察する力が凄いのか。と悲しい皮肉を心で噛み締める。
一日中一緒に仕事していた相手です。
一生懸命探せば、ほんの少しだけでも自分が助かったことがあります。
それを思い出しながら、
「ありがとうございます」
これだけをはっきり伝えています。
そして、自分の仕事に戻ります。
