神経難病になると「申請」がたくさん
こんにちは。ばけつあいす、と申します。
夫(診断当時37歳)は、進行性の神経難病を発症し、4年の闘病を経て亡くなりました。このnoteでは、夫の代わりに私が申請することになったさまざまな「申請」についてまとめたものです。
特定医療費、身体障害者手帳、障害年金、介護保険、補装具、視線入力パソコン、傷病手当金、介護休職―。次から次へと「今度はこれを申請してください」がやってきました。
また書類か。
まだあるのか。
そう思いながら、役所へ行き、病院へ行き、主治医に診断書をお願いし、記入して、提出して、また次の申請がくる。その繰り返しでした。
家事・育児・仕事の合間をぬって、書類準備に追われる日々に疲弊していきました。申請ごとの全体像が最初から見えていれば、もっと違っただろうと思います。
夫の場合、身体機能が失われていく神経難病でした。つまり、「名前を書く」ことも徐々に難しくなっていき、必然的に申請する実務は妻の私が担うことになりました。
「申請」しないとサポートが何も受けられない
難病と診断されると、少し立ち止まって現実を受け止める時間が必要です。けれど現実には、その時間をくれるほど行政手続きは待ってくれません。
「これは早めに申請しなきゃ」
「この制度はまだ使えないや」
「これは診断書が必要」
「これは進行してからでは遅いから今のうちに」
そういうものが次々に出てきます。
しかも、公的サポートは決して少なくないのに、
何を・いつ・どこに・どうやって申請するのか、その全体像は驚くほど見えにくい。そして、公的サポートは全て「申請」しなければ何も受けられないのです。
最初の段階で、
「このくらいの時期に、こういう申請が発生する」
「これは早めに動いたほうがよい」
その見取り図だけでも持てていたら、気持ちはだいぶ違ったと思います。
このnoteで書いていくこと
そこで、夫の闘病中に妻の私が実際に行った申請や手続きを、記録として残していくことにしました。
いつ、どこに、何を申請したのか。
また、やってよかったこと、もっと早くやればよかったと後悔していることも含めて、できるだけ具体的に書いていきます。
なお、内容は重いですが、文章の語り口はポップにしています。
深刻な話題ではありますが、必要以上に重たい気持ちで読んでほしくなかったからです。
また、振り返ってみて
「これは胃瘻造設の前にやるべきだった」
「これははもっと早く最優先で動けばよかった」
など、順番を間違ったなと後悔したこともありました。
詳細は記事に書きましたので、興味がある方はご覧ください。
有料公開となります
各申請の記事は、個別に有料公開(1記事330円)しています。
具体的な生活状況や個人情報に触れる部分もあるため、すべてを無料公開することは控えました。
必要な記事だけ拾い読みしていただいても構いませんし、今はまだ読む気力がなければ、無理に読まなくても大丈夫です。
必要な申請ごとは、病院や役所からも都度アドバイスがあります。この記事は、少しでも全体像を把握しておきたいという方向けに書いたものになります。
あくまでも、ひとつの事例
神経難病といっても病名も経過もさまざまで、ここに書くのはあくまで「夫の場合はこうだった」という一例です。
進行スピードには個人差がありますし、各種申請には主治医の診断書や意見書が必要になるものも多いため、実際の申請時期は主治医や支援者と相談しながら、各自でご判断ください。
それでも、
「こういう流れでいろいろな手続きが発生するのだな」
というひとつの参考資料として、どなたかのお役に立てば幸いです。
2026年
ばけつあいす
