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わたしの先生

「言葉の庭」メンバーシップの6月のお題「師匠、先生、先輩」をいただき、記憶をさかのぼることにしました。

最初に頭に思い浮かんだのは、
「英語のT先生」です。

息子が幼稚園児の頃、 
ママ友に誘われて
「英語をしゃべれるようになりたい」のと「破格のお月謝のグループレッスン」に惹かれました。

T先生のグループレッスンに誘ってくれたMさん、誘われたNさんとわたしで受けることになりました。

T先生のレッスンは、最初のうち、クリティカルシンキングを鍛えるためなのか、同じ質問に何度も答えることを求められました。

例えば「男女は、ほんとうに平等なのか?」とか「思春期における親の考え方」とか…

同時にT先生は惜しげもなく、たくさんの英語の単語や文法を教えてくれました。

みんなで真剣に勉強しました。

Mさん、Nさん、わたし、の三人は、ほぼ同時に妊娠し、その年に、三人で英検二級を無事取得できました。

けれど、月日が経つうちに、Nさんはご主人の転勤で抜け、代わりにSさんが加わり、次第にゆるやかな「英語系お茶飲み友だち」のような雰囲気になりました。

それでも、最近の出来事を英語や日本語で伝え合ったり、ときには経済や世界情勢について議論をしたり、T先生の信念を伺ったりして、刺激を受けていました。

日本語多めなイングリッシュレッスンでもありました。

T先生は、とても未来志向の方で、みんなでなにか新しいことやろうと提案したり、夢や抱負を英語で書かせて、そのことを話し合わせたり、そこから仕事につながることを始めようという意図を促したりしてくれました。

わたしたちも夢を語り、希望に燃えていたように思います。

コロナ禍以降は、Zoomによるリモートで、T先生・Mさん・わたしの三人でレッスンを続けていましたが、一緒に学ぶ楽しさを十分に感じられなくなり、やがてMさんが「自分で英語を勉強したい」と話すようになり、グループは解散となりました。

手元に残っているノートには、2007年2月21日(水)から2020年4月17日(金)まで、レッスンが続いていた記録があります。

そして、当時のノートを見返してみると、とても意欲的なわたしがいます。

(表題の写真は、当時の英語の勉強を記した八冊のファイルやノートです)

ただ、コロナ禍を境に、わたしの中で記憶や関係性がぷつんと断ち切られてしまったのが、残念でなりません。

社会の急激な変化についていけず、それまで当たり前にあったものを、どこかに置き忘れてしまったような感覚があります。

T先生との思い出も、今は遠くに揺れる陽炎のように、ぼんやりと感じられるのです。


#言葉の庭


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山野すみれ いつも読んでくださり、ありがとうございます。いただいたチップは、本代や取材、創作活動の励みにさせていただきます。これからも日々の小さな発見を綴っていきます。