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「ぼくの年金」 (ぼくの帽子)西条八十

母さん、僕のあの年金、どうしたんでしょうね
ほら、母さんが定年退職した時
「工夫をすれば現役時代と同じ暮らしができるよっ」
って喜んでいた
あの年金ですよ。

母さん、あれはいい年金でしたよ。
母さんはやっと通院するようになって
僕はあのとき、ずいぶんほっとした。

母さんは質素であれ、穏やかな毎日を暮らして
あの頃の日本には
「老後」とか「晩年」という言葉がありましたね。

いま、此の国は
僕に
「働いて、働いて、働いてまいります、と誓え。
御者(総理大臣)の私がそう云うのだから、従え。」
年金はそれからだと
仰りやがります。

母さん
僕の年金ほんとにどうなるんでしょう?
国民健康保険と介護保険の天引きで
心がすり減りそうです
僕に「老後」はありません
もう
「余生」もなさそうです


#映画 「人間の証明」


「ぼくの帽子」 西条八十

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
紺の脚絆に手甲をした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。
母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。
母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y.S という頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。

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