紅白なますの秘密。の前に阿倍野と空海と「喫茶アコオ」と難波里奈さんの話を
大阪は阿倍野の、とある店の紅白なますを食べてみたいと
遠方からお越しの客人との、その夜の出来事を書く前に
まず阿倍野の話をします。
阿倍野という地名は古代豪族の阿部氏の本拠地であった説。そして
稀代の陰陽師安倍晴明の父とされる
安部保名の伝説が由来かと考えられます。
(阿倍 阿部 安部 みんなちがってややこしい)
奈良時代、豪族阿部氏の氏寺であった阿部寺と、氏社の阿部社。
阿部寺は平安時代、阿部氏が権勢を失い四天王寺に併合され、
残った阿部社を空海が再興します。
空海は讃岐国出身、遣唐使で長期留学生として長安に学び、
帰国後は和泉国と日本中に足跡を残し、
嵯峨天皇より高野山を賜り、金剛峯寺で開創。
真言密教の道場として、基盤強化に尽力をつくしました。
阿倍野は熊野街道に面し、熊野詣が大流行した平安時代に
熊野九十九王子社の一つ、阿倍野王子として整備されました。
安倍晴明の銅像や阿部晴明神社が末社として境内にあります。
「王子」とは熊野詣の途中、休憩や遥拝の為に
熊野修験の手によって設けられた神社を指します。
ここからは安部保名の伝承です。
ある日、阿倍野に住んでいた安部保名は
和泉国の信田の森で
追われている白狐を助けます(白たぬきではない)
狐は恩を感じ女に姿を変え、保名の前に現れ
葛の葉と名乗り、子が生まれ、幸せな日が続きます。が
ある時、庭に咲く菊の美しさに見惚れ、思わず尻尾を出したところを
我が子に見られ、これまでか。と姿を消します。
恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉
うらみというのは葛の葉に掛かる言葉で、裏見。
葛の葉は風が吹くと、そよいで葉の裏を見せる。
正体がバレた以上人間には戻れないが、本当の気持ちを分かってほしい、
でしょうか
さて、天王寺から阿倍野筋を更に堺の方向へと歩くと
松虫通に着きます。風雅な名前ですね
チンチン電車が停まる「松虫停留場」の前に
昔「喫茶アコオ」という純喫茶がありました。
私の父の妹さんがご夫婦で営んでいた喫茶店です。
夫の出身地赤穂から名付けれらました
叔母が亡くなり、店は無くなりましたが
その翌年、私は北堀江の「喫茶アヲツキ」で
なにげにレトロ喫茶の新刊を手に取り
そこに「喫茶アコオ」の名を見つけました。
著者は難波里奈さん。
そうです、あのっ 人間界のみーちゃん、
マツコ・デラックスの
「マツコの知らない世界」その他メディアで
日本各地に残るレトロ喫茶店を紹介してくれる里奈さんは
なんと!
というか
当然ながら大阪の「喫茶アコオ」も訪問されていたのでした。
私はすぐに、25才上の従姉妹と30才上の従姉妹に
この本を送りました。
名前が残っていたよ。
徳島は阿南、阿波橘で生まれたシズちゃんが
大阪に移って、暮らして、生きた。
シズちゃんが切り盛りしてたお店の名前は
こうしてきっと、これからも残り続けますよと。
そして
白たぬきさんへの二度目の訪問で
このお店が大正時代創業で、100年を超えること。
讃岐出身の
先先代が大阪のこの地で開業し、最初は出前専門。
そして戦争。
私の住む浪速区ほどではないが、空襲で
焼夷弾で焦土と化し、戦後また人が集まってきた一角を修復し、
再構築しようとする大阪市の阿倍野再開発に絡んで、移転。
現在3代目と2代目の妻で営業している、そんな歴史があったこと。
この店に集まる常連のお客様たち
そして難波里奈さんが、昔の阿倍野のことを調べておられる、、、
そうした話を始めます。
写真は京都で開催されたブライアンイーノアンビエント展
お土産の鍵善良房の限定和菓子はこんな色合いの逸品
私のあたまで点滅するシナプス回路
