完成を拒んだヴィンテージ、糸のねじれに宿る哲学。ssstein
メルカリ徘徊日記#668
リーバイス66前期のデニムには、機械では出せないタテ糸のムラがあった。そのムラを、種類の違う糸を組み合わせて蘇らせ、ケミカルブリーチのあとに吹き付けを重ねることで、色落ちではなく時間の層のような奥行きを生み出す。
ここに宿るのは「無から有へ、そのはざまを表現する」というsssteinの姿勢そのものだ。
縫い目を辿ると、両脇だけがわずかに内側へねじれている。まっすぐ縫えば早いところを、あえて生地をひねりながら縫い進める手つきを想像すると、全体に生きた歪みが生まれる理由が見えてくる。後ろのゴムと内側のドローコードは、最後だけ着る人の体に委ねるための余白だ。
想像してほしいのは、まだ肌寒い朝の商店街を、厚手のスウェットを着崩して両手をポケットに入れて歩く時間。生地の重さが歩幅を少しだけゆっくりにする。
きっちりした服がしっくりくる人には、このゆるさは物足りないかもしれない。でも服に自分を合わせるのではなく、服とともに姿勢が変わっていく感覚を求める人には、これ以上ない一本になる。
デザイナー浅川喜一朗が服を解体し、身体との関係を研究し尽くした先に生まれたのがこのブランドで、その姿勢はマルジェラ以降の脱構築の系譜を、日本的な静けさで昇華させたものともいえる。
手に入れたら、まず一度洗って生地に自分の時間を重ねてみてほしい。
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