大切な人との大切な時間を味わうこと
「たった一言の正義の刃」
たった一言。
その一言を飲み込んでいれば、
今日という日は、
いつも通り笑って終われたのかもしれない。
相手の矛盾を指摘し、
自分の「正しさ」を証明したかったのだろうか、
口が止まらずに動き続けてしまった。
言い負かしたあとに訪れたのは、
勝利の喜びなどではなく、
ひどく冷え切った空気だった。
という経験はありませんでしょうか?
それまでは、
ガヤガヤと仕事の話し声が響いていた社内が、
もうみんな帰宅した後の社内のように、
シーーンっと物音さえしない、
静まり返って生物の存在を感じさせないような空間。
場所が変われば、
カチャカチャと箸が食器に当たる音だけが、
響き渡るような部屋。
……誰も悪くない。
そう思いたい。
ただ、
ほんの少し"相手のことを思って"「正しいこと」を伝えたかっただけ。
それなのに、
なぜ、
こんなにも大切なものを傷つけてしまうのでしょうか?
「お互いの正義のぶつかり合い」
「木を見て森を見ず」という言葉があります。
人は、
目の前の小さな出来事に心を奪われると、
周りがまったく見えなってしまいます。
誰の意見が正しいのか。
どちらに非があるのか。
論理が破綻しているのはどちらか。
気付けば、
二人が築いてきた"人生という豊かで美しい森"のような関係を忘れ、
目の前に生えている"一本の歪んだ木"だけを憎々しげに睨みつけていたり、、、
自分の地位や尊厳、
あるいは「間違っていない自分」を守るための理論武装。
けれど、
その重たい鎧は、
大切な人と抱き合う時、
相手との距離が近くなればなるほど、
ただ相手を傷つけるだけの凶器になってしまっていることに、
なかなか気づけなかったりしませんでしょうか?
「歪んでしまう焦点」
「数千人の死は統計であり、一人の死は悲劇である」
ある歴史上の人物が残したとされる、
こんな言葉があります。
人は、
大きすぎる全体像には実感が湧かないというか、
自分ごととして認識することが難しくなると思うんです。
けれど、
たった一つの小さな部分に「焦点(レンズ)」を合わせると、
そこに強烈な感情が生まれ、
心が激しく揺れ動くのを感じたりします。
これは、
日々の言い争いでも同じだと思うんです。
相手の「たった一つの言葉尻」や「小さな論理のほころび」にピントを合わせ、
そこだけを拡大して見つめるからこそ、
許せないほどの悲劇(怒り)が生まれてしまうのではないでしょうか?
本当に見るべきなのは、
レンズ越しの小さな欠点ではなく、
目の前にいる"その人自身の存在"であるはずではないでしょうか?
「もしも明日、この世界から消えてしまうなら」
一度、
自身の色眼鏡を外すように想像してみてください。
もし今日が、
目の前にいる大切な人と過ごせる、
人生最後の日だったとしたら。
さっきまでのあの激しい議論は、
本当に必要だったでしょうか?
相手を論破して得た「勝ち負け」は、
誇るべき勲章だったでしょうか?
違うと思いませんでしょうか?
「間違っていてもいいから、ただ笑っていてほしい」と、
そう願い、
間違いよりも、
相手の嬉しいと思う言葉を選んで、
伝えようとすると思いませんか?
論理や正しさは、
社会を生き抜くための便利な道具にすぎません。
けれど、
愛する人との時間を守るための盾にはならないと思うのです。
「優しさの中で笑い合える瞬間」
もちろん、
生きていく上で先を見通し、
正しい選択をすることは大切なことだと思います。
でも、
人生には「正しい答え」がある一方で、
「幸せには正解がない」のもまた事実だと思っています。
正しさよりも、
不器用な優しさ。
勝ち負けよりも、
くだらないことで笑い合える時間。
長い人生という森全体を見渡した時、
私たちを真に温めてくれるのは、
論理的に完璧な日々ではなく、
そんな温度のある時間ではないでしょうか?
「今しか味わえない、この儚い温度」
未来は誰にもわかりません。
そして、
過ぎ去った過去は二度と戻りません。
私たちが触れられるのは、
確かに存在している「今、この瞬間」だけです。
つながりの深い、
かけがえのない人と同じ空間で息をし、
ご飯を食べ、
目を合わせて話をする。
それは決して永遠に続くものではなく、
いつか必ず終わりが来る、
奇跡のような時間だと思います。
だからこそ、
大切な人との時間は、
何よりも深く噛み締め"味わう"価値があるのではないでしょうか?
正しさというナイフで切り刻むのではなく、
ただそのまま、
両手でそっと包み込むように、
この瞬間を共有したいと思いませんでしょうか?
「この瞬間に愛を感じて」
森の中を歩いていると、
どうしても目の前の一本一本の木ばかりが目に入ります。
枝が邪魔だな。
ここには虫がいるな。
でも、
少しだけ立ち止まって、
ぐっと顔を上げてみてもらいたいのです。
木々の隙間からは、
どこまでも抜けるような青空が見え、
心地よい風が葉を揺らしていることに気がつくと思います。
そんな瞬間の連続、、、
人生も、
きっと同じなのではないでしょうか?
目の前の「正しさ」に心を奪われ、
感情的になりそうな時こそ。
一度立ち止まって、
隣にいる大切な人の、
少し困ったような笑顔を見つめてみてもらいたいのです。
その静かで優しい時間こそが、
人生で最もかけがえのない宝物なのだと、
気づけると思えるのです。
そんな瞬間に、
あなたを心から愛していると、
心の底から溢れてくる。
そんな風に思います。
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