ロマン小説の系譜:騎士物語から現代の恋愛小説へ

現代の日本で「ロマン小説」と聞けば、多くの人が女性向けの恋愛物語を思い浮かべるだろう。しかし、このジャンルの源流を遡ると、意外なことに中世ヨーロッパの騎士物語に行き着く。

発祥:中世の「ロマンス」と騎士道

「ロマン小説」の語源である「ロマンス(romance)」という言葉は、元々「ラテン語ではない、ロマンス語で書かれた物語」を意味していた。12世紀頃のフランスやイギリスで大ヒットした騎士と貴婦人の恋愛物語は、もともと自由恋愛が許されなかった王侯貴族の貴婦人達がせめて小説の中だけでも自由に恋愛をしたいと小説家に書かせた物語である。

当時の王侯貴族というのは今でいう読み書きそろばんといった教養がなく、公用語であったラテン語などの読み書きはできず(そういうのは下っ端の仕事と考えれていた)、貴族が理解できるのはロマンス諸語、すなわちローマが崩壊後、欧州各地でローカライズされた話し言葉であるイタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語などで書かれた小説を小説家に書かせて、それを読んでいたのである。これがロマンス小説の発祥である。

当時流行した騎士物語は、アーサー王やその騎士達(ラウンドオブナイツ)、中でも王妃グネヴィアと筆頭騎士ランスロットとの献身的な愛(今の我々から見ると身勝手な恋愛)が描かれる『アーサー王物語』や悲恋を描いた『トリスタンとイゾルデ』に代表されるように、そこではご都合主義な出来事や奇跡が起こり、騎士たちは忠誠と愛のために命を懸けて戦った。この時代の「ロマンス」は、恋愛要素を含みつつも、本質は英雄的 な冒険譚であり、今日の恋愛小説とは趣を異にするものであった。

このように騎士物語は、騎士の武勲や冒険、そして主君の奥方など高貴な貴婦人への献身的な愛(宮廷風恋愛)を主題としていた。「騎士の献身的な愛」という形式を取れば不倫として非難されることをキリスト教的献身を建前に、不倫を公然の秘密化にしてきたのである。

中世キリスト教社会において不倫は紛れもなく大罪である。宗教的には地獄に落ちるほどの罪であり、社会的には家の名誉を汚し、血統の純粋性を揺るがす裏切り行為。発覚すれば、男女ともに財産没収、追放や、時には死罪に処されることもあった。

しかし「宮廷風恋愛」はあくまで精神的な崇拝(という建前)。騎士は、手の届かない高貴な貴婦人(多くは主君の奥方 )に忠誠を誓い、彼女のために献身的な愛を捧げ、武勲を立てる。貴婦人はその奉仕を受け入れ、騎士に精神的な結びつきを見いだす。

現実の宮廷で、貴婦人と騎士が親密な関係になったとしても、表向きは「あれは宮廷風恋愛という、精神的な奉仕なのだ」と言い訳する余地が生まれるわけである。

実際の不倫関係は、この「宮廷風恋愛」の作法を借りて、非常に秘密裏に進められた。それは「黙認」というより、宮廷という閉鎖的な空間における「公然の秘密」であり、表沙汰にならない限りは見て見ぬふりをされたのだ。

衰退と再興:リアリズムの台頭とロマン主義

17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパでは啓蒙思想と科学革命を背景に、現実をありのままに描こうとするリアリズム文学が主流となった。すると、中世のロマンスは非現実的で荒唐無稽と見なされ、文学の中心舞台から姿を消すこととなった。

しかし、この流れは18世紀末から19世紀にかけて起こった「ロマン主義」によって大きく転換する。合理主義への反動として生まれたロマン主義は、個人の内面的な感情、情熱、想像力、そして超自然的なものへの憧れを賛美した。

この思潮は、忘れ去られつつあった中世の文化やゴシック的な世界観に再び光を当てた。さまざまなロマン小説が新たに書かれる中で、中世の騎士物語もまた語られるようになったのである。今私たちが知るアーサー王物語もこの頃に復活したのである。

アメリカでの発展と日本の「ロマン小説」

20世紀に入ると、ロマンス小説の舞台はアメリカへと移り、そこで大衆的なエンターテイメントとして爆発的な発展を遂げる。特に第二次世界大戦後、安価なペーパーバック形式で出版されるようになると、ロマンス小説は巨大な市場を形成した。カナダのハーレクイン社に代表される出版社は、読者が安心して楽しめるように「ヒーローとヒロインは結ばれ、必ずハッピーエンドを迎える」という明確なプロットの公式を確立。

もうお分かりだろう、今の日本の女性向け恋愛小説の直接の由来はハーレクインの形式からなのである。

そして1970年代後半から80年代にかけ、このアメリカ型のロマンス小説が「ハーレクイン・ロマンス」などの名で日本に輸入・翻訳され、大きなブームを巻き起こす。刺激的で情熱的な恋愛を、異国情緒あふれる設定の中で描く これらの物語は、多くの日本人女性の心を掴んだ。このアメリカからの輸入こそが、日本において「ロマン小説=女性向けの恋愛小説」という現代的なイメージを決定づけたのである。

そしてロマンス小説は近年日本で飽きられてしまい、一時的に影を潜めていたが、韓国ドラマでまた新しい装いとして逆輸入という形でヒットしている。

さて、次回はロマンス諸語について書いてみたいと思う。


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