見出し画像

0002路 出会うはずのなかった薄明

千夜千冊を1夜から読もうと思わなければ、出会うこともなかった。松岡正剛さんは、この千夜千冊では、ロード・ダンセーニのモダン・クラシックスの古典『ペガーナの神々』を取り上げている。

2026年を生きる身として、神についてどう語ればよいのだろう?SNSで「神」を探すと、「マジで神」やら「神アプデ」やら「神記事」やら、至る所に神がいる。みんな神はありがたいものだという文脈をゆるく共有している。

ただ、そこにはダンセーニがつくった「無に近いほど薄い薄い当初の国」であるペガーナが持つ、「存在の薄明現象」を触知するような興奮はない。現在神はあくまで何かを圧倒する「すごい」の延長線上にしか現れないらしい。

松岡さんはこの千夜千冊で、存在の薄明に触れうる方法をところどころに仕掛けてある。

何よりも『ペガーナの神々』の導入部の、「まだこの世がはじまらない前の、深い深い霧のなかで"宿命"と"偶然"とが賽をふって勝負をきめたことがあった」。

この一文に恍惚感を覚え、同じような一文を生み出したいと思うなら、あなたはすでに「存在の薄明現象」に一歩足を踏み入れている。

ここには「左脳的でインスタント、生産性が高くて有用」とは異なる、「なんだかわからないが圧倒的で、これまでわかったつもりだったことを何もわかっていなかったと知り、もっと世界の行く末を歴史から辿りたくなる」魅力に溢れた言葉が並んでいる。

松岡正剛さんは稲垣足穂の「お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた」をよく引用している。
この一文を、「これまでのあらゆる哲学と論理学の将来をポンプで圧縮して、フッと紙風船にして飛ばしてしまったような破格の魅力をもっている。」と評している。

そう、わたしたちは言葉でならこれまでの歴史のある哲学と論理学、ううん、多分それだけでなく既存の学問をはじめとするあらゆる枠組の将来を吹き飛ばしていいのだ。そうすることで、誰もがもっと世界と多様な出会いと繋がりを持つことができる気がする。

これらの言葉に出会ったわたしは、SNSを立ち上げる必要性を失った。SNSにいる神よりも、もっと『ペガーナの神々』の存在に近づきたい。近づくと、もっともっと世界の奥深さを知ってる人に変わって、あなたに届く文章が書けるだろうか。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集