Windows 3.1から30年。私がWindowsを捨て、Zorin OSに「終の書斎」を見つけるまで。
これは苦節30有余年、とうとうWindowsの呪縛から逃れたひとりのSF作家の物語です。奮闘というほどの苦労はしていません。なぜならAIの助けがあったから。(^^)
1. 30年目の決別
Windows 3.1から30年以上。人生の半分以上をWindowsと共に過ごしてきました。OSとはそういうもの、マイクロソフトの流儀に従うのが「当たり前」だと思っていました。
ところが、わずか2ヶ月前。ふとした好奇心で触れたLinux Mintが、私の価値観を根底から覆しました。「もう、Windowsに戻る必要はない」。そう確信した私は、保険のために残していたWindowsマシンを、Zorin OSとのデュアルブートに踏み切りました。それは、長年住み慣れた家を解体し、理想の書斎をゼロから建て直す決意の表れでした。
2. 「X11の亡霊」は、もういない
かつて私が知っていたUNIXやX11の世界は、Windowsとはまったく別の、不親切な銀河でした。デバイスを一つ繋ぐのにも一苦労し、設定ファイルを書き換える「修行」が必要な場所……。
しかし、Zorin OSを起動して驚きました。 モニター、キーボード、マウスはもちろん、USBスピーカー、Webカメラ、USBマイク、WiFi、そして「最難関」と思われたプリンターまで。 すべてが、挿した瞬間にWindowsと同じように、いやそれ以上にスムーズに動き出したのです。 30年前の常識でLinuxを敬遠している人がいたら、私は伝えたい。「もう、あの頃の不自由なLinuxはどこにもいない」と。
3. 「Aの左」を譲れない。執筆家の聖域
私には、30年間絶対に譲れなかったこだわりがあります。それは「Aのキーの左にCtrlキーを置くこと」。
これなしでは、私のタイピングは成立しません。もしLinuxでこれが実現できなければ、その瞬間にWindowsに戻るつもりでした。ところが蓋を開けてみれば、それは「裏技」ですらなく、OS側が「みんなが当たり前にやっていること」として標準で準備していた設定でした。
Mac風の「変換・無変換」による日本語入力切り替えも含め、OSを自分の身体に合わせる。これこそが、執筆を「身体化」するための第一歩でした。
4. なぜ、Mintに飽き足らずZorinへ向かったのか
最初の2ヶ月、Linux Mintは素晴らしい「避難所」でした。Windows 7のような親切さで私を迎え入れてくれました。でも、慣れてくるとどこか「Windowsの代用品」を使っている感覚が拭えませんでした。
そこで手を出したZorin OS。そこには、全く違う手触りがありました。 例えるなら、Mintが「信頼できる実用車」なら、Zorinは「洗練された最新のEV」。 「スカスカと気持ち良い」――。 この感覚は、WindowsやMacのユーザーにはなかなか伝わらないかもしれません。無駄な重厚さを削ぎ落とし、クリック一つ、ウィンドウ一つが自分の指に吸い付くような軽快さ。デザインの洗練が、そのまま思考のノイズを消し去ってくれるのです。
5. 15GBの「書き尽くせないフロンティア」:クラウドをPCの一部にする
執筆データの保存先についても、Linuxならではの「自分仕様」を貫きました。私はGoogle Driveを、単なる「データの避難所」として使うのをやめ、PCの中にある「ドキュメント」フォルダへ直接つなぎ込みました。
一般的には「たった15GB?」と思われる容量ですが、テキストファイルを主戦場とする執筆家にとって、15GBは数億文字を飲み込んでもまだ余りある、一生かかっても書き尽くせないほどの「広大なフロンティア」です。
ここでもLinuxの先人たちが道を拓いてくれました。実はGoogle、Linuxでドライブを使うことをあまり想定しておらず、普通に繋ぐとファイル名が人間には判別不能な暗号(管理用ID)に化けてしまいます。しかし、先人が作ってくれた「翻訳の橋」を架けることで、暗号の山を一瞬で美しい日本語のタイトルへと変えることができました。
さらにAI音声(VOICEVOX)を導入し、長年育てた辞書を移植。キャラクターが自分の言葉を読み上げる、最高の伴走者が加わりました。
6. Windows 11の未来:それは「書斎」ではなく「監視カメラ付きの広告板」だ
「Windows 11で十分便利じゃないか」と言う人に、私は問いたい。そのOSの「未来」に、あなたの自由は残っていますか?
Windows 11が目指している方向は、表現者にとってあまりに息苦しいものです。
「Recall」という名の監視員: 数秒ごとにデスクトップを記録するAI。作家にとって、思考の断片を常に覗き見られるストレスは、表現の自由を根底から揺るがします。自分の書斎に監視カメラを置かれる。 そんな環境で、本当の創作ができるでしょうか?
広告とサブスクの強制: スタートメニューに割り込む広告、設定画面を埋め尽くすサブスクの勧誘。私たちは「観客」にさせられ、OSを「借りている」だけの存在になりつつあります。
ハードウェアの「強制死」: 独自のルールで名機たちをゴミ箱へ送り込む。これは進化ではなく、単なる「支配」です。
7. 結びに:30年かけて辿り着いた「本当の自由」
Windowsは、かつては最高の道具でした。しかし今は、巨大になりすぎ、複雑になりすぎ、ユーザーの自由を制限する方向に進んでいます。
もし、あなたが「書くこと」に人生を捧げているのなら。思考を邪魔するノイズ、勝手な挙動、リソースの無駄遣い……そんなものに、あなたの大切な時間をこれ以上奪われないでほしい。
Linux、特にこのZorin OSは、30年前に私たちが夢見た、「シンプルで、強靭で、自分の身体と一体化する道具」そのものです。
「もうWindowsを使っている場合ぢゃない。あなたの言葉と、あなたのマシンを、今すぐあなたの手に取り戻そう」
30年かけて辿り着いたのは、自分だけに最適化された、最も居心地の良い椅子でした。さあ、あなたも重い鎧を脱ぎ捨てて、このスカスカとした自由な空気の中で書いてみませんか?
