中島敦の『山月記』を現代語訳してみた――今読んでも新鮮だ
以前にアップした「高野聖」に続いて、今回は中島敦の「山月記」をAIを使って現代語訳してみました。
「山月記」は、あまりにも有名な作品なので、今更説明は不要かもしれません。それでも、あらためて向き合ってみると、その凄みに何度でも打たれます。
筆者はこの作品を高校の現代国語の授業で初めて読んだのですが、迫真の文体に心を鷲掴みにされたのを、今でも覚えています。
現代国語の教材として扱われてはいますが、書かれたのは1942年(昭和17年)。今の文体からすると、ずいぶんと固く、格調高い分、正直なところ読みにくい部分もあります。授業で出てくる作品の多くは、そうした「文体の壁」のせいで、内容の凄みが伝わりきらないまま素通りされてしまうことも多いのではないでしょうか。
そこで今回は、授業という枠を一旦離れて、純粋に一つの怪異譚として読んでもらえたら、と思い、いつものようにAIを使って現代語訳してみました。
こうして現代語で読み直してみると、50年近く前に読んだあの作品が、なんとも生々しく蘇ってきます。人が虎になっていく恐怖と哀しみ、そして自身の詩才への執着と絶望――そのあたりの感情の輪郭が、固い文語よりもむしろくっきりと浮き上がってくるように感じました。
今の現代国語の授業でこの作品がどう扱われているのか、筆者はよく知りません。ですが、内容そのものは時代を問わず新鮮なものだと思っています。ぜひ、若い皆さんにも読んでもらいたい一作です。
――原典について――
この作品は「青空文庫」に公開されている文書を、AIを使って現代語に翻訳したものです。
原典はこちら: https://aozora-renewal.cloud/cards/000119/card624.html
