#3-4 霧の彼方|追憶のオリジン〜氷の女王の眠る街〜
暗い沼や湖を抜けて一週間後、やっと湿地の終わりが見えた。
足元がぬかるみから土へと変わり、タトは思わず小さく息をついた。
「葉っぱのにおいがするね」
ミミがうれしそうに鼻を鳴らす。
タトは重たい足を引きずるように、森の前で立ち止まった。
(──ここが、魔獣の連峰。)
乾いた風。鋭く葉を揺らす音。湿地の粘り気を洗い流すような冷たい空気が吹いていた。
二人は裾野から森へ入り、氷山を道しるべに、何日も歩き続けた。
ここでもミミは、まるで森の王者だった。
わらわらと現れる狂気じみた魔獣に、タトは立ちすくんだ。
その横で、ミミは目をらんらんと光らせ、次々と仕留めていった。
けれど、長い旅のなかで、ミミは何かに憑かれたように荒れることがあった。
あの日以降、タトに怒りを向けることはなかったが、
寝起きに突然うなり声を上げたり、気づけば周囲の木々が黒く焼け焦げていたりした。
そういうときは決まって、ミミの腕や足に新しい傷が増えている。
「ミミは強いけど、小さな傷が命取りになることもある。身体を大切にするんだよ?」
傷を見つけるたび、タトは手当てをしながら諭したが、ミミは自分の傷に無頓着だった。
そして彼女が、ときどき不穏になる理由も、霧の中だった。
*
フェリサリアを旅立って、ひと月ほどが経っていた。
永遠に森が続くかに思えた、ある朝。
木の上に登っていたミミが、弾けるように叫んだ。
「タト!」
「なに?どうした?」
「塔が見える!」
タトは慌てて、近くの木を登った。
枝の隙間から、遠くを見つめる。
果てしない森と、湖の向こう──
巨大な氷山のふもとに、霧に溶けそうな塔と、小さな街並みがうっすらと見えたのだ。
タトは、ぐっと拳を握った。
うんざりするほど見飽きた森。
憎らしいとさえ思った霧。
こちらを監視するように、無言でそびえる氷山。
変わらない景色——。
けれど今、
水面に映る青い空と、
深い森の緑、白い雲と山。
その奥に確かに息づく、塔の影を見て、
タトは思った。
なんて、美しい景色だろう。
タトは、生まれて初めて、
この世界に、感動していた。
しばらく動けず、拳を握ったまま、ただその景色を胸に焼きつけていた。
(つづく)
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