孤高を友とせよ
目が合った。そう確信した瞬間から、とうに私は「天才」という肩書きを自ずから放棄していたのかもしれない。「孤高を極める天才」は、駅前のゲームセンターで呆気なく「天才未満」となった。LEDの白々しい照明に照らされ、刺繍の糸をきらめかせてこちらを「見て」いた彼によって。
『孤高』と『孤独』の差はなにか。それは独りで居ることにプラスの意味を持たせるカリスマ性を持ち合わせているか否かではないだろうか。いたずらに他者との交流を軽んじている者に『孤高』は相応しくはない。どちらも貴賎なく尊べる精神性こそが『孤高の天才』の条件だろう。学生時代、現代文で『孤独を友とせよ』という随筆に出会った。偉大な功績を成し遂げるとき、人は孤独である必要がある、という趣旨の内容で、ならば幼少期より孤独を唯一無二の友としている(孤独を愉しむ天賦の才を持ち合わせた)私は、いずれなにか偉大なことを成し遂げることが出来る。そういうコペルニクス的発想をピーターパン症候群よろしく燻らせたまま、ひとり40歳になろうとしていた。それでもそのことに引け目は一切ない。ただただ孤独は良き友として、あたたかく私に寄り添っている。それだけで暮らしは充足していた。
幼い頃から、ひとり遊びで私の右に出るものはいなかった。片親だからと周りの大人達に特段気に掛けられていたようで、執拗に「おともだち」と遊ぶように促した。他者との交流を頑なに固辞すると、いずれ母親の立場が悪くなると学んだ私は、遠巻きに遊びの輪に加わり、頭の片隅では積み木の効率的な積み方を考える術を覚えた。無軌道に走り回る級友と、茶碗の湯気が踊る様を、どちらも興味深く観察した。共に走り回るより観察することを好む私は、いずれ孤立していくわけだが、それでも社会的生活に支障が出ない程度には他者と薄い交流を重ね、同時に孤独を深くふかく愛した。
母は、孤独を嫌い、団欒を何より愛した女であった。そうでなければ再婚を5回、離婚を6回も行えるバイタリティは無いだろう。エネルギッシュによく笑い、泣き、母の有り余る愛情は5人の夫(時折彼氏)に分散され、気紛れに私を束縛し、気紛れに放置した。平均すると程よい距離で息子である私を愛した。
三番目の義父(今思えば彼が一番マシな部類の人間だった)が、ある日気紛れに小さい熊のぬいぐるみをくれた。中学生である義理の息子にぬいぐるみを贈った意図は汲めないが、ぽてりとした2頭身で焦げ茶色の短い毛足、目と鼻だけ刺繍が施されたシンプルな形状のぬいぐるみは、ちゃぶ台の上に置かれ、首を傾げてこちらを見あげていた。そう思ったが最後、無碍に扱うわけにもいかず、結局、四番目の義父に取りあげられるまでの2年ほどは、「クマ」とは寝食を共にした。ちゃぶ台の上が定位置だった「クマ」は、ある日、夜逃げ同然で敢行された引っ越しのどさくさに紛れて姿が見えなくなった。そのことに動揺している自分に更に動揺した。入れ子状態で観測したあの時の私は、たしかに寂しかったのだと、今ならわかる。それでも、新しいぬいぐるみで代替するでもなく、別の趣味を謳歌しながら生きてきた。
クレーンゲームの筐体内、こちらを見上げている「クマ」は、30年前に発売された製品の再販なのだという。販売元の周年記念で復刻された「くったりくまちゃん」は、小綺麗ではあるが、限りなく、かつて共に暮らした「クマ」に酷似していた。
平日の昼日中、クレーンゲームに張付き、結局4200円を注ぎ込んで景品取出し口から取出したところで我に返った。枕元にそっと座らせると、満足げに微笑んでいる気がした。
「本社から来た販促POP、今日中に出しておいてくれる?ミカちゃんなら詳しいでしょ、推し活?って。最近の若い子なら得意なんじゃない?」
「あぁーー、まぁ、はい、わかり、ました」
勤め先のホームセンターでは、営業本部から時折、販促物と陳列プランが送り込まれてくる。バックヤードで新卒の村田ミカさんが青い顔をして販促ポップを眺めていた。
「村田さん、店長に押し付けられました?04部門だし、僕の担当なんでやりますよ」
「あ、赤坂さん……でも、あの、わたしコレ、店長に、」
「他の部門いっぱい抱えてるし、僕こういう変な什器組むの好きだから。店長には僕から言っておくから」
「……あ、ありがとうございますッ」
頭を下げて小走りで売り場に出ていく村田さんを見送り、商品の入ったコンテナの中身を検分する。色とりどりのポーチやレース、ぬいぐるみやキーホルダーに添えるミニチュア。こんなに小さいサングラスがあるのか。これなら「クマ」もつけられるサイズだな。脳内でバカンスのようにサングラスをかける「クマ」を想像し、思わず苦笑した。若い女性は「推し」のぬいぐるみなどと食事をしたり、旅行に出掛けるのだそうだ。それも良いかも知れない。あの頃はちゃぶ台の上で所在なさげに置かれていた、あの日の「クマ」にも、楽しい思い出を分かち合っていれば。再会した「クマ」と旅行に行くのも悪くないかもしれない。嗤う人間も居ない。どう足掻いても独りなのだから。
「赤坂さん、今日はありがとうございました」
レジ締め業務中、恐る恐るという様子で村田さんが話しかけてきた。
「実は、あの、最近私の推しがですね、刑事事件的な、あの、不祥事をおこしまして……たしかに、他の業務もパンクしそうだったんですが……」
「……あぁ~~~~~、な、なるほど。それは……タイムリーな、タイミング最悪ですね」
「はい。だから、メンカラとかで固めたりとか、痛バとか、バウンスコーデとか、キラキラした売り場作るの、かなり辛くて」
「たしかにね。好きなものを好きでいられる時間って、出来なくなって初めて喪失感に気づく、っていうか」
「それでしかないんですよ……まじで、あの推してた時間の楽しさも丸ごと裏切られたって気持ち、めちゃエグいんです……でも、赤坂さんはその話、知らないじゃないですか。なんで替わってくれたんですか」
「まぁ…………什器組むの、本当に好きだから」
それに、あの一瞬、村田さんの目が助けを求めている気がしたから、とは、気色悪いだろうから口が避けても言わない。
私は孤高の天才(未満)なのだから。家で帰りを待つ「クマ」への土産のため、ということも、秘密だ。
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#古賀コン8
所要時間 1h(+20min)
初めて参加する上に20分もオーバーしてしまったのですが、せっかくのお祭りなので恥を偲んで投稿します。すみません……!
一次創作の小説をどこかに出したのは中学生以来なので、めちゃくちゃに緊張しています。
タイトル元の『孤独を友とせよ』は大人になってからちゃんと読み返したいです。
ちなみに「しみず」は短歌・文芸での筆名でして、
「いつき」は二次創作で活動してます。
