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1988年のソウルオリンピックで着用された高速水着の原点である❝アクアピオン❞から始まった金ダルの連鎖

【低抵抗水着素材❝アクアピオン❞誕生】
1988年に開催されたソウルオリンピックから競泳水着を科学するフェーズに入り、競泳水着を流体力学で設計する時代となった。
スキーの低抵抗ジャンプスーツを起源とする低抵抗水着素材❝アクアピオン❞から成る高速水着❝Speedo❞から、金メダルの連鎖が始まった。

1. はじめに

この物語は、私の体験をベースにしたフィクションです。
私は、衣料用繊維製品の商品開発業務を50年程経験し、その間に数多くの新商品を市場展開することができました。

私の主な担当業務は、スキーウエア及びアウトドアウエア用途を中心としたテキスタイルの新商品開発でしたが、今回はスキーのジャンプスーツ用素材として開発した❝コスモピオン❞の低空気抵抗技術の知見を応用して低水抵抗競泳水着用素材❝アクアピオン❞を商品化した事例をご紹介させていただきます。

空気中と水中とでは、使用環境条件が異なり必要とされる特性がかなり異なりますが、目的とする開発品はいずれも繊維素材から成る競技ウエアであり摩擦抵抗や形状抵抗などの共通項も多くあります。

1972年に日本で開催された札幌オリンピックの70m級(ノーマルヒル)スキージャンプ競技で日本勢が金、銀、銅の3メダルを独占する歴史的快挙を成し遂げ、「日の丸飛行隊」と呼ばれた日本の選手達が着用していた競技ウエアの素材である❝コスモピオン❞を設計した流体力学の知見を活用して、1988年のソウルオリンピック向けの競泳水着用素材❝アクアピオン❞を開発しました。

空気も水も同じニュートン流体なので流体抵抗は、流体の粘性により生じる『粘性抵抗』と、慣性による『慣性抵抗』に分類され、低速(低レイノルズ数)では速度に比例し(ストークスの法則)、高速(高レイノルズ数)では速度の2乗に比例して抵抗が増加すると考えられ、基本は同じである。
実務や設計においては、対象とする現象がどちらの領域にあるかをレイノルズ数(Re)を用いて見極めることが重要になることは理解していました。

しかし、繊維の表面状態にも増して親水性や疎水性などの表面特性による抵抗力への影響や競技ウエアのレギュレーションなど注意すべき点も多く、競泳水着素材の開発が初めての私には不安もありました。
このあたりは、文中に反省点も含めて記載します。

本物語は、1988年ソウルオリンピックの100m背泳ぎでDS選手が着用した低抵抗水着素材❝アクアピオン❞の開発に携わった著者の実体験・見聞をベースに、当時の熱量や試行錯誤のドラマをお伝えするために読み物(再現ドラマ形式)風に構成したものです。

物語を分かりやすくお伝えするため、作中の具体的な出来事や人物同士の細かなやりとりには、一部著者の記憶に基づく演出や創作(フィクション)が含まれており、特定の個人をモデルにしたものではありません。

なお、添付・引用しております資料は、すべて公表された客観的な歴史的事実(公知の情報)として、読者の皆様の理解を深めるために掲載・紹介しております。元所属企業や関係各所の公式な見解を示すものではなく、あくまで一開発者の視点から見た「ものづくり物語」としてお楽しみいただければ幸いです。


2.MT連絡会にて競泳水着用素材の開発要請

スポーツアパレルのM社と素材メーカーのT社とで定期的に行っている1985年春のMT連絡会に出席すべくM社を訪ねた。
連絡会が始まる前にM社のスキー担当の荻原課長と水着担当の松木課長が晴太に近づき「お話があるので連絡会終了後、少しお時間をいだけませんでしょうか」と話しかけてきた。

連絡会が終了して、そのまま会議室に残っていると、荻原課長と松木課長も会議室に残り、3人で面談した。 

すると、M社の荻原スキーウエア担当課長から、少し前の話ですが「御社と共同開発した❝コスモピオン❞を用いたジャンプスーツを着用して、1972年に開催された札幌冬季五輪スキージャンプ70m級(現ノーマルヒル)で、YK選手(金)、AK選手(銀)、SA選手(銅)の日本勢が表彰台を独占した快挙を1988年のソウルオリンピックの競泳で再現したく、新規に競泳水着用の水抵抗低減素材を開発して欲しい」との話に続き、
「詳しくは、担当の松木課長と相談して下さい」とのことである。

1988年のソウルオリンピックの100m背泳でYK選手が着用して金メダルに輝いた低抵抗水着素材❝アクアピオン❞を用いた高速水着開発の原点となった素材開発物語は、この3者の会議室での相談から始まった。

さらに、この❝アクアピオン❞の成功物語により、究極の高速水着の開発は2008年の北京オリンピックの❝レーザー・レーサー❞まで続く熾烈な高速水着開発時代の幕が開きました

3.低抵抗競泳水着素材❝アクアピオン❞の開発

3-1.1985年夏のMT連絡会:低抵抗水着素材の基礎開発

M社の競泳水着素材開発の要請を持ち帰った晴太は、簡便に水抵抗を測定できる装置がいると考えた。
最終的には、競泳水着の縫製品にして回流水槽を持つ測定機関を探し出して測定するにしても、考え方を整理したり数多くのサンプル生地を測定して仮説/実証検討をする必要があることから簡便な水抵抗を測定する機器が欲しいと考え、調べたが当てはまるものがなかった。

無いなら、自分で作ろうとのことで懇意にしているJIS試験法の評価機器などを製作して販売している会社に相談して組み立ててもらった。
水槽の中に円柱のドラムを水平にして半分位を水に浸し、かつ円柱の表面に生地サンプルを装着し回転させて水摩擦抵抗を測定する「回転トルク計」を装着した水槽を格安で作ってもらった。

試作した水摩擦回転トルク計で生地表面凹凸別のサンプル、また厚さの異なる生地、表面撥水状態の異なる生地、編密度の異なる生地、そして本命となる❝コスモピオン❞を含むスキーのジャンプスーツ用の極細ナイロン糸とスパンデックスを組み合わせた2wayトリコットなどの表裏やタテ、ヨコ使いおよび編み終わり方向と編み始め方向の違いなど200種類程度の水摩擦抵抗力を測定した。

合せて、元々の晴太の得意分野であるコーティング加工品や各種フイルムラミネート品などのサンプルも数多く測定した。

なお、この時点では2way織物を素材として用いる発想は無かった。動き易さの観点から 水着=編物 が誰の頭の中にあり織物を用いることは誰も考えなく織物素材は測定水準に上げていなかった。

ただし、後述の微多孔膜の微多孔の孔の中に水溶性で、かつ安全性の高い低分子量のポリエチレングリコールを含侵したサンプルの水抵抗が摩擦抵抗に加え、身体の凹凸部における水の境界層の剥離を抑え形状抵抗までを低下できることが分かった時点で、織物を用いてその収縮パワーで身体の凹凸を平坦化する発想に至っても不思議ではなかった。

競泳水着素材の検討開始時に
晴太が作成した説明資料

また、最も水摩擦抵抗が低くできる膜加工品使いを水抜け抵抗が低いからと言って否定された時に、晴太の競泳水着素材経験が少なく、言われたとおりすんなり引き下がったことが、つくづく悔やまれる。
水抜け性が悪いなら水が水着内に入らない様にする、という発想にいたれば、この時点でレーザー・レーサーは発想できたかもしれなかった

話を元にもどして、
集めたサンプルの測定結果から、最も水摩擦抵抗を低くできるのは、表面が平滑なコーティング加工品や各種フイルムラミネート品の膜面を表使いとしたサンプルであった。

そして、さらに興味深い現象として確認できたのが、微多孔膜の微多孔の孔の中に水溶性で、かつ安全性の高い低分子量のポリエチレングリコールを含侵したサンプルであった

過去に読んだ戦記物の読み物の中に、魚雷の頭から低分子量のポリエチレングリコールを吹き出す様にすることで、水抵抗を下げ、さらに魚雷の存在を敵に露呈させないように進行波(造波抵抗)や、航跡(引き波)を防ぐ検討が第2次世界大戦の頃から検討されているということを読んだ様な記憶があったので、今回試してみた。

晴太が考えたのは、自身が別テーマで担当していた防水透湿素材のEntrantの様な微多孔を有する膜素材の膜面表使いとして、微多孔の孔の中に低分子量のポリエチレングリコールを含侵しておけば、50m程度の間は薬剤を少量づつ流し出し続けることができるのではないか。単純に表面に塗るだけよりも低抵抗時間が伸ばせることができないのか、と思い確認した。

これで効果がでれば、現時点での競泳レースの水着にこのような仕組みを用いても、規制がないので問題はない。
また、ポリエチレングリコール溶液の中に微多孔を有する皮膜を用いた水着をレース前に浸漬しておけば、何度でも再利用できる。

1985年夏のMT連絡会から2ヵ月後に、晴太はM社を訪ねて低抵抗水着素材の開発状況を報告した。
最も水摩擦抵抗が低く、かつ水の境界層の剥離も抑えて形状抵抗もある程度低減できる可能性を秘めた素材は、防水透湿素材のEntrantの様な微多孔を有する膜素材の膜面表使いであり、競技前に微多孔の孔の中に低分子量のポリエチレングリコールを含侵して泳ぐのが、最も水抵抗が小さくなります」と報告し始め、「さらにパターン等を適切に縫製することで記録の更新は間違いないと考えられます」と自信ありげに続けた。

そして、「ただし、これをメーカーとして商品化するのはリテラシー面で問題となる可能性もありますので、ここだけの話として、実際は、微多孔があっても無くてもいいですが、水着の表面を平滑な膜やフイルムで覆うのが水摩擦抵抗を最も小さくできます」と結んだ

ここで、M社サイドから「平滑な膜やフイルム使いの水着では、特に女性用水着の場合に胸部の谷間付近から水着内に入った水が抜けなく、水抜け抵抗が増大する危険性が大きいと思います」との反対意見が出た。

「じつは、膜加工品はすでに水球用の男性用水泳パンツで使用しています。水球は、水中の格闘技と呼ばれ水面下の見えない攻防があり、 水の中での相手を押さえつけたり、水着を引っ張ったりする激しい肉弾戦が繰り広げられています」
「水中で水着の引っ張り合いがありますので、掴まれにくくするためフィルムラミネート面を水泳パンツの表面使いにしています。そして、股の中央部に水を抜くためメッシュ部があります」
また、水泳パンツが脱げる場合があるので、下にもう一枚水泳パンツを履いているのが普通のことです。

「そうですか、平滑な膜やフイルムで水着の生地を覆い、かつ膜の応力で身体の出っ張り部分を平滑にできれば、水摩擦抵抗に加えて形状抵抗も低下させることができるものと考えたのですが、ダメですか晴太もダメ元で提案してみたが、やはり受け入れられることはなかった

だが、この時点で、水が水着の中に入るのであれば水を入らなくする為に水着で全身を覆えばよい、との発想になればレーザー・レーサーはこの時点で出来ていたかも知れなかった。

歴史に「もし」は、無いが、つくづく残念である。
晴太の競泳水着に対する経験値が少なかったことと、T社の競泳水着開発の担当が❝アクアピオン❞の開発以後は、晴太は防水透湿素材の開発が忙しくなったため、競泳水着開発の担当を外れたことからT社内でも膜面表使い素材を用いた競泳水着の発想も忘れ去られていった。

なお、蛇足ながら、競泳などの公式大会において、水着や身体に油やクリーム(ポリエチレングリコールやワセリンなど)を塗布したり、テーピングを装着することは、2010年4月より国際水泳連盟(現World Aquatics)のルール改定により全面的に禁止された。晴太が考えたこともある低分子量のポリエチレングリコールを体中に塗って競技に参加した人がいた様である。やはり、同じことを考える人は必ずいるものである。

3-2.1988年 ソウル五輪:❝アクアピオン❞開発

膜素材を用いた競泳水着の開発はなくなり、その他では、細繊度糸を用いた2wayトリコットのニードルループ面を表使いとし、かつ編始めを進行方向の前側にする生地使いとすることで水摩擦抵抗が最も低くなることが分かり、その仕様で男女共に競泳水着を縫製した。

通常、2wayトリコットの場合は伸長時に表面であるニードルループ面では、スパンデックス糸(ポリウレタン伸長糸)が目むきして見た目にムラができるため、編組織的には裏面であるシンカーループ面を表使いにして目むきを見えにくくして使っている。
しかし、シンカーループ面を表使いにすると、水着を縫製した場合の進行方向に対する糸の配列は、垂直になり水摩擦抵抗が大きくなる。

ニードルループ面を表使いにすることで、水着を縫製した場合の進行方向に対する糸の配列は、平行になり水摩擦抵抗が小さくなる。

また、ニードルループ面においても、進行方向に対して平行に配列したループの先頭部分が開いていると水摩擦抵抗が大きくなるため、編始めを進行方向の前側にするとループが閉じた状態になり、水摩擦抵抗が小さくなる。

このニードルループ面を表使いして、編始めを進行方向の前側にしてループが閉じた状態になる細繊度で高密度の2wayトリコットのストレッチ性を殺さない状態で軽く熱カレンダー処理して表面を平滑化したものが❝アクアピオン❞である。 

ただし、ニードルループ面を表使いして、編始めを進行方向の前側にしてループが閉じた状態で使用する表面と裏面およびタテ、ヨコの使い分けをすることで水摩擦抵抗が低下することは公表していないので、この使い分けについては、下記の北岡教授の記事を含めてその他の高速水着に関する学会報告文献等にも記載されていない。
実は❝アクアピオン❞の水摩擦抵抗低減効果の半分程度はこの要因による効果である。ソウルオリンピックから38年を経た、今回初めて公表します(現物をしっかり観察された方は分かったでしょうが…流れに対する糸の並び方は非常に重要な点です)。

この❝アクアピオン❞も含めて、
2016年になるが、「日経クロステック」に日本文理大学の北岡哲子特任教授が「オリンピック競泳水着をテクノロジーする」とのテーマで1964年から2014年までの競泳水着の進化を書かれている。技術内容も正確で、分かり易く書かれているので添付します。

※上記添付記事から「ソウル五輪(1988年)」の記事のみピックアップして  
 おきます。

ソウル五輪(1988年)

アクアピオンは、超極細のナイロン繊維(直径が従来の1/2)とポリウレタン弾性糸を高密度に編成した素材です。水着表面を平滑化し、凹凸が従来の1/2になったことにより、素材表面の摩擦抵抗が約10%も少なくなりました。フラットな縫製も低抵抗に貢献しました。

さらに、水着開発の方法が、それまでとは全く違うフェーズに入りました。従来の着用評価は選手の感覚に頼るだけでしたが、このときから流水抵抗を測定するなど、科学的アプローチを取り入れた本格的な低抵抗性実現の時代が始まったのです。

日経クロステック
1964年から2014年までの進化を一望 北岡哲子
日本文理大学特任教授
2016.03.24
ソウル五輪(1988年)時の水着
シンクロナイズドスイミング 着用

なお、ソウルオリンピックの時は、日本水泳連盟(JASF)のオフィシャルサプライヤー制度があり、日本選手は自由に水着を選ぶことができず競技別に着用できる水着サプライヤーが指定されていた
競泳競技ではM社の❝アクアピオン❞から成る❝Speedo❞水着が着用できるのは男子のみと決まっていた。ただし、シンクロナイズドスイミングでは女子の着用が可能であった。

さらに高速水着が普及し、特にレーザー・レーサーの影響から日本水泳連盟は2008年6月10日、選手のパフォーマンスと勝利を最優先し、北京五輪に限り選手自身が希望する水着を自由に選べる「オープン化(自由選択制)」を緊急決定しました。

そしてその翌年(2009年)以降、日本水泳連盟は国際大会も含めて代表選手の水着選択の自由を正式に認める方針へと転換されました
現在では、世界水泳連盟(World Aquatics、旧称FINA)が安全・公平性のために承認した「AQUATICS承認マーク(旧FINAマーク)」がついた水着であれば、サプライヤー契約に縛られることなく、選手自身が自分の体に最も合うメーカーの水着を自由に選択して着用できるようになっています。

4.❝アクアピオン❞から❝レーザー・レーサー❞へ続く高速水着による金メダルの連鎖

晴太が担当したのは、❝アクアピオン❞❝アクアブレード❞までであり、その後の競泳水着開発は後任者に引き継いでいるので詳細な技術内容まで把握できていない。
高速水着の技術進化については、上記に添付した北岡教授の記事に詳しく記載されていますので、この項では特記事項の記載に留めます。
技術内容は、北岡教授の記事を参照ください。
なお、1988年ソウル五輪から2004年アテネ五輪までM社は英国Speedo社の日本でのブランド使用権を獲得していました。2008年の北京五輪からM社の英国Speedo社のブランド使用権は解除されています。 

 4-1.1988年ソウルオ五輪:❝アクアピオン❞

・T社とスポーツアパレルM社(M社は英国Speedo社の日本でのブランド
 使用権獲得)共同開発 
・細繊度ナイロン糸使い等により表面の摩擦抵抗を約10%削減
・DS選手が「バサロ泳法」とこの水着で100m背泳ぎで金メダルを獲得。
・流体力学を応用したテクノロジー水着時代の幕開け。

◆日本のDS選手が❝アクアピオン❞高速水着を着用して金メダルを奪取したレースです。高速水着のスタートです。

 4-2.1992年 バルセロナ五輪:❝アクアスペック❞

T社とスポーツアパレルM社(M社は英国Speedo社の日本でのブランド
 使用権獲得)共同開発 
・ナイロンからポリエステルへ素材変更/❝アクアピオン❞の技術内容。平滑
 性向上により摩擦抵抗をさらに5%削減
・KI選手が当時史上最年少(14歳)で200m平泳ぎで金メダル。女子のハ
 イレグ化も進み足の可動域が向上。

日本のKI選手が❝アクアスペック❞高速水着を着用して金メダルを奪取したレースです。3位からの追い上げが素晴らしいです。

 4-3. 1996年 アトランタ五輪:❝アクアブレード”

・T社とスポーツアパレルM社(M社は英国Speedo社の日本でのブランド
 使用権獲得)共同開発 
・あえて表面に縦縞の凹凸を施し、水流を整える「整流効果」を初めて導
 入。

 4-4. 2000年 シドニー五輪:ファーストスキン(鮫肌水着)

・T社とスポーツアパレルM社(M社は英国Speedo社の日本でのブランド
 使用権獲得)共同開発 
サメの肌をヒントに、全身を覆う「フルボディースーツ」が初登場
・IT選手(オーストラリア)らが着用。大会で14個の世界新記録が誕生
 る爆発的連鎖。

 4-5. 2004年 アテネ五輪:ファーストスキンFSII

・T社とスポーツアパレルM社(M社は英国Speedo社の日本でのブランド
 使用権獲得)共同開発 
・身体の部位ごとに異なる素材を配置し、乱流を抑える機能を強化
KK選手が、平泳ぎ2冠(100m・200m)で金メダルを獲得

 4-6. 2008年 北京五輪:レーザー・レーサー

英国Speedo社開発(日本のM社のブランド使用権解除)
・NASAの協力で開発。超音波溶着(無縫製)と特殊パネルで体を締め付
 け、圧倒的浮力を実現。
・MP選手の8冠をはじめ、競泳全32種目のうち30種目で金メダリストが着
 用。記録インフレの絶頂。

 4-7.高速水着の終焉

「レーザー・レーサー」は、着用するだけで浮力が生まれ、水の抵抗を劇的に減らす機能があったため、2010年に行われた国際水泳連盟(FINA、現世界水泳連盟)のルール改定により、ポリウレタン等の素材の使用禁止や形状規制が導入され、事実上禁止されました

この規制は、あまりにも水着の性能に頼った記録更新が続いたことや、選手の体型を締め付けることによる健康面への懸念、さらに水着の価格高騰による公平性の問題から実施されました。

5.おわりに

晴太が高速水着の開発に関与したのは、❝アクアピオン❞から始まり、❝アクアスペック❞の開発までである。
もともと担当していたスキーやアウトドア用途で使用されている防水透湿素材の開発が忙しくなり、水着素材の開発担当であるニット担当の専門家に引き継いでいただいた。

晴太が、検討を継続していたら❝アクアピオン❞の検討をしている時に思いついた膜加工品が摩擦抵抗を低下させるのに大きな効果があり、かつ微多孔膜を使い孔内にポリエチレングリコールを含浸させることで境界層の剥離を抑え形状抵抗低減まで踏み込んだ検討を実行していたであろう。
規制もなく、効果も大きいことからアパレルの賛同も得られ実行できたかも知れない。

高評価が得られたのか、蔑視されたのか、分からないが、2010年4月より国際水泳連盟(現World Aquatics)のルール改定により水着や身体に油やクリーム(ポリエチレングリコールやワセリンなど)を塗布することは全面的に禁止されたことから考えると蔑視された可能性が高い。
その意味からも高速水着の担当を交代させていただいたことは良かったと思いたい。

なお、❝アクアピオン❞の開発が最終段階に近づいた時には、大型の回流水槽を持つ測定機関にお願いして、選手と等身大のマネキンを作製して水抵抗を測定している。

ハンカチサイズのサンプルを用いた実験結果から等身大のマネキンを用いた実験結果を予測して、近似した実測値が得られた時の喜び、それにも増して、オリンピックでメダルに輝いた時の興奮など仕事でこれほど華やかな思い出をいただきありがとうございました。

この仕事をしてきて、楽しくつくづく幸せでした。
関係者の皆様、ありがとうございました。

また、高速水着の開発が事実上禁止されるまでに至ったということは低抵抗水着の効果を認めていただいたことであり、言い換えれば高速水着素材開発というゼロからイチを創り出しす至高の挑戦を始め、前例のない素材の開発や、異次元の技術を確立させた技術者として最高の誉であると思う。
…ほめ過ぎですね。

今後は、純粋にオリンピック競泳水着の動向を注視して楽しみたい。
                           以 上

※本記事は、著者個人の体験と公知情報をもとにしたものであり、元所属企業の公式見解を示すものではありません。


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