470万アカウントは消えた。それでも、若者たちは「何も変わっていない」と言う——世界初のSNS禁止、2ヶ月後の真実
欧州が「先駆け」として見つめるオーストラリアで、いま何が起きているか

前回の記事では、スペイン・フランスを中心に欧州で広がるSNS規制の波と、賛成・反対それぞれの声をまとめました。スペインは「16歳未満は親の同意があれば利用可」という設計で、オーストラリアのような「親の同意があっても16歳未満は原則アカウント不可」という全面禁止よりは緩い法律です。フランスやデンマークなどは、そのオーストラリア型の禁止を参考にしつつ、自国なりの線引きを進めています。では、その「先駆け」となったオーストラリアでは、施行後いま何が起きているのか。欧州の動きを踏まえ、あらためて確認してみます。
2025年12月10日、オーストラリアで「16歳未満の子どもが対象となるソーシャルメディアのアカウントを原則持てなくする」法律が施行されました。世界で初めて、国が若年層のSNS利用を法的に禁止する試みです。施行から2ヶ月以上が経った今、何を目指していたのか、どこまで届いているのか、そしてどんな新たな課題や国民の声があるのかを、前回の記事との整合を保ちながらまとめます。
「全面禁止」に込めた、四つのねらい——その背景にあった悲劇
オーストラリアの「オンライン安全改正法(ソーシャルメディア最低年齢法)2024」は、単に「画面時間を減らそう」というだけではありません。親の同意による例外を設けず、16歳未満のアカウント所持を原則禁止する——いわば「全面禁止」で、政府が掲げた目的は主に次の四つです。
第一に、メンタルヘルスの保護です。他者との比較やボディイメージのゆがみ、いいねやフォロワーへの依存から、未成年者を物理的に距離を置かせることを目指しています。第二に、ネットいじめの構造的な抑制です。24時間つながり続ける環境で続くハラスメントのループを断ち、「つながらない権利」を法的に保障するという発想です。第三に、アルゴリズムによる害の軽減です。摂食障害や自傷などにつながりうるコンテンツを増幅する推薦システムから、子どもを遠ざけるねらいがあります。第四に、性的目的で子どもに接触する大人(グルーミング)への対策です。SNSを「狩場」にさせないよう、プラットフォーム側に厳格な年齢確認を義務づけています。
重要なのは、罰されるのは子どもや親ではなく、プラットフォーム企業だという点です。違反した企業には最大4,950万豪ドル(約48億円)の罰金が科される可能性があり、この重いインセンティブによって、大手各社は一斉に年齢確認やアカウント削除に動きました(Social media minimum age legislation passed)。
日本と同じだった——いじめ・暴力の拡散と、失われた命が、政治を動かした
規制が「抽象的なメンタルヘルス論」だけに支えられていたわけではありません。オーストラリアにも、いじめや暴力がSNSで拡散し、被害が深刻化した事例があり、サイバーいじめを苦にした若者の自死が規制を後押しする大きな要因になりました。日本でいじめ動画の拡散や闇バイトが規制論を牽引しているのと、問題意識の土台は重なります。
調査では、オーストラリアの若者の3人に1人以上が半年以内にオンラインいじめを経験したとの報告があります(Massive online hate and cyberbullying: Here's why Australia has banned social media platforms for children under 16)。そのうえで、子どもを失った遺族が規制の強い推進役となりました。15歳のティリー・ローズウォーンさん(2022年、SNS上のいじめの末に自死)の母エマ・メイソンさんは、国連総会で規制を訴え、この法律を「女性参政権以来の最大の社会改革」と述べています(Bathurst mother Emma Mason's advocacy for social media ban)。12歳のシャーロットさんを学校いじめとSNSの関与のなかで亡くした母親がアルバニージー首相に送った手紙は、首相自身が禁止法を推し進める決断の「決定的だった」と語るほど、政治を動かしました(How a grieving mother's letter helped Australia's world-first social media ban come into being)。
暴力・暴行の動画が撮影され、SNSで拡散された事件も報じられています。2023年にはタスマニアで、女子生徒が校内で暴行され、その様子が撮影されてSNSで共有される事例があり、被害少女が意識を失うほどのけがを負いました(Bella's schoolyard attack was filmed and shared on social media)。南オーストラリアでは、暴行が録画・共有され、教育相が「動画が再共有されるたびに被害者のトラウマが増幅する」と述べています(Eyre Peninsula school bashing)。キャンベラでは、InstagramやSnapchatの非公開グループで子ども同士の殴り合い動画が多数共有され、保護者から「拡散が被害を増幅している」という声が上がっていました(Instagram, Snapchat groups in Canberra host dozens of videos showing fights between children)。日本で問題になる「いじめ・暴力の拡散」と同様の構図が、オーストラリアにもあったのです。
「470万削除」という数字の裏に、もう一つの現実があった
施行直後、政府とeSafetyコミッショナー(オンライン安全委員会)は、約470万のアカウントが削除・無効化・制限されたと報告しました。Meta(Facebook、Instagram、Threads)だけでも、施行前後の1週間で54万件超のアカウントが停止されています(The world watched as Australia kicked under-16s off social media. The results are in)。アルバニージー首相は、この数字を「オーストラリアの誇り」と述べ、世界をリードする成果だと強調しました。
一方で、「効いているか」については、早くも疑問の声が出ています。施行から2ヶ月後の取材では、多くの10代が「自分は禁止されていない」「規制は機能していない」「まったく無意味」と答えています(Two months since the social media ban began and teens say it isn't working)。顔認証のなりすまし、他人の身分証の利用、もともと誤った生年月日で登録したアカウントの利用などで、実際に締め出されたのは16歳未満ユーザーの約1割程度という推計も報じられています。さらに、年齢確認を「代行」するために、年上の友人や家族にスキャンしてもらう対価を払う「市場」まで生まれているとの指摘があります。前回の記事で触れたように、全面禁止のオーストラリアでも、VPNや身分証の借用で回避が広がっているという現実と符合します。
つまり、数の上では大規模な削除が起きたものの、多くの若者が別の抜け道で利用を続けているという「二つの現実」が並んでいます。
どこへ逃げたか、誰が取り残されたか——規制が生んだ、五つの現実

規制の網をくぐった若者や、大手から締め出された若者の動きから、いくつかの新たな課題が浮かび上がっています。
締め出された先は、より危ない「無法地帯」だった——ニッチアプリへの大移動
TikTokやInstagramなどが規制対象になった結果、若者は規制の及ばないアプリへ流れています。施行初日から、Lemon8(バイトダンス系)、Yope、CoverstarといったアプリがApp Storeのランキングを急上昇させました(Teens pile into Lemon8, Yope, Coverstar as social media ban kicks in)。専門家は、子どもが「より監視の届きにくい、危険な場所」に追いやられるいたちごっこ(Whack-a-Mole)や風船効果を指摘しています(Teens hoping to get around Australia's social media ban are rushing to smaller apps)。大手プラットフォームにはあったコンテンツモデレーションや虐待検知が、小規模アプリでは未整備であるリスクも報じられています。
抜け道は、もう「常識」になっている——VPNと身分証の借用
オーストラリア国内にいながら、VPNで海外のサーバー経由にして規制を回避する方法や、親や兄弟の身分証で年齢確認を突破するケースが広がっています。政府はプラットフォームに対し、VPNで規制をかいくぐる利用を防ぐよう求めていますが、技術的には完全な防止が難しく、ハウツーや広告も出回っている状況です(Australians look to VPNs to get around social media ban)。
年齢を偽った子ほど、守られなくなる——規制の逆説
年齢を「18歳以上」と偽って登録した子どもは、システム上は大人として扱われます。その結果、未成年向けのプライバシー保護やコンテンツフィルターが外れ、過激な暴力コンテンツや大人向けコンテンツ、プロパガンダに無防備に触れてしまうという、規制の逆効果が指摘されています。Snapchatの報告でも、年齢推定技術には±2〜3歳の誤差があり、誤検知(本当は16歳以上なのに締め出される)とすり抜けの両方が起きていると認めています(Snapchat blocks more than 400000 Australian accounts but warns of 'significant gaps' in under-16s social media ban)。
「救命索を切られた」——取り残される若者たち

前回の記事でも触れたように、SNSが唯一の居場所や支援ネットワークだった層にとって、禁止は「救命索を切られる」体験になりかねません。障害のある若者やLGBTQ+の若者からは、「友達を失った」「自分らしくいられる安全な場所がなくなった」という声が報告されています(‘I've lost my friends': advocacy groups warn Australia's social media ban risks isolating kids with disabilities)。規制の「成功」の裏で、取り残される子どもがいるという現実が、課題として浮き彫りになっています。
禁止そのものを、裁判所が問う——憲法訴訟
前回、反対の声の一つとして紹介した表現の自由・政治的コミュニケーションへの侵害論が、現実の訴訟になっています。「デジタル・フリーダム・プロジェクト」などが、オーストラリア憲法に含まれる「政治的コミュニケーションの黙示的自由」を侵害しているとして高等裁判所に提訴しています(Our High Court Case | Digital Freedom Project)。SNSが若者の政治参加や情報接触に不可欠だとするなら、一律禁止は行き過ぎだという主張で、今後の判決が世界の議論にも影響しそうです。
親は「争いが減った」、若者は「何も変わっていない」——分かれた二つの声
保護者の間では、前回の記事でも触れたように、法案通過時点で約77%が規制を支持したという調査があり、施行後も「家庭内のスマホを巡る争いが減った」と感じる声があります。一方で、若者の実感は違います。多くの10代は「禁止されていない」「何も変わっていない」と感じており、締め出された若者でも、NetflixやSpotifyなど別のオンライン娯楽に移り、スクリーン時間そのものが減ったわけではないという指摘もあります(Do social-media bans benefit young people? These data could offer clues)。アルバニージー首相は「変化は一夜では起きない」と述べ、まずは社会でSNSと若者の関係を議論できたこと自体を成果と位置づけています(Albanese says the social media ban is working, but it is too early to say if it has been successful)。
「実験」の答えは、まだ出ていない——それでも、世界はこの先駆けから学び続ける
オーストラリアの規制は、「子どもを守る」という目的を掲げ、プラットフォームに強く義務づけるという点で、政治的・象徴的なインパクトは確かにありました。470万というアカウント数は、企業の自主規制だけでは考えられない規模です。しかし、実際にどれだけ目的が達成されているかについては、施行から数ヶ月の段階では、まだ判断するには早いというのが正直なところです。抜け道による利用の継続、ニッチアプリへの移行、年齢偽装による逆リスク、そして障害・マイノリティの若者の孤立——これらは「禁止すれば終わり」ではなく、設計とフォローアップが問われる課題として残っています。
スペインやフランスをはじめ、欧州が「オーストラリア型」や全面禁止を参照しつつ規制を進めている以上、この「先駆け」の実験で何が起きているかは、これからも注視する価値があります。日本ではこども家庭庁を中心に、別の形での規制や機能制限が検討されています。次の記事では、日本が他国の現状(オーストラリアの施行後と、欧州の動き)と比較しながら、規制をどう進めるべきかを考えます。
作成日:2026年2月8日
