「2項目で評定」だけ見ると誤解しやすい——「学びに向かう力」をめぐる通知表の議論を、文科省の論点整理で読み直す
2026年3月30日付の報道で、次期学習指導要領を議論する場で、文部科学省が成績(評定)の扱いに関する具体案を示したと伝えられました。共同通信の配信をもとにした記事では、評価項目が「知識・技能」と「思考・判断・表現」の二つになり、後者に「学びに向かう力」の要素を加味して評定に反映する、という要約が紹介されています(「学びに向かう力」評定加味 次期指導要領で具体案、文科省(NEWSjp))。職員室で話題になった方も多いのではないでしょうか。
ただ、見出しだけを追うと「態度の欄がなくなって、いま流行りの言葉が成績に直結するのか」という印象に寄りがちです。私がこのニュースを読むときの手がかりにしているのは、同じタイミングで示されている文部科学省の論点整理資料です。教育課程企画特別部会の参考資料として公表されているPDFで、タイトルは冒頭に「ポイント資料:詳細版」「論点整理(令和7年9月25日)」とあり、総則・評価特別部会や各教科ワーキンググループの議論を踏まえて一部更新したうえで、令和8年2月2日付として整理されています(文部科学省:教育課程企画特別部会 参考資料(PDF))。ここには、ニュースの一行要約の背後にある「何を問題視していて、何がまだ決まっていないか」が、図表つきで書かれています。
この記事では、教員の方が明日の教科会や学年協議で説明しやすいように、報道の言い回しと文科省資料の対応関係を整理します。結論から言うと、本質は「項目がひとつ減る」というより、いま独立した観点として運用されがちな「主体的に学習に取り組む態度」を、性質に応じて別の見取り方に組み替えようとしている点にあります。保護者向けに一言で伝えるなら、「態度がなくなる」のではなく「態度を、提出物のチェックリストだけで終わらせない」方向だ、と言い換えられると伝わりやすいかもしれません。
報道が伝えたことと、現場がつかみやすい「ずれ」

NEWSjpの記事が伝えている事実関係は、次のような輪郭です。現行は「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点をそれぞれA・B・Cなどで評価し、それを総括して小学校は3段階、中学校は5段階の評定を付ける。ところが「主体的に学習に取り組む態度」が、宿題の提出頻度のような形式的な判断に流れやすいという指摘がある、という整理です(同記事)。この指摘は、現場の感覚とも重なりやすいと思います。
一方で、見出しに寄りかかると、「学びに向かう力=新しい採点項目が増えた」ように読めてしまいます。文科省の資料が丁寧に書いているのは、むしろ逆で、「学びに向かう力、人間性等」を丸ごと同じやり方で数値化するのではなく、要素の特質に応じて評価の形を分ける、という方向です。資料には、改善の趣旨として、誤解のないよう「しなくてもよくなる」「軽視してよい」といった理解にならないよう運用設計と周知が必要だ、とも明記されています(同PDF p.27付近の箇条書き)。つまり「楽にするために消す」のではなく、見取り方を教育学的に組み替える、というメッセージです。
文科省資料が示す「学びに向かう力、人間性等」の骨格
資料の前半では、「学びに向かう力、人間性等」が幅広い要素を含みすぎて全体像がつかみにくい、という課題意識が示されたうえで、主要な要素と関係性を構造化する整理が示されています。例として、次のような領域が位置づけられています。学びを方向付ける人間性、他者との対話や協働、初発の思考や行動を起こす力・好奇心、そして自分の思考や行動を客観的に把握しながら学習を自己調整する力としての「学びの主体的な調整」です。さらに、往還を通じて粘り強く思考・行動する経験が繰り返されることで全体が育まれる、という関係性も説明されています(同PDF「学びに向かう力、人間性等」の再整理)。
ここまでが土台です。この土台のうち、通知表の「評定」に近いレイヤーと、そうでないレイヤーを分けるのが、いま議論されている評価の再設計です。
新しい観点別評価の「方向性イメージ」を、図の通りに読む

資料の学習評価の節では、現行運用の負担やねじれが図示されています。小テストや振り返り、ノート、発言・行動など多様な材料を積み上げるうちに、「記録に残す評価」の精選が課題になる、評価材料が多くて指導改善につながりにくい、毎学期の評定が負担になる、といった論点が並べられています(同PDF p.26付近)。この課題意識は、教員の方が日ごろ感じている「評価のための仕事が増える問題」と直結します。
そのうえで示されているのが、「新たな観点別評価の方向性イメージ」です。大ざっぱに言うと、観点別評価と評定の柱は「知識・技能」と「思考・判断・表現」が中心になり、ここにA・B・Cの観点別評価が載り、小学校3段階・中学校・高校5段階の評定へ総括される、という図式です。一方、「学びに向かう力・人間性」のうち、感性や思いやりなどの要素は、評定はせず、教育課程全体を通じた個人内評価として総合所見欄などに反映する、という整理が置かれています(同PDF p.27の図表)。
そして報道でいう「思考・判断・表現に学びに向かう力を加味する」部分は、別枠で態度を採点するのではなく、思考・判断・表現の学習過程の中で、学びの主体的な調整、他者との対話や協働、初発の思考や行動を起こす力・好奇心といった姿が特に表れたときに、観点別評価に「◯」の付記をする、というイメージとして示されています(同図表および周辺の整理)。つまり「態度を別科目のように点にする」から「教科の思考・判断・表現の過程として見える化する」へ寄せる、という読み方が資料に沿います。
いちばん大事な保留事項——「◯を評定にどう反映するか」は検討継続
ここで誤解を防ぎたいのが、「◯が付いたら評定に自動的に何点加点」のような決まりがすでに確定した、という読みではない、という点です。資料の箇条書きには、「思考・判断・表現」の観点別評価に「◯」を付記した際、それを評定に一定程度加味することの適否については、引き続き総則・評価特別部会で検討を深める、と明記されています(同PDF p.27)。見出しだけを転送すると「もう決まった」ように見えがちですが、正確には具体案の提示と議論の継続、という段取りです。校内で説明するときは、この一文を添えると安心だと思います。
現場の実務はどこから動きやすいか——通知表・授業・考査の連動
制度の全体像はまだ途中でも、教室内の設計思想はすでに問い直しの矢印が向いています。資料が問題視しているのは、評定に向けた学習評価が形骸化し、記録作業が重くなることです。現場の言葉に置き換えると、「ノートを書いたか」「振り返りを出したか」「見た目の参加が良さそうか」といった外から見えやすい行動が、証拠集めの都合で評価の中心に来てしまうリスクです。方向性は、提出物の有無だけでなく、課題にどう向き合い、考えを修正し、他者や資料と関わって思考を深めたかを、学習の中身に即して見取ることへ寄せていく、というイメージになります。
そのとき通知表は、観点欄の見え方が変わり、所見や個人内評価の比重が相対的に増える可能性があります。授業では、完成答案だけでなく、途中の判断や修正が短く残る課題設計が求められます。定期考査は、知識の再生だけでなく、理由説明や条件変更への対応、比較や判断根拠を問う設問の比重が上がりやすいでしょう。ただし資料が指摘する通り、評価材料を増やして負担を押し返すのは本末転倒です。単元の中で「ここだけは見る」と場面を絞ることが、むしろ今回の趣旨に合います。

期待できる変化としては、提出や見かけの積極性だけが評定を引っ張る不公平感を和らげ、発表が得意ではなくても、学び方を調整したり対話で考えを組み替えたりする姿を正当に見取りやすくなる、という点があります。教師側も、態度欄のために証拠を集める作業から、評価規準を絞り込む作業へ時間を移しやすくなるかもしれません。同時に、リスクもあります。制度の趣旨は新しくても、現場が「◯の数」を集める運用にすり替われば、以前の振り返り枚数競争と同じ構造に戻ってしまいます。避けるには、校内で「何を見て何を見ないか」を文章化し、むしろ評価場面を減らす合意を作ることが近道です。
高校では定期考査文化や進路との接続もあり、いきなり記録主義に振れるより、設問の型を少し変え、単元末に最小限のプロセス証拠を置くといった漸進が現実的です。特に「情報」や総合的な探究の時間は、課題設定や情報の扱い、仮説の修正といった過程が学びの質そのものに直結しやすい領域です。文科省の資料でも、情報活用能力を探究的な学びを支える基盤として位置づける流れが示されています(同PDF 情報活用能力と探究に関する節)。情報では「正しく作れたか」だけでなく判断の筋道が言えるか、探究では「調べた量」より問いがどう育ったかを見る、という設計に寄せると、今回の評価議論と噛み合いやすいです。
別の見方として——評価を変えるほど、授業設計とAI時代の「見え方」も動く
今回の議論は、通知表の様式の話に見えて、中身は「学習評価が何を測るのか」の問い直しです。私はこれまで、AIをめぐる環境では完成品だけを見ると誤解が増えるので、プロセスと判断の痕跡を設計として取り戻す必要がある、という整理を書いてきました。評価の見直しは、その流れと接続して読むことができます(「わかったつもり」で終わらせない——教室で、“意味のある苦労”を取り戻すには)。また、道具を入れても学びは自動では良くならない、と繰り返し述べてきた立場とも整合的で、評価と授業を一体で設計し直す話だと捉えられます(AIを入れても、教育は「ひとりでに」良くならない——だから、設計し直そう)。
ここをもう一歩だけ言語化すると、今回の方向性は「AI時代だからプロセス重視」という単純なスローガンではなく、プロセスのうちで価値がある部分に焦点を当てる評価へ寄せる動きとして読めます。生成AIは、体裁の整った最終成果物を短時間で出しやすいので、評価が「提出物の見た目」に留まるほど、学習の実態と通知表の距離が開きがちです。文科省資料が示す「思考・判断・表現の過程での◯」は、まさに問いと答えのあいだ(調整、対話、見直し)が教科の中でどう現れたかを見ようとする設計です。ただし同じ資料が強調しているのは、振り返りやノートを増やして記録を厚くするのではなく、評価材料を精選する課題です。つまり私がここで言いたいのは、「プロセス重視=記録を増やすこと」ではなく、少ない場面でも判断の変化が読めるように授業を組むことがAI時代の評価と相性がよい、という整理です。
もちろん、評価方式の変更だけが万能薬になるわけではありません。別の見方として、基準の曖昧さや校間差への不安は必ず残ります。資料でも、今後のワーキンググループで各教科等における高次の資質・能力の具体的な粒度や示し方を検討するなかで、学習評価の取扱いも具体的に整理していく、という段取りが示されています(同PDF p.26付近)。つまり「図が出た」で終わりではなく、教科ごとの言語化と事例づくりがこれから続く、という読み方です。現場では、その議論が落ちてきたときに備えて、いまの単元で「思考・判断・表現として残せる学習の瞬間はどこか」を教科室で共有しておくと、後から振り返りやすいと思います。
職員室で共有するときの「3行メモ」
話をまとめると、次の3点が押さえどころです。1つ目は、「主体的に学習に取り組む態度」が消えるのではなく、見取り方と記録の置き場所が変わる、という理解です。2つ目は、評定の中心は「知識・技能」と「思考・判断・表現」であり、「学びに向かう力」の一部は思考・判断・表現の過程での「◯」付記や、個人内評価・所見で扱う、という整理です。3つ目は、「◯を評定にどの程度反映するか」は総則・評価特別部会で検討継続であり、見出しだけで確定と伝えないほうがよい、という注意です(NEWSjp記事、文科省PDF)。
ニュースは速報として有用ですが、教員同士で安心して共有するには、一次資料の一文まで戻るのがいちばんの近道です。次の会議で「何が決まって、何がこれからか」を分けて話せたら、現場の負担も子どもへの説明も、少しだけラクになるはずです。最後に付記しておくと、本稿で扱っているPDFは教育課程全体の論点整理の一部であり、評価以外にも教科構成や時数、情報教育など広い議題が同冊子に並んでいます。関心のある章だけでも目を通しておくと、評価の話が孤立せず、学校のカリキュラム議論につながりやすいです。
作成日:2026年4月8日
