交流に疲れた本当の理由は、無意識の取引だった
交流が楽しいはずなのに、
なぜか少しずつ疲れていく。
相手に敬意を払って、気を遣って、空気を読んで。
「いい人」でいようとするほど、
なぜか距離は思ったほど縮まらない。
「なんで?私はこんなに頑張ってるのに…」
先日、「コメントで自分を下げてしまう癖」について書きました。
書きながら、一つ気づいたことがあります。
実は、私が一番苦しかったのは、
自分を下げていることそのものではありませんでした。
本当に苦しかったこと
「私はこんなに相手を立てているのに」
「私はちゃんと礼儀を守っているのに」
なのに、
同じように大切にされている感じがしないこと。
同じように立ててもらえないこと。
同じ熱量が返ってこないことに、
耐えられなくなったんだと、気付きました。
リアルでも、SNSでも。
思ったことを素直に言って、
誰に対しても堂々と受け答えしている人の方が
優遇されているのを目の当たりにすると、
少しだけ悔しかった。
自分はこんなに謙虚に振る舞って、
相手のためを考えて行動しているのに。
やさしさのつもりだったけど、
そこには小さな“取引”がありました。
勝手に差し出して、勝手に期待して、勝手に落ち込む
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