特別じゃなくても、ちゃんと特別だった
「特別なことをしなきゃ」と思うたび、
日常の中の“特別”を見落としていたのかもしれない。
11月の3連休、
あなたはどんなふうに過ごしましたか?
この過ごしやすい季節、
旅行やイベントに出かける親子連れも多いですよね。
私もその波に乗せられていた一人でした。
実はこの3連休、
「特別な体験」にまつわる大きな気づきがありました。
今日は、そのことを書いてみたいと思います。

「私がしたい」ではなく、「させてあげたい」
3連休、どこかへ出かけたい!と意気込んでいた私。
でも、ふと我に返って気づきました。
わたしが体験したいんじゃなくて、
子どもに体験を“させたい”気持ちのほうが強いなって。
宿を探して、
子どもも自分も満足できる場所を調べて、
「せっかくだから、特別な思い出を」と
浮き足立っていた自分に気づきました。
私をつき動かしてたもの
わたしは昔から、
「誰かを喜ばせたい」という気持ちが強いタイプ。
夫は多忙で、まとまった休みはお盆と正月くらい。
だから、たまたま秋の3連休に休めるとわかると、
「今しかない」と思ってしまう。
そして「普段できない体験を!」と、
つい予定を詰め込んだり、
思いつきで動いてしまったりします。
少し前よりは落ち着いたけれど、
「やりすぎて疲れる」という癖は、
まだどこかに残っているようです。
子どもの笑顔のために
この連休も、子どもを喜ばせたい気持ちが
わたしを突き動かしていました。
ちょっと遠くても、遊園地に連れて行ってあげたい。
お金がかかっても、ゲームセンターに行かせてあげたい。
一睡もできなくても、キャンプをさせてあげたい。
子どもの喜ぶ顔が見たい。
それだけのために、
私は一人では絶対にできないことが、
できるようになってしまう。
そんな生き物なんですよね、親って。
でも、その「させてあげたい気持ち」に、
私自身が引っ張られていたんだなって気づきました。
特別じゃなくても、ちゃんと特別だった
この3連休、我が家は結局
どこにも遠出はできませんでした。
旅行に行った家族の話を聞いて、
「うちは何もしてあげられなかったな」と、
勝手に落ち込んでいた私。
でも、思い返してみると…
支援センターに行った。
帰りにアイスを買った。
地域のお祭りに行った。
外食でうどんを食べた。
好きなお菓子を買いに行った。
どんぐり拾いに行った。
どれも日常の延長だけど、
子どもたちはとても楽しそうでした。
支援センターは貸切状態で、思いきり遊べた。
お祭りのスライムの景品で、1日中遊んでいた。
好きなおやつを選んで、うれしそうに笑っていた。
園外保育で行った公園を「もう一度行こう!」と、
誇らしげに案内してくれた。
その様子を見ていたら、
「特別な体験」がなくても、
充分だったのかもしれないと思いました。
「特別」は、日常の中にもある
もちろん、特別な体験は素敵です。
あって損なものではありません。
でも、何気ない日常がそれに劣るわけじゃない。
支援センターの貸切時間も、
アイスを選ぶ小さなやりとりも、
それぞれがちゃんと“特別な瞬間”だったなと
感じています。
おわりに
「もっとしてあげたい」という気持ちは、
やさしさの証。
でも、それが“してあげなきゃ”に変わると、
いつの間にか自分を追い込んでしまうこともある。
私たちは、頑張りすぎなくてもいい。
特別を追いかけすぎなくてもいい。
「今日もこれでよかった」と思える日常の中に、
本当の“特別”は息づいているのかもしれません。
今日もちょうどいいを探してる🪴
あなたにとっての“ちょうどいい幸せ”、
それはどんな時間ですか?
🪴こんな記事も読まれています
いいなと思ったら応援しよう!
この庭で見つけた気づきが、あなたの日々にそっと寄り添えたなら。とても嬉しいです☺️いただいたチップは、次の「気づき」を育てるための執筆活動に大切に使わせていただきます。