生きづらさは“思い込み”から生まれる。私が外せたひとつの思い込み
「人を家に呼ぶのが苦手…」
そんな感覚、ありませんか?
私も人を自宅に招くことに抵抗があるひとりです。
理由は簡単で、「完璧にしなきゃ」と思ってしまうから。
掃除はすみずみまで行き届いているか?
食器は汚れていないか?
コーヒーのミルク、温度は好みに作れるか?
妄想を膨らませては、心臓バクバク。
呼ぶ前から疲れてしまう。
だからこそ、ずっと私の“ちょうどいい”は
「誰も呼ばない」「もてなさない」 でした。
そんな私が、無性に「呼んでみたくなった」理由
転機は、一冊の本と出会ったこと。
書店で偶然手に取った、池田貴将著『ユニークな行動を取れる人が考えていること』。
その中に、こんな一文がありました。
その行動から連想する“痛み”よりも“快感”の方が上回れば、私たちは自然とその行動を選ぶ。
この言葉に、私の中の“ちょうどいい”を大きく揺さぶられたんです。
私はずっと、「自宅に人を呼ぶこと=痛み」だと思い込んでいました。
評価される。
ダメな自分がバレる。
失敗して恥をかく。
だから「呼ばない」がいつもの選択だった。
でも、本を読みながら
「自宅に人を呼ぶことで得られる“快感”って、なんだろう?」と考えてみました。
思いついたのはこんなこと。
“素が出せる関係性”を育てる土台
ちょっと散らかってても気を遣わずに過ごせる時間
「今日は楽しかった」と言ってもらえる自己有用感
子どもが友達と楽しそうに笑っている様子を見られる喜び
「痛み」ばかり見ていたけど、確かに「快感」もあるな。
それに、これ全部今の私が欲してることじゃないのか。
そう思えた瞬間、心の天秤が少しだけ動きました。
そして、気づいたらーー
私の中に、無性に「呼んでみたい」という衝動が湧き上がってきたんです。
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ここからは、私が5年ぶりに人を招いた実体験と、
そこから得た「思い込みを手放す」気づきを書いています。
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