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「言われた通りにやる」が苦手だったー社会に適応するために、理性でがんばってきた私へ

最近、自己イメージが揺らいできています。

私はずっと、自分のことを
「根っからの理論派で、調和を大事にするタイプ」
なんだと思っていました。

感情よりも、理性で動く人間なんだと。

でもそれは少し違ったのかもしれない、
と思うようになりました。


最近気づいたのですが、私には
“自分で納得しないと動けない”
ところがあります。

「こうするものよ」
「こうやるのよ」

幼い頃から、そうやって教えられたり、
理論で押さえ込まれるのが苦手でした。

人に言われたことを、
素直に受け入れられない。

昔、お茶の出し方を母に教わった時も、
素直に聞けませんでした。

注意されて、ふてくされて、

母に
「『うん』か『すん』か返事しなさい』
と言われて、

「すん!」
と答えていた覚えがある。

今思えば、かなり可愛くない。笑

でも当時の私は、
自分の感覚を否定されているような感覚が
我慢ならなかった。

ただ、学校や社会に出ると、
そんなことばかり言っていられなくて。

私はいつの間にか、
“理論”を使って自分を動かすようになっていました。

「こうした方が合理的だから」
「こっちの方が正しいから」

そうやって、
少しずつ社会に適応していった気がします。

だから私は、人からのアドバイスを
素直に受け入れられない自分のことを、
「頑固」「わがまま」なんだと思っていました。


でも、娘を見ているうちに、
少しずつ気づいたことがあります。

ちょっとしたことで癇癪を起こす、
感情の切り替えが苦手な娘。

強い感情で揺さぶられる感覚に、
接し方がわからなくて、つい

「我が強い子」
「わがまま」

そんなふうに表現してしまうことが多かった。

けれど、落ち着いてから話を聞いてみると、
娘が怒るときはいつも、

「自分で決めたい」
「自分で選びたい」

という強い気持ちが反応しているんです。

そしてそれは、
私の中にもある感覚だと感じたんです。

発信だって、
ノウハウ通りにやれば、
もっと伸ばせるのかもしれない。

でも、どうしてもできない。

やりたくない。
人に指図されたくない。

自分で考えて、
自分で選びたい。

その気持ちが強いから。

その代わり、
遠回りや失敗もする。

家族に迷惑をかけてしまうこともある。
揺れて、迷うことばかり。

私は、自分と娘と全く違うタイプだと思っていたけど、
実は似たもの同士だったのかもしれません。

ずっと、自分のことを、
根っから理性的で、
調和を大事にする人間だと思ってきたけれど。

本当は、
納得しないと動けなくて、自分で選びたい気持ちが強い人だったのかもしれない。

娘を見ていると、そんな昔の自分が、
少しずつ浮かび上がってくる気がしています。

私は、生まれつき
調和的な人だったわけじゃなくて、

ただ、
そう振る舞えるように、ずっと頑張ってきただけだったのかもしれない。

今日も、“ちょうどいい”を探してる🪴


最後まで読んでくださって
ありがとうございます🌿

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