あいだを選べる人は、生きやすい。
こんにちは、みほです。
暮らしの中で、中庸(ちゅうよう)=“ちょうどいい”を探しています。
中庸とは、どちらか一方に極端に偏らず、状況に合わせて心と行動のバランスを整える生き方のこと。
そんな中庸の考え方を、日々の選択に少しずつ取り入れてみた記録を綴っています。
「どっちか」しか選べないと思っていた
「あいだを選べる人は、生きやすい。」
そう思うようになったのは、
いつも“どっちか”しか選べなかった自分の経験から。
わたしは、中学・高校で不登校を経験しました。
そのとき私が考えられた選択肢は、「行く」か「休む」か、の2つだけ。
中学校で“辞める”という概念はありませんでした。
だから、耐えるか、逃げるかしかなかった。
でも高校で再び不登校になったとき、
初めて“あいだの道”があると知りました。
両親が探してきてくれた、通信制高校に編入しました。
週1の登校と、レポート、高卒認定試験を受け、同級生と同じ時期に卒業・進学することができたんです。
あのとき、「やめる」ではなく、
環境を「変える」を選んだ。
極端のあいだに“ちょうどいい”があったことを、
身をもって知りました。
“逃げた”と感じる選択も、最善だった
その後、社会人になってからも、
適応障害で休職しました。
働くか、辞めるか。
またもや、二択の中で苦しみました。
そして結果的に、当時付き合っていた人と結婚する道を選びました。
正直、あの頃は「逃げた」と思っていたけれど、
今振り返ると、それもまた、そのときの私にとっての最善の選択だったのだと思います。
「働き続ける」でも「すべてを投げ出す」でもなく、
“生活を変えることで自分を守る”という選択をしていた。
それも立派な「第三の道」でした。
今も、あいだで揺れながら生きている
今の私は、在宅で少しずつ働いています。
でもふと、「もっとちゃんと働かなきゃ」「外で稼がなきゃ」という声が心の奥で響きます。
たぶん、どこかでまだこう思っているんです。
専業・在宅=ぬるい
外で働く=立派
でも、本当はそのあいだにも、いくつも道があります。
在宅を続けながら、期間限定で外で働く。
子どもとの時間を大切にしながら、少しずつ仕事を広げる。
どっちも大切にする生き方だって、ちゃんとある。
「これしか選べない」と思っていると
人生は苦しくなるけれど、
“あいだ”を探すと、意外と世界は広いんですよね。
中庸は、両方を知っているから見える
中庸とは、ただ“真ん中を選ぶ”ことではありません。
一度立ち止まった私は、両方の価値を知っているからこそ、そのあいだを見つけられる。
頑張ることの尊さも、休むことの大切さも、
どちらも知っているから、状況に応じて自分で調整する方法を考えられている気がしています。
「あいだを選べる人」は、生きやすい。
極端に流されず、自分の心の“ちょうどいい”を選べるようになるから。
おわりに
あいだには、たくさんの選択肢があります。
でも、見えていないだけのことも多い。
白と黒のあいだに、何色ものグラデーションがあるように、
人生のあいだにも、“自分に合うちょうどいい色”がきっとある。
休むことも、動くことも、どちらも大事。
どっちも知っているからこそ、やさしく生きられると思う。
今日も、“あいだ”を探しながら暮らしています。
あなたにも、あなたの“ちょうどいい”が見つかりますように🪴
いいなと思ったら応援しよう!
この庭で見つけた気づきが、あなたの日々にそっと寄り添えたなら。とても嬉しいです☺️いただいたチップは、次の「気づき」を育てるための執筆活動に大切に使わせていただきます。