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安全基地を持てなかった私が誰かの安全基地になるまで。

娘が幼稚園に入園し、
年長の息子と一緒に通い始めた。

二年前の春、「幼稚園行かない!ママがいい!」と泣いて暴れる息子を無理矢理抱き抱えて登園させていた日々が懐かしい。

年長になった息子は、”そんな過去僕は知らないよ”と言わんばかりに、集団生活をそつなくこなす逞しいお兄ちゃんとなった。

息子が入園する時の私は不安でいっぱいだった。
「息子はちゃんと通えるだろうか」
「集団の中でやっていけるだろうか」
とあれこれ想像しては心配していた。

そんな私の心を見透かしていたのか、
息子は入園式の翌日、
「もう幼稚園は行かない」と宣言した。


入園当初は無理矢理連れて行ったり、
休ませたりの繰り返し。

登園する日は着替えも拒否。一歳の娘をおんぶして、パジャマのままの息子を抱き抱えて車に乗せた。
うずくまって動かない息子に四苦八苦し、気づいた先生が駐車場まで迎えにきて下さったこともあった。
そんな登園生活が約半年続いた。

「行く」「行かない」の一言に振り回される毎日。
夫は不在。全責任を負うのは私一人。
私がどう判断するかで、この子の将来が変わってしまうのではないか、そんなプレッシャーに押しつぶされそうだった。

私自身、子ども時代に無理矢理登園させられた経験がトラウマとして残っていた。だからこそ、どう接していいかわからなかった。

毎日繰り返される攻防に、私は力尽きていた。


その頃の私は、自分と息子を重ねてしまい対応に困り果てていた。

「無理に連れて行くべき?
それとも休ませるべき?」

私が子どもの頃は、どれだけ泣き叫んで暴れても母は仕事に行き、祖父に無理矢理車に乗せられて登園していた。
私はそれがどうしても納得できなかったし、トラウマになっていたもんだから、どうするのが正解なのか切実に悩んでいた。

ネットには「甘やかすと後々困る」という声もあり、心を鬼にして連れて行くと、「自分が嫌だったことを我が子にしてしまっているのでは」と苦しんだ。


ある日、思い切って「どうして行きたくないの?」と息子に聞いてみた。

返ってきたのは、「ママといたいから」という一言だった。

その言葉に、胸がギュッと締め付けられた。


新しい環境、新しい生活で不安を感じている時、安心できる人と一緒にいたいと思うのは自然な気持ちだ。

私も昔、母と一緒にいたかった。
ただそれだけだった。

仕事に家事に忙しかった母。
今思い出しても涙が出るくらい、ただゆっくり過ごす時間が欲しかった。
でもその願いは叶わなかった。

母のように仕事をしていたら預ける以外の選択肢はないけれど、今の私には「休む」という選択肢もある。

だったら、今はそれでもいいのかもしれない
と思った。


それでも毎日の行き渋りが続く中で、
私は限界を迎えた。

息子の気持ちを優先しようと決めたものの、終わりの見えない欠席生活に、私が燃え尽きて泣いてしまった。
無邪気に遊んでいる息子に、
「お願いだから幼稚園に行って。ママもしんどい」
と言ってしまった。

息子は何かを察知したのか、
その夜、「明日は幼稚園、行くよ」と言った。


私の涙のせいで、息子に無理をさせたかもしれないと思うと胸が痛んだ。
でも、息子なりに一歩踏み出そうとしてくれていた。

私も母と同じで、完璧な親にはなれないことを思い知った。
不器用ながら息子に本音を伝えることで少しずつ関係が変わっていった。

自主休園ーわが家なりの選択

私たちは「休みたい日は休む」というルールを決めた。

自主休園スタイル。ただし一日だけ。
テレビ・ゲームはなし、おもちゃで遊ぶ。
次の日は登園する。
担任の先生も「息子さんのペースでいきましょう」と言ってくれて救われた。

休んだ日は、家で一緒に遊んだ。
ダンボールで工作をしたり、ブロックで駐車場を作ったり、お菓子作りをしたり、ゆったりした時間を過ごした。

家で一緒に遊ぶ時間が、息子の心の栄養になっていったようだ。

そんな生活を続け、息子はだんだんと登園できるようになった。
週2の休みが週1になり、月1回になり、年中の一年間はほとんど休まず通った。

行きたくないと言っていた頃が嘘のように、自分のペースで集団の中に馴染んでいった息子。
運動会や発表会などの行事ごとも、大きな声で自信たっぷりに表現する姿を見せてくれた。

そんな姿を見て、
「私はちゃんとこの子の“安心できる居場所”になれていたのかもしれない」と思えた。

不安なときに寄り添ってもらえた記憶は、一生のお守り

私がずっと欲しかったもの。
それは、不安なときに寄り添ってくれる存在。

けれど私は、それを子ども時代に経験できなかった。
だからこそ、我が子にどう寄り添えばいいのか悩んでいた。

ある日ネットで、
「自分がしてほしかったことを子どもにしてあげなさい。そうすることで過去の自分も癒される」
と書かれていた。

半信半疑だったけれど、私はそのアドバイスを選んだ。
不安な息子のそばにいることを、自分に許した。

無理に背中を押さず、「ママといたい」と泣く息子の気持ちを受け止めた。

そうして少しずつ、息子は自分の足で歩き始めた。
そして私もまた、かつて寄り添ってもらえなかった自分を少しだけ抱きしめられた気がした。

「誰かの安心できる場所になる」ことは、子どもだけでなく、私自身にも必要なことだったのだと今は思う。

これから先も、息子はたくさんの困難にぶち当たるだろう。そんな時にはまた、そっと寄り添い、安心できる居場所になりたいと思う。
完璧じゃない、私のままで。


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