『昭和の思い出』母の記憶から
山形生まれの母は雪が日常のなか多感な時期を生きた。雪が非日常の私と当然雪に対する思いは違うだろう。
母は認知症になって強く記憶に残る幼少時の思い出を話し出した。
その中にある『雪兎』の話である。
夏井いつきが選者をつとめる『俳句ポスト365』松山市公式俳句投稿サイトでの兼題が『雪兎』だった時の投稿文章である。
◆今週のオススメ「小随筆」 お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪
もう八十年も前のこと、山形県南陽市赤湯でのこと。 母は兄二人、姉二人の下の末っ子だった。 米と果樹で生計を立てる農家だった。
町の顔役であった祖父のもとには毎晩たくさんの人が集まったという。
母親を早く亡くした姉妹三人は毎晩の寄り合いの喧騒を耳にしながら隣にある部屋で寝ていたという。
母親は居ずとも三姉妹は仲が良く、末っ子の母は姉二人と並べる布団の中での会話が楽しみだったという。 ある時は長女のするおとぎ話、そしてある時は次女が歴史話を語り、母は自分の将来の夢を二人に聞いてもらい寂しさを感じることもなく夜を過ごしていたという。
凍りつくような寒さのある夜、明るい月の光を障子越しにも感じるある夜、そのあまり の明るさに目の覚めた母は枕元に置かれた三枚の皿に置かれたものに目をやって驚いた。
雪兎がいたのである。
真っ白な雪兎が三匹、三人の枕元に置かれてあった。
月の光で白うさぎはキラキラ輝き、赤い南天の眼はジッと母を見つめていたようだったと言った。
三人の世話をするはずの母親はおらず、ずっと不憫に思いながらも何も出来ない祖父が母達のために寄り合いが終わった後、作ったものであった。
雪兎、命の短い雪兎を三人は雪のかからぬ軒下でその冬大切に飼ったと言う。
春の訪れとともに無くなってしまった雪兎だが、母の心には今もなお生き続けているのだろう。/宮島ひでき
『雪兎』、雪が非日常の私はこの目で見たことはない。
母が好きだった写真の丸い猫の置物を見るたびに『雪兎』と重ねている。
いつまでも溶けてしまうことのないこの猫はあの世に行ってしまった母を私に思い出させる。
