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健康のバロメーター

私の健康のバロメーターは『食』である。
誰もがそうであろうし、当たり前のことかも知れないが清々しい食欲があることが私の健康の証拠である。

朝目覚め腹が減っていることの大切さ、昼の休憩には美味しく弁当や街中のランチを口に出来る当たり前。
そして一日の活動を終える夜はゆっくり夕食を食べ一日の労をねぎらいたい。

そんな普通の日常は健康無しでは成り立たないものである。

がむしゃらに働かならねばならなかったサラリーマン時代、若さがあり、身体は見かけだけの健康であったに違いない。
毎夜、晩飯は酒で終わり、朝飯は二日酔いでまともに口に出来たことは無く、昼は移動中にコンビニのおにぎりで済ませたり、仲間でのランチは必要以上の量の脂ギッシュな洋食、中華が多かったように思う。
接客のアルコール付きランチもあった。
今の年齢ではもうついて行けまい、その当時でも若さで誤魔化していただけで決して身体にも心にも良くは無かっただろう。

今、まあまあ普通の生活をしている。
夜の仕事をしているが深夜は何も食べたくはない。
熱いコーヒーを飲みながら、本を読み静かな時間を過ごしたい。

私たちが普通に寝るタイミングで眠れぬ障害者には辛いことが多いのではないかと思う。
眠れぬ夜には、そこで寝ている理由、自身の父母、家族のことを考えているのかも知れない。
私たち健常者と呼ばれる種類の人間と何ら変わりはない。
そんな人たちの見守りが私の今の仕事である。

『寝る』、ここにも一つのバロメーターがあった。
そして、『排泄』である。
『食べる』『寝る』『排泄』、健康のバロメーターである。

腹が減らねば料理は思い浮かばず、美味い物を作ろうとも思わない。
食べて美味いと思うものを食べねば健康にも良くないだろう。
個々に違うそれなりに健全な肉体とそれに伴う健全な心を育て維持する必要がある。


一昨日はそんなことを考えながら京都大原野から電車を乗り継ぎ帰って来た。
途中で昼飯を食べよう思いながらも乗り継ぐタイミングがよく、天王寺まで帰ってしまった。
JR天王寺駅北口のいつも行く定食屋に寄った。
店が午後の休憩時間に入るすこし前、まぁいいかと思い小瓶の瓶ビールとカレイの煮付け、日本酒一合とカレーライスを食べて帰った。

甘辛い煮つけとビールは胃から身体に吸い込まれていくようだった。
常温の酒はいつもの味がし、カレー屋のカレーと違う定食屋のカレーは胃に優しい懐かしい味のカレーだった。

ほんの20分、打合せを頭の中で整理し、カレイの身のはがれやすさに感動し、小骨はどこまで食べれるだろうかとかじりながら考え、いつも変わらぬカレーは私の胃にスルスルと収まっていった。

こんな昼酒で私は酔うことは無い、健康診断でも肝臓、血液の数値でひっかることは無い。

丈夫な身体を授けてくれた両親に感謝する。

アルコールが顔に出ない、これも私の健康のバロメーターである。
今はマスクをしているから酒の匂いも漏れず、昼から飲んでいても人に悟られることは無い。

これはマスクに感謝する。

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