極強火オンマジンペン グラミーボイコットに潜む歴史を知り、紡ぐ言葉の品格を考える
BTSがグラミーをボイコット。
私は毎日、我が推しキムソクジンさんのニュースを見るために、ネイバーニュースを追いかけている。
ネイバーニュースとは、韓国の最大手ポータルサイトである「NAVER」が提供する、国内最大級のニュース配信サービスである。
そのニュースの見出しには、今回のグラミーエントリーをしない件について、ほとんどがボイコットと記してある。

ボイコットではないでしょう?
と、私はその見出しに疑問を感じた。
作品のエントリーを取りやめた=ボイコットの図が私の中にはなかった。
私の中でボイコットとは、エントリーして出演も決まっていて、そこで拒否すること、それがボイコットなのだと。
なので、ボイコットについてAIに質問してみた。
自分たちの要求や主張を通すために、商品を買わないこと、参加を拒むこと、利用しないことをみんなで一緒に行う抗議活動
なんだそうだ。
そして、さらに深くBTSのエントリーしない決断を、ボイコットと言うことについてどう思うか聞いてみた。
形式としては単に「エントリーを見送った」だけです。しかし、その行動に込められた「グラミー賞の持つ保守性や、アジア系を分断するシステムへの強い抗議」という意図があまりにも明確であるため、メディアや音楽界はこれを「ボイコット」という言葉で表現していると考えられます。ドレイクやザ・ウィークエンドといった欧米のトップアーティストが過去にエントリー拒否をして「グラミーをボイコットした」と言われたのと同様の文脈です。
ふーむ…。
そうなると、過去のグラミーボイコットについても知る必要があるなと思い、またAIに尋ねてみる。
…最近、AIとだけ議論を交わしている気がする…。
1989年
この年、グラミーは初めて「最優秀ラップ・パフォーマンス部門を新設。
しかし、「その部門の受賞シーンはテレビ中継をしない」と決定。
これに激怒したウィル・スミス(当時はザ・フレッシュ・プリンス名義)は、初代受賞者であったにもかかわらず、授賞式への出席をボイコットした。
賞はあげるけど、舞台には上げないよ。これって、都合のいい隔離だよね。
1991年
アイルランドのシネイド・オコナーは、主要部門を含む4部門にノミネートされていたが、受賞を辞退。「グラミーは芸術の商業的な側面ばかりを称え、物質的な利益をリスペクトしている。」とグラミーを批判。
アーティストとしてのプライドをかけたボイコットだよね。
2017年、ドレイクの楽曲「Hotline Bling」がポップソングであるにもかかわらず、「ラップ部門」にしかノミネートされなかった。ドレイクは「黒人だからラップに分類したのか。理由がわからない」と、人種によるカテゴリの押し込めを批判。
その後も彼は抗議を続け、2019年の授賞式では「普通の仕事をして、必死に稼いだお金でチケットを買ってきてくれた人が、雪の中でも雨の中でもショーを見に来てくれているなら、君はもう勝っているんだ。こんなトロフィーは必要ない」とスピーチ。途中でマイクがカットされCMに入った。その後、ドレイクは作品をノミネートから撤回し続けている。
2021年、ザ・ウィークエンドのアルバム「After Hours」と楽曲「Blinding Light」が世界的ヒットを記録。だが1部門もノミネートされず。選考プロセスの不透明さを批判し、今後は選考審査に自信の楽曲を申請しないと宣言。
そんな彼も、2025年には他アーティストとのコラボ曲で間接的にノミネートされ話題を呼んだが、本人のソロとしての戦いは今も静かに続いている。
と、まぁこんな感じで、様々なアーティストたちがグラミー賞と戦ってきたと。
ごめんなさい。私はドレイクとウィークエンドのことしか知らなかったよ…。
そして今回、BTSがグラミー賞に楽曲をノミネートしないと宣言。
メンバーそれぞれのインスタグラムのリールで、同じ文言を投稿した。
「音楽が地域や言語によって分断されるのではなく、音楽として聴かれ愛されることを願っています。」
最優秀アジアン・ポップ・ミュージック・パフォーマンス賞。
地域や言語によって分断された賞である。
区別は差別を生むと、私は考える。
ドレイクたちが戦ってきた「黒人音楽を主要部門から遠ざけるためのラップ部門という名の区別」の歴史が、「アジア系を主要部門から遠ざけるためのアジアン・ポップ部門という名の区別」として繰り返される事実に対しての抗議行動と受け止められる。
それであるなら、明らかにボイコットであると、私の中で腑に落ちた。
彼らが今まで、どれだけグラミー賞を取ることに意味を持っていたか、彼らのファンARMYなら知っていると思う。
それをボイコットしたのは、彼らの気高い決断である。
かっこいいとかさすがとか、そういう言葉じゃない気がする。美化してはいけない。
それくらい、彼らはそれを欲して活動してきたんだから。
音楽に国境はない。
私自身、いろんな音楽を聴いてきて、よいと思えるものは必ずしも日本の曲だけじゃなかった。
音楽の力ってすごいんだよ。
これまでどれだけ音楽に助けられてきたか。
その音楽に対して、真摯に向き合ってきた彼らだからこその決断だったのだろう。
グラミー賞を獲ろうが獲るまいが、私は彼らの生み出す音楽が大好きだ。
きっと世界にはそんな人たちがあふれている。

そして今回、とても残念に思ったのが、ある日本人ラッパーのXでのポストだった。
今回のBTSのグラミー賞ボイコットに関して、「BTSは何度頑張っても獲れないから申請するのをやめただけでは?そんなにかっこいいか?」と。
一個人が一アーティストに対して投げかけた、とても失礼な発言だ。彼女自身もアーティストなのに。
明らかな誹謗中傷であると思う。
でも、それよりも、それに対するARMYの対応である。
当然、そんなことを言われたら憤ってしまうのがファンの心理である。これはもう当然のことだ。
ただ、言われたからと言って集団で一個人を叩きのめしていい理由にはならない。
ARMYは怖いって言われる所以かな。
彼らを守るため、彼らの名誉のために「愛」を免罪符にしたハラスメントにならないように。
私たちは彼らの音楽から、何を教わってきたのか。
グラミー賞に提出しないという決断をした今だからこそ、それを支えるARMYもまた、彼らにふさわしい品格を持つべきなんじゃないかとか。
今一度、考えたいなと思った出来事だった。
彼らが戦っているのは、音楽界が何十年もかけて変えられなかった巨大な分断・区別の壁。
過去40年間、ウィル・スミスやドレイクたちが戦ってきた、グラミー賞の差別と隔離の構造に対する、歴史のバトンを受け継いだ気高い決断。
その気高さと、歴史的決断の重みを台無しにしてしまわないよう、彼らの品格に恥じない自分でいるために。私はこれからも、この場所で愛を持った言葉を紡ぎ続けていこうと思う。
まだまだ難しいけれど。
