「自分軸」と「他人軸」を信じながら、表現し続けることの難しさ
noteを始めようとしたとき、ふと、あることに気がついた。
これは日記でもなければ、SNSに投稿するような近況報告でもない。愚痴でも、感情のはけ口でもない。
「誰かに何かが伝わる文章」を書きたいのだ。
自分のことを書いているのに、「他人軸」。
そう考えると、表現というものが急に難しく感じられる。
たとえば、ポップスの歌詞もそうだ。
自分の内面を題材にしていながら、独りよがりではなく、たしかにリスナーの心を動かしている。自己表現でありながらも、他者に届いている。
自分の想いや叫びをただ綴るだけでも届かないし、他人の視線ばかりを気にしていても、それは「自分の表現」ではなくなる。
「自分軸」と「他人軸」、その両方の間で揺れながら、何かを表現するというのは、想像以上に難しいことなのだ。
特に、不特定多数に向けて、発信する場合。
考えすぎると動けなくなるので、とにかく今日から書いていくことにする。
ただ、忘れたくないことが一つある。
「誰かの心を動かしたい」と願って書く。私は揺るがないその「軸」を持ち続ける。
「他人軸」でもあり、「自分軸」。
たとえそれが、自分の経験や考え方、実証的な研究結果であっても、誰かの記憶の片隅に、感情の一部として、残ることがあるかもしれない。
その可能性を信じたい。信じるためにも書くのだ。
ずっと、表現することを心から望んでいた。
葛藤や疑問、伝えたいことが自分の中に溜まるばかりで、破裂しそうな思いを沢山経験してきた。
だが、伝えることを少し試みては、「どうせ伝わらない」「自分が傷つくだけだ」と諦め、「後ろ向きな他人軸」で立ち止まっていた。
そんな私に光を与えてくれたのが、Mrs. GREEN APPLEの大森さんだった。
彼は、自らの内側に真に向き合いながら、全世界に向け、言葉と音楽を届け続けている。その姿勢に、表現に、多くの人が心を動かされている。
決して音楽の才能だけでない。彼の、「人」に対して真向に向き合う姿が、不器用ながらにもまっすぐ生きようとする人の、希望となっている。
彼は、私の理想であり、目指したい在り方だった。
だから、今ここで、一歩を踏み出すことにした。
私が書くことなんて、とても小さな一歩かもしれないが、たしかな始まりだ。私は、表現する人になりたい。その自分の想いを大切にしたい。
そして、誰かの心に、ほんのわずかでも届く文章を書きたい。きっと届くと、信じ続けたい。
そんなライターとして、ここから始めます。
