やるせなくて途方に暮れる「大都会の愛し方」
この本を手に取るまでに少し時間がかかった。まず最初に、この本の中の「ジェヒ」という章を映画化した「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」のことを知った。これは面白そうだと思い、6月末のとある日曜に映画館の席を予約した。ところが、その前々日の昼頃から徐々に体調が悪くなり、夏風邪の様相を呈した。当日になっても症状は改善せず、結局、映画を観に行くことは出来なかった。予約は前払いなので、お金を無駄にしてしまった。
その後も、この映画について好意的な評判を見聞きすることが何度かあって、その度に観たい気持ちが湧いたのだが、機会を逃しているうちにいつの間にか終演になっていた。
でもやっぱり何かにつけて気になったので、原作本を買うことにしたのだった。こういうとき、本というものは終演がなく、自分のペースで読むことができて良いなとつくづく思う。
そんな経緯を経てようやく読み始めたこの本は、とても面白く、興味深く、味わい深い物語だった。

亜紀書房
以下、ふんわりですががネタバレっぽいところもありますので、気になる方はご注意ください。
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この本は、パク・サンヨン作家によって書かれた、主に大都会ソウルを舞台に書かれた連作小説。
4つの短編で構成されていて、全ての章の主人公<俺>は同一人物のようだが、微妙に違うようにも思える。
おおまかな設定と名前は共通しているようだが、細かい設定と印象は微妙に異なるような気がする。
それは、それぞれの短編が書かれた時期によるものとも思われるが、ただ、3章と4章の主人公はおそらく明確に同一人物だ。
しかし、1章の「ジェヒ」の主人公は、他の章の主人公と比べて一番印象が違う気がする。多少なりと冷静で、ある程度物事を俯瞰的に捉えているところがある。
1章では、主人公の目を通した女友達の<ジェヒ>を主軸に、物語が語られているからだろうか。主人公の境遇や思いももちろん語られるけれど、ジェヒと主人公の過ごした、 ー独特のバランスの上に成り立ったー 特別な空気、時間が、何よりも瑞々しく際立つのだ。
このような、お互いごく自然に受け入れて空気のように過ごせる関係性が、確かにある。
たとえ短い期間でも、その関係性に救われ、なんとか生きられるときがある人は、少なからずいると思う。
しかし、こういう関係性はなぜか変化しやすい。
主人公とジェヒの関係性も少しずつ変化を迎える。関係の終わりを認識した主人公が、その時間をを噛み締めて、途方に暮れたような感覚を味わうラストは秀逸だ。
主人公の心情がもっと情熱的に、率直に語られ、ときに冷静さを失うような行動も起こすのが2章だ。
永遠に理解し合えない母親との関係、狂おしいほど愛を感じるのに、価値観や行き方では平行線を辿り続ける男性との関係に、主人公が心の中で吐く悪態は幼くて駄々をこねているようだ。
救われたようでまったく救われない、もどかしい時間が経過し、再び主人公は、ひとり置いていかれたような境遇を味わう。
ようやく安らげる相手と出会い、"普通の"恋人らしい関係性を築いていくが、やがて…、という展開を迎えるのが3章と4章。この章では、主人公が抱えたあるものが題材の主軸になっているともいえる。
それがあることで、主人公は社会的に不利にならざるを得ないこともあるし、恋人との関係を手離すことにもなる。
一方で、主人公が最も素直で穏やかな感情を表現するのも、3章と4章の特徴だと思う。
はしゃいだりやけくそになったり、不機嫌だったり優しかったり。1章のときの主人公に少し近いが、それよりも素直で自然体に過ごし、一旦はパートナーと”社会的な”生活を営んでいったりする。
でも結局は、相手を気遣う優しさから、自らパートナーの背中を押して離れる選択をする。
そして、また刹那的な生き方へと流れていき、傷つけることもないが関係を深めることもない相手を、時間と寂しさを埋めるためだけに選んだりする。
そうしながらも、安らかな時を過ごしたパートナーのことを回想し、その幸せを願い、また静かに途方に暮れる。
そんな風に、すべての章を通して最後に主人公は途方に暮れる。他者を求めて一度は関係性を築きながらも、いつの間にかすれ違い、離れ、自分の感情を持て余すやるせなさを漂わせて。
大都会ゆえのーーいや、大都会だけに当てはまらない、現代社会が抱える寂しさ、虚しさ、キツさと同時に、暖かさや思いやり、一瞬の輝き、あの独特の空気感を描いた良作だった。
愛に興味がなくても、この空気感に惹かれて、割と一気に読んだ。
舞台はソウルで、主人公はクィアだが、多くの国の多様なジェンダーにこの物語は当てはまり、共感されると思う。
(実際、2022年のブッカー賞のインターナショナル部門、2023年国際ダブリン文学賞にノミネートされている)
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