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「人間ドール」第5話


白井さんの車に乗ると、白井さんが「加藤様のお屋敷はいかがでしたか?」と尋ねてきた。

本当の事をいうべきだろうか? 白井さんは何の為にこんな質問をするのだろう?

白井さんに対して疑心暗鬼になってしまう。

「命懸けのゲームをさせられました。怖かった。私は1位だから帰してもらえたけど、3位の花音さんは……」

これは賭けだ。もし白井さんも加藤様の味方なら、こんな事を言えば、加藤様に密告され、裏切り者として『永遠の人間ドール』にされるかもしれない。

それでも、白井さんを信じたい。

「花音さんが3位だったのですね。残念です」

白井さんの言い方だと、白井さんはゲームの事を知っていたんだよね?

「白井さんは、私が殺されるかもしれないと知りながら、加藤様の家に私を連れてきたんですか?」

ここまできたら確かめるしかない。

「……加藤様のお屋敷に連れて行った人間ドールのうち、何人かが帰ってきませんでした。だけど、私は加藤様の屋敷内で何が行われているのかは知りません」

白井さんの声が震えている。白井さんはゲームの内容までは知らないらしい。

「帰ってこなかった人間ドールは『永遠の人間ドール』にされて飾られるそうです。そんな事は許されるはずがないのに!」

「美沙さん。その話は他言しないで下さい」

白井さんが諭すように言った。

「私、負けたら殺されたんですよ? 加藤様には1週間以内に加藤様の家に戻るように言われているんです。加藤様の家に戻れば今度こそ殺されます。死にたくない。警察に保護してもらいたいんです!」

白井さんがあまりに冷静なので、早口でまくし立てた。

「美沙さんの気持ちはわかります。だけど、警察に行こうとすれば、その前に美沙さんは殺されますよ。後ろから加藤様の家の人間がついて来ているのが見えませんか?」

驚いて振り返ると、真っ黒な車がこの車の後ろにピタリとついて走っている。

私を尾行しているの?
もし私が逃げようとすれば、殺す気なんだろうか?

「白井さん、あの車を巻けませんか?」

白井さんなら尾行を振り切れる気がして聞いてみた。

「無理です。彼らは訓練されています。私ごときに巻けるはずがありません」

「白井さんはわたしを守ってくれないんですか!」

悲しさと悔しさで、声が大きくなってしまった。

「私には何も出来ません。社長に相談してみてください。もしかしたら、社長なら美沙さんを守ってくれるかもしれません」

社長は加藤様があんな人だと知っていて、私を加藤家に送ったのだ。

助けてくれるはずがない。

「社長の事は信じられません。ドールハウスLは加藤様が社長に要望して出来たんですよね。社長にとって、私はただの駒。私が殺されても、また新しい人間ドールを加藤様に渡すに決まっています」

私の言葉に、白井さんは何も言わなかった。

「白井さんは加藤様と社長のしている事に、何も感じないんですか? 犯罪ですよ? あの2人は人殺しの犯罪者。このままだと、白井さんも同罪になります。お願いします。私を助けてください」

必死で白井さんに訴えてみたけど、白井さんは何の反応も示さない。

このままじゃ、私、本当に殺されてしまう。何とかして、この車から脱出して警察署に駆け込みたい。

だけど、ドアが開かなければ逃げられない。
ドアにはロックがかかっていて、ロックの解除は運転席でしか出来ない。

ダメだ。ドールハウスLに着くまでに、車から逃げる事は出来ない。

絶望を感じたけど、ここで諦めたら終わりだ。

何が何でも警察に保護してもらわなければ。

ドールハウスLに着いた時が、唯一の脱出のチャンスかもしれない。

諦めたふりをして下を向いていよう、そして白井さんが、後部座席のドアを開けた瞬間に逃げよう。

「美沙さん、逃げようなんて考えても無駄ですよ」

白井さんが冷たい口調で言った。

白井さんには私の考えている事はお見通しなのか。という事は、車を降りる時に逃げる事は当然出来ないだろう。

「白井さんは私が殺されても良いと思っているのですか?」

白井さんを少しでも信じたいと思って聞いてみる。

「私は社長に従うだけです」

「社長が私を殺せと言えば殺すんですか?」

白井さんの答えに腹が立ち、大声を出してしまった。

「それが社長の命令なら、私は従うしかありません」

白井さんは冷静で、少しの動揺もしていない。
白井さんに期待するだけ無駄だ。

社長は加藤様の言いなり、どうすれば逃げられるのだろう。

絶対に諦めたくない!

両親か友達の誰かと連絡が取れれば、助かる確率が上がる。

私が危険な状況にいる事、ドールハウスLに警察を呼んで欲しい事さえ伝える事が出来れば良い。

ドールハウスLのスタッフのほとんどは、社長が犯罪を犯しているなんて知らないはず。

スタッフの誰かと話して、スマホを貸してもらおう。知らない電話番号からでも、誰かは出てくれると思う。

その為にも、社長には逆らわず従順に振る舞い、疑われないようにしなければ。

車がドールハウスLに着くと、社長が後部座席のドアを開けた。

「美沙さん。お疲れ様。加藤様から楽しかったと連絡があったよ。ありがとう。これから1週間、ゆっくり休みたまえ」

社長がにこにこしながら、私に話しかけてくる。

私がゲームに負けたら『永遠の人間ドール』にされる事は知っていたはずなのに、よく私に笑いかけられるものだと怒りが湧いてくる。

だけど、ここで私が怒れば、また閉じ込められるかもしれない。実家に帰る為には普通に話すしかない。

「ゲームに勝てて良かったです。今日は疲れているので実家に帰らせてもらえますか?」

家に帰る事が出来たら2度とここには戻ってこない。だけど、社長は帰らせてくれるだろうか? 不安で胸が苦しくなる。

「加藤様から、美沙さんは1週間はドールハウスL内で過ごすようにと指示があった。申し訳ないけど、加藤様の指示に逆らう訳にはいかないから。ここでゆっくりしてもらうよ」

私をドールハウスLから出さないように、社長に指示を出すなんて。

「加藤様は家に帰っても良いと約束してくれました。ほんの少しでいいんです。両親に会わせて下さい」

社長に必死で頼むと、社長はため息をついた。

「美沙さんも社会人なんだからわかるだろ? 加藤様を怒らせる訳にはいかないんだ。さあ、中に入って」

素直に言う事を聞けば、ドールハウスL内では自由にさせてもらえる。
そうわかっていても悔しい。

白井さんと社長だけなら、走れば逃げる事が出来るかと思ったけど、少し離れた位置に、あの黒い車が止まっていて、屈強そうな男性が2人外に出て、私の方を見ている。

逃げても確実に捕まると思い、社長と白井さんと一緒にドールハウスLの中に入る。

その時、急いでスーツケースを確認したけど、スマホは入ってなかった。加藤様が抜いたのだろう。

私はそのまま社長室に連れて行かれた。

「美沙さん、わかっているとは思いますが、加藤様の家で起こった事は他言無用です。加藤様は人間ドールを気に入って、ゲームを楽しんでいる、それだけですから」

社長がジロリと私の目を見ている。

「わかりました。ただ、花音さんや雪さんはどうなるんですか? 花音さんは3位だったんです。『永遠の人間ドール』にされるって事は殺されるって事ですよね? お願いします。花音さんと雪さんを助けて下さい」

花音さんも雪さんもドールハウスLの人間ドール。社長にも少しは情があると信じて、必死に頼んでみた。

「『永遠の人間ドール』として生きられる事は素晴らしい。人間は必ず死ぬ、しかし、『永遠の人間ドール』は永久に美しいまま存在する」

社長は微笑みを浮かべている。

社長は本気でそう思っているの?

社長は加藤様に逆らえず、人間ドールを加藤様に渡しているのだと思っていたけど、社長も加藤様と同類の人間だ。

私たちの命を何とも思っていない。

「私は『永遠の人間ドール』になんてなりたくないです。お願いします、助けて下さい」

このままだと1週間後、また加藤様の家に送られてしまう。
それだけは嫌だと、社長の前で土下座をした。

「美沙さん、立ちなさい。人間ドールが土下座なんてみっともないですよ。人間ドールは常に美しくなければいけません」

顔を上げて社長を見ると、社長がイライラしているのが伝わってきた。

この人に何を言っても無駄だと実感する。

「美沙さんが加藤様の『永遠の人間ドール』になりたくないのなら、ゲームに勝ち続ける事です。それか、加藤様の紹介でないお客様に、加藤様以上のお金を払ってもらい、人間ドールを続ける事ですね」

社長が冷静な口調で言った。

ゲームに勝ち続ける事はわかる。今回の様に1位になれば『永遠の人間ドール』にはされない。

2つ目の方法は考えた事もなかった。

「ドールハウスLに、加藤様の紹介でないお客様っているんですか?」

大石様も中野様も加藤様の紹介でドールハウスLに来ている。

政治家で、加藤様に逆らえる人なんていないはず。

だけど、そんなチャンスがあるなら、私は全力でチャンスを掴み取りたい。死にたくないから!

「今は口コミで人間ドールの事が広がっている。問い合わせは多いけれど、ほとんどの人は金額を聞いて電話を切るが、たまにそれでも人間ドールに興味を示す方がいるのは事実。政治家以外でもお金持ちはいるからね」

「社長、そんな人がいたら、私を紹介して下さい。絶対に顧客にしてみせます」

社長はクスリと笑って、「わかった」と言った。

「1週間以内にお願いします。たとえどんな方でも、必ず顧客にしてみせますから」

「1週間以内に加藤様以上の財力と人望がある人が美沙さんを気にいる可能性はないと思うが、覚えておこう。加藤様も、そんな人が現れたら、ドールハウスLの為に歓迎するだろう」

社長の話を聞いて驚いた。でも、よく考えれば加藤様はドールハウスLの実質のオーナーだ。ドールハウスLに新しい顧客ができる事は歓迎するだろう。
それに、加藤様は私に飽きたからゲームをさせたのだ。私に執着するはずがない。

「よろしくお願いします。人間ドールのモデルとして私に沢山仕事を下さい」

「わかった。美沙さん、君には期待している。逃げようとするのではなく、ドールハウスLのNO.1人間ドールになって、ドールハウスLに貢献したまえ。そうすれば、加藤様も美沙さんをゲームに参加させる事はしないだろう」

「わかりました」

両親や友達に連絡を取って、警察を呼んでもらったら、両親や友達を危険に巻き込むことになる。

それくらいなら、私がドールハウスLにとって必要な人間ドールになった方が良い。

そう決心したものの、たった1週間で加藤様以上のお客様が私についてくれる事があるのかと不安になる。

神様、どうかお願いします。
私にチャンスを下さい!

社長は私が逃げないとわかったのか、ドールハウスL内では、私を自由にさせてくれた。

もちろん、ドールハウスLから出る事は禁じられているし、ロビーにはスタッフの目があり、逃げる事は不可能。

私は無償でも良いからモデルの仕事が欲しいと頼み、人間モデルとして、広告に出る機会を増やしてもらった。

スタッフさんに、人間ドールの人気ランキングの聞き込みもしている。

現在、登録されている人間ドールは15名(ドールハウスLに3ヶ月以上顔を出してない人含む)。

私はランキング10位らしい。大石様や加藤様の専属人間ドールになっていた為、他への露出の機会が少なかった事が原因だと思う。

ランキング1位になりたい。そうすれば私を指名してくれる人がいるはず。

今まではドールの専門誌の記者に対談を頼まれても断る事もあったけど、今は積極的に私の方から声をかけて、対談の仕事をもらっている。

「美沙さん、すごく変わったね。加藤様の家で何かあった?」

と、スタッフに声をかけられる事が増えた。

「私、人間ドールの仕事が天職だと気づいたの。だから、もっともっと頑張ろうと思ってる」

加藤様の家での事は話さず、明るく答える。

「そういえば、雪さん、最近見ないよね。美沙さん知ってる?」

スタッフの山路さんに聞かれて、「知らない」と答えた。

「辞めちゃったのかな。ラインしても既読にもならないし。なんか人間ドールの人って急にいなくなる人が多いよね。花音さんとか。やっぱり大変なのかな。美沙さんは急に辞めたりしないよね?」

最近、仲良くなった山路さんの言葉に動揺してしまった。

「……私は人間ドールの仕事が好きだから、ずっと頑張りたいと思ってるよ」

雪さんや花音さんがいない理由を言うわけにはいかない。花音さんは『永遠の人間ドール』にされてしまったとして、雪さんはどうしているのだろう?

ずっと怖くて考えないようにしていた。

「良かった! 美沙さん頑張ってくださいね」

「ありがとう」

また加藤様の家に連れて行かれたら、今度こそゲームに負けて、『永遠の人間ドール』にされるかもしれない、とは言えず、無難な返事しか出来ない。

山路さんなら秘密は守ってくれるだろうし、私が両親や友達に電話をかけたいと言えばスマホを貸してくれると思う。

だけど、そんな事をして、もし山路さんまで巻き込んでしまったらと思うと、やはり何も言えなかった。

今日で加藤様の家から帰ってきて5日が過ぎた。明日、明後日でお金持ちの顧客を探さないと、また加藤様の家に連れて行かれてしまう。

5日の間に、人間ドールとして呼ばれたのは2回だけ。それも、1時間という短い時間だけだった。人間ドールに興味があり、ちょっと見たいだけで、これからずっと通ってくれる感じではなかった。

もし、明後日までに顧客を捕まえる事が出来なかったら……、ここから逃げようか?

無理だとわかっている、でも、このまま抵抗もせずに加藤様の家に連れて行かれるのは嫌だ。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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