見出し画像

「人間ドール」第4話


「さあ、次は2回戦です。次は人間ドールとペアになるドールとの相性をゲームにしました。ドールの身体には人間ドールの髪の毛が入っています。2人は一心同体。人間ドールに触れる事なくドールを触ると、人間ドールの体温は上がるでしょうか?」

谷山さんがスクリーンの向こう側にいる視聴者に話しかけると、スクリーンの下方にコメントが流れる。

『上がるんじゃないか?』

『上がると面白い。ワクワクしてきた』

視聴者は、人間ドールをおもちゃだと思っているのだろうか? 悔しい。

私のドールの中に私の髪の毛が入っている? 私は自分のドールを買った時に髪の毛を送るなんてしていない。

じゃ、私のドールというのは?

谷山さんが3体のドールを箱の中から出した。このドールは私のドールじゃない。
谷山さんはドールを加藤様、中野様、大石様に渡していく。

このドールは加藤様が購入したドールだ。つまり、加藤様がドールの予約をした時に、ドールハウスLの誰かが、私の髪の毛を入れたドールを作ったということになる。

今思えば、大石様のドールは唯ちゃんの髪の毛を入れてあった? だから、あのドールが怖く感じたのかもしれない。
唯ちゃんは亡くなっているから、唯ちゃんの霊がドールに憑いたのはまだわかるけど、生きている私かドールに憑くはずがない。

一体何をさせようとしているの?

「アニ、君は大切なドールだ。心配しなくてもそんなに酷い事はしないよ。ただ、ドールが魂を持つことは大石君のドールが証明したと思うがね」

加藤様は大石様のドールの事を知っている。ということはあのドールを除霊した事も知っているはず。
加藤様が何を考えているのか全くわからない。

「2回戦は、体温が1番上がった人間ドールを勝者とします。
最初に、注射をして彼女たちを人間ドールにしますので、少しの間お待ち下さい」  

谷山さんの話が終わると、加藤様が私の腕に注射を打った。
顔しか動かせない私は「止めてください」と加藤様に懇願するだけで、抵抗する事も出来ない。

すぐに顔の自由も奪われていき、私は人間ドールになった。
雪さんも花音さんも同じだ。

雪さんはドレスをきちんと着せられ、いつの間にか手の震えは止まっていた。
ゲームに勝たないと、私は永遠の人間ドールにされてしまう。
どうしても勝たなければ!

「人間ドールが完成しました。では皆さま、賭けを始めてください」

谷山さんが視聴者に声をかける。

『私は雪だ』

『僕も雪にする』

『アニ、次は勝ってくれよ。私はアニに』

コメントがどんどん流れていく。

やはり1回戦で勝った雪さんに賭ける人は多いようだ。

全員のコメントが流れると、谷山さんが「では先に体温を測ってから、2回戦をスタートします」と宣言した。
体温計を持った男性が中に入ってきて、加藤様たちに体温計を渡していく。

身体を動かせないはずなのに、背筋が冷たくなっていく。体温が下がれば負ける。
だけど、どうすれば体温が上がるの?

そんな事を考えていると、加藤様が私の脇に体温計を差し込んだ。
5秒後体温計のブザーが鳴ると、体温を持ってきた男性が、加藤様から体温計を受け取った。

すぐに、スクリーンに私たちの体温が表示された。

私は35.9度、雪さんは36.1度、花音さんは36.3度だ。

人間ドールになっても、体温は平熱と変わらない事に驚いた。

「2回戦、スタート」

2回戦が始まると、加藤様が私のドールをごつい手で撫で始める。

ドールの中に髪の毛が入っているせいだろうか、加藤様がドールに触れたところと同じところを、私も触れられている様に感じる。

気持ち悪い。もし表情を動かすことが出来れば、私は間違いなく気持ち悪そうな顔をしていただろう。

止めて、吐き気がする。手をどけて。
頭の中で叫んでいると、加藤様が私には触れず耳元でいやらしい声で囁いた。

「アニ、感じるんだ。そうすれば体温は上がる』

人間ドールに直接触れるのは反則なのだろう。
感じろって、気持ち悪いとしか思えない。

加藤様がドールのドレスを脱がせ始めた。

いや、やめて!
ドールは精巧に作られているので、ドールは私そのものだ。

髪の毛が入っているせいかどうかはわからないけど、自分と同じドールに酷い事をされると、まるで自分がされている様な気になるのだと初めて知った。
この怒りや恥ずかしさ、悲しさで私の体温が上がっているのを感じる。

そうか、これが勝負なんだ。
1度でも体温を上げる為に、もっと怒れ、もっと恥ずかしがれ、と頭の中で自分に鼓舞する。

加藤様が下着姿になったドールの身体に触れようとした時、「ピー」とブザーが鳴った。

「時間です。今から体温を測かります」

谷山さんが指示すると、さっきの男性が加藤様たちに体温計を渡した。

「36.8分か。まあ、上がった方だな。アニ、良くやった」

こんなに上がるとは思わなかった。
1回戦といい、やはり人間ドールはただのドールではなくて感情に左右される。

スクリーンにアニ36.8、雪36.5、花音36.3と表示された。良かった、私が1位だ。
ホッとすると、体温が少し下がった気がする。

「2回戦はアニが勝ちました。とはいえ、人間ドールに触れていないのに、全員の体温が上がりましたね。人間ドールとドールの繋がりは面白いです」

谷山さんが話し終えると、コメント欄も『本当に不思議ですね』『面白い!』など、賑やかになる。

今までドールと人間ドールの関係なんて考えた事がなかったけど、ドールに触れられるだけで、まるで自分が触られている様に感じるなんて、本当に不思議だと思う。

だけど、この関係を悪用されたら……、もしドールの頭を取ったり、燃やしたりしたら、私たち人間ドールはどうなるのだろう?
考えるだけで、背筋が寒くなる。

そういえば、加藤様は何のためにこんなゲームをしているの? 
元々お金持ちなんだから、視聴者からお金を集めるのが目的だとは思えない。

「アニ、良かったな、1位だ」

加藤様が私の肩に手をかけて、ニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。
1位になれた事は本当に良かった。だけど、3人の人間ドールのうちの誰かが負ける。

加藤様は私が負けたら、永遠に人間ドールにすると言っていたけど、大石様や中野様も同じ事をするつもりなのだろうか?
永遠に人間ドールにするということは、殺人と同じなのに、加藤様は面白がっている。

狂ってる! 加藤様は異常者だ。
テレビで見た政治家としての加藤様は、迫力や威圧感があって怖い印象だったけど、異常者には見えなかったのに。

「ではまた20分の休憩の後、3回戦を始めます」

谷山さんは、加藤様の顔を見ながら話している。
この場を影で仕切っているのはやはり加藤様なのだ。
スクリーンが真っ白になると、これで20分間は恐怖を感じずにすむと、ほっとした。
すぐに私の腕に注射が打たれて、また頭だけ硬直が解かれた。

「アニ、次のゲームで1位を取って2勝すれば勝ちだ」

加藤様がじっと私の目を見ている。

「3回戦で終わりなのですか?」

「2勝すればゲームから抜けられる。残った2人が勝負をして、2位、3位を決めるのだ」

「勝ちたいです」

敗者は必ずいる。雪さんと花音さんには悪いけど、絶対に負けられない。

私は元々負けず嫌いじゃないし、友だちとのゲームではよく負けたけど、今回は命がかかっているから負けられない。

このゲームは感情が強い人が勝つゲームだ。
感情が強ければ強いほど、身体が反応する。
つまり、嫌がれば嫌がるほど勝てる。

それがわかれば、頭の中でさらに嫌な妄想をして、必死に抵抗すれば良いだけ。
実際のところ、加藤様たちはドレスを脱がしたり、身体に触ったりはするものの、それ以上の事をする気はないみたいだ。

それがわかっていれば安心だ。最悪のことを妄想したら良いだけ。
3回戦は必ず勝って、このゲームを抜けさせてもらう。そして、家に帰る!

ドールハウスLも辞める。このゲームのことを口外するなと言われれば絶対に言わない。

こんな命をかけたゲームをさせられて始めて気づいたのは、命さえあれば何でもできるということ。
ここを出たら、普通の生活を取り戻す。

加藤様が私の頭を撫でている。
今、加藤様に逆らって嫌われることはマイナスにしかならない。
加藤様に、私は決して裏切らないし、無害な人間であるとわかってもらう必要がある。

雪さんや花音さんが気になって、2人の方を見ると、雪さんは泣いているし、花音さんはずっと下を向いているだけ。
2人にはゲームに勝たなければいけないという強い意志がないように見える。
これなら勝てる。

「加藤様、私が勝てると思いますか?」

「もちろんだ。アニは美しいだけでなく、強い意思がある」

私が勝てば……、聞くのは怖いけど、確かめなければならない。

「加藤様、もし私が優勝したら、私を家に帰してもらえますよね?」

私が質問すると、加藤様は驚いた顔で私を見た。

「アニは家に帰りたいのか。わかった。約束しよう。1位になれば家に帰してやる」

加藤様がはっきりと言った。
これで約束は成立した。

私と加藤様の声が聞こえたのか、雪さんと花音さんからの視線を感じて、2人の方を向いた。

雪さんは泣き止んでいて、私を睨みつけている。
花音さんも、私の顔をじっと見ている。

しまった。1位になれば家に帰れることが2人にも伝わって、2人の闘争意欲に火をつけてしまったのだ。
2人は少し前まで無気力だったのに。

1勝もしていない花音さんは良いとして、3回戦で雪さんが勝てば、雪さんが2勝になり、雪さんの優勝が決まってしまう。
それだけは嫌だ。自分の言葉を後悔したものの、今は勝つしかない。

「雪や花音もやる気を出したようだ。これでゲームが面白くなる」

加藤様が私を見ながらニヤニヤしている。
加藤様はゲームに勝つことよりも、人間ドールが命がけで戦っている姿が見たいだけに違いない。

命をおもちゃのように弄ぶなんて、加藤様を許せないという思いが強くなる。
加藤様の家を出たら、いつか必ず加藤様に復讐をしてやる! 

「いよいよ3回戦が始まります。2勝すれば優勝となりますので、この3回戦で優勝者が出るかもしれません。楽しみですね。3回戦は2回戦とは逆のゲームで、人間ドールを虐めれば、ドールがどうなるか? というゲームになります。最初に何らかの反応を見せたドールが勝ちになります」

ドールの反応? それって、私次第でどうにかなる事じゃない。
せっかく1勝したのに、3回戦は運を天に任せなくてはいけないなんて。
どうしても勝たないといけないのに、悔しい!

私がショックを受けている間に、加藤様が私の腕に注射を打った。
しまった。注射を打たれる前に、加藤様に勝つためのヒントがあるか聞くべきだった。

加藤様は人間ドールとドールの関係に詳しいはず。少しでもヒントをもらえたら勝てる可能性が高まったのに。
もう顔も硬直して動かす事ができない。

考えろ、私!
どうしたら1番にドールに反応させる事が出来る?

「3回戦スタート!」

谷山さんが声を張り上げ、ゲームが始まった。早く考えないと、負けてしまう。
2回戦は、怒りや恥ずかしさに集中して、心の中で必死に抵抗したら体温が上がった。

もしかして、ドールに私の感情が伝わり反応をするなら、強い感情を伝えた方がいいはず。

「アニ、勝つためだ。我慢しなさい」

加藤様が私の耳元で囁き、私の足を触り始めた。
加藤様は何をするつもりなの? そう思った瞬間、足の指の裏にするどい痛みが走った。

痛い!

こんなに痛いのに、口を動かす事が出来ない。
痛い、痛い、加藤様は何をしたの?
加藤様を見ると、その手には針が握られている。

針を私の右足の人差し指の裏に突き刺したのだ。
見えるところに刺すと傷が残る。足の指の裏なら見えない。

それは私の人間ドールとしての価値が下がらないということ。
酷い、針を突き刺すなんてあんまりだ。
加藤様に怒りを感じていた時、いたっ! 左足の人差し指の裏に痛みが走る。

やめて! 痛い!
心の中で必死に叫んでいるのに、加藤様はその後も、順番に足の指に針を刺していく。

ぎやぁーー! もうやめて!
頭の中ですごい悲鳴をあげた時、「アニ様のドールの目から涙がこぼれました」と谷山さんがアナウンスした。

私、勝ったの?
指がジンジンと痛む中、自分のドールが泣いている姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。

ドールが泣いているのは、ドールに私の痛みが伝わっているから?
そんな事があるのだろうか?
信じられない気持ちで、ドールを見ていた。

「アニ、1位になったぞ。痛い思いをさせて悪かったな」

加藤様が嬉しそうな顔をしているのが悔しい。
だけど、1位になったんだよね? これで家に帰れる。良かった、本当に良かった。

「1位はアニです。20分後に4回戦を行います。雪が逃げ切るか、花音が1勝するか、皆さま楽しみにしていて下さい」

雪さんや花音さんには可哀想だけど、4回戦は私は出なくて良い事が嬉しい。
4回戦が始まる前の20分間、加藤様は上機嫌で私の手を握っている。

「加藤様、身体の硬直も解いてもらえますか?」

わざと甘えた声で加藤様に懇願した。

「身体の硬直は、ゲームが全て終わってから解いてやろう。アニは雪と花音、どちらが勝つと思う?」

すぐにでも解いてほしかったけど、今は逆らわない方が良い。

「雪さんの方が意思が強そうなので、雪さんが勝つと思います」

雪さんや花音さんに聞こえない様に小声で答えた。

「そうか。私もそう思う。ゲームの結果が楽しみだな」

加藤様が愉快そうに笑っている。

ゲームに負ける事は永遠に人間ドールにされる事を意味する。私は笑うことなんて出来ない。

「まもなく4回戦が始まります。4回戦はドールが痛い思いをした時の人間ドールの反応を見たいと思います。3回戦と同じ様に道具を使うことも、手を使うことも可能です。最初に反応した人間ドールを勝ちとします」

2回戦で、ドールの服を脱がされるのが恥ずかしくて体温が上がった。ドールに傷をつけられたら、きっとドールの痛みを自分の痛みと感じて、身体が反応するのだろう。

4回戦、大石様は手でドールの身体を握り、中野様はドールに針を刺している。
ドールに強い痛みを与えた方が人間ドールが早く反応する気がする。
どうして大石様は針を使わないのだろう?

「大石君は優しすぎる。3回戦でも道具を使っていない。そのせいで花音を追い込んでいるのがわからない。本当にバカだ」

加藤様が私の耳元でささやいた。
そうか、大石様はドールや人間ドールに痛い思いをさせたくないのだ。

だけど、負けたら終わり。
私は加藤様や中野様の方が正しいと思う。
大石様は道具を使わないばかりか、ドールを握るだけ。これでは花音さんは痛みを感じる事ができない。

それに比べて、中野様は躊躇ちゅうちょなく、ドールに針を刺していく。さすがに中野様がドールの頭に針を刺した時は、恐怖で目を閉じてしまった。

その時、「雪が泣きました。雪の勝ちです」と谷山さんが宣言した。
勝つためといえ、ドールの頭に針を刺すなんて……。中野様が怖い。

4回戦が終わり、雪さんが2勝して、雪さんの2位が決定した。
スクリーンには、喜びや悲しみ、怒りのコメントがたくさん流れている。

3位になった花音さんは、ボディガードの様な男たち2人に手押し車に乗せられ、連れて行かれてしまった。
花音さんを『永遠の人間ドール』になんてしないよね?

「花音さんはどうなるんですか?」

恐る恐る加藤様に聞いてみた。

「ゲームに負けた人間ドールは『永遠の人間ドール』としてコレクションになるのだ。花音も同じ。大石はまた次の人間ドールを購入するだろう」

「そんな! 花音さんには家族も友達もいるんですよ。花音さんを殺せばすぐにバレます。このゲームの存在が警察に知られれば、加藤様だって……」

つい感情に任せて自分の思いをぶちまけてしまった。途中でしまったと思い、加藤様の顔を見ると、私の顔を恐ろしい形相で見つめている。

「すみません。言い過ぎました」

焦って謝罪したものの、加藤様の表情が和らぐ事はない。

余計なことを言ってしまった。私まで『永遠の人間ドール』にされてしまうかもしれない。
加藤様の力を使えば、女性の1人や2人、この世から消すことは簡単に違いない。
どうしょう、このままでは私の身が危険だ。土下座でも何でもして許しを乞わなければ。

「加藤様、本当に申し訳ありませんでした」

加藤様が許してくれるまで謝罪を続けようと思い、頭を下げた。

「クククッ、アニ、口は災いの元だと知っておくべきだったな。謝れば私が許すとでも思ったのか」

加藤様が冷たい視線を私に向けた。

「もう2度と言いません。申し訳ございません。許して下さい」

加藤様が許してくれなければ、きっと私も花音さんと同じ運命を辿ると思い、土下座をした。
加藤様が許してくれるまで何時間でも、土下座を続けるつもりだった。

「やっとアニは自分の立場というものがわかったみたいだね。わたしに逆らえば、『永遠の人間ドール』にする。まあ、今日は土下座した精神に免じて許してやろう」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

目から涙が溢れ出した。
惨めだ。どうして私がこんな目にあわないといけないんだろう。 
だけど、とりあえず助かった。家に帰ったら、ここでの事は全て忘れよう。

新しい人生を歩むんだ!

そう決心すると、土下座くらい何でもないと思えた。
もう2度と加藤様には会わないんだから。

「加藤様、今日は楽しませていただき、ありがとうございました」

中野様が雪さんを連れて、加藤様のところにやって来た。

「中野くん、楽しんでもらえて良かったよ。また招待状を送るから、その時はよろしく。雪、よく頑張ったね」

加藤様が機嫌良く、中野様と雪さんに声をかけている。  

招待状?
またゲームをするつもり?
だけど、加藤様はゲームに勝てば家に帰してくれるって約束してくれた。

また新しい人間ドールを使ってゲームをするつもりなのだろうか?

「もちろんです。それまでに雪をもっと成長させておきます」

「そうしなさい。ゲームは緊迫感がある方が楽しいからな」

「はい。ではこれで失礼します。今日はありがとうございました」

中野様が加藤様に頭を下げて、雪さんと一緒に部屋を出て行った。

雪さんの目には涙が浮かんでいる。雪さんは解放してもらえないの?
私は解放してもらえるんだよね? だって約束したんだから。

「加藤様、家に帰ってもよろしいでしょうか?」

加藤様を怒らせない様に、土下座したまま加藤様に懇願した。

「はっ? ワシを怒らせておいて逃げようというのか?」

「加藤様は、私が1位になったら家に帰してくれると約束してくれました。ここでの事は絶対に口外しません。お願いします、家に帰して下さい」

頭を床につけながら、何度も頼む。
こんなゲームを繰り返していれば、いつかは負けて『永遠の人間ドール』になってしまう。
それだけは嫌だ。

「約束か、なるほど約束は守らなければいけないな。わかった。一度家に帰してやろう。ただし、1週間後、必ずここに戻ってくるんだ。わかったな!」

加藤様がきつい口調で私に命令をした。
「わかりました」と言って、頭を下げる。

ここから出られさえすれば、後は何とでもなるはず。
今だけは従順に振る舞おうと思った。

「今から伊藤さんと一緒に帰っても大丈夫ですか?」

「伊藤は帰すわけにはいかないな。あいつは人質だ」

「えっ?」

「アニが帰ってくるまで、伊藤はこの家で預かっておく。アニが逃げたりすれば伊藤がどうなるかわかるな?」

加藤様が、今にも伊藤さんを殺しそうな口調で言った。
伊藤さんを人質にとられるなんて。
ここから出られさえすれば、2度と人間ドールに関わらずにすむと思っていたのに。

頭の中で必死にどうすれば良いのかを考えているけど、正解がわからない。だけど、警察に相談すれば、きっと伊藤さんを助けてくれるよね?

「はい。わかっています。必ず帰ってきます」

ペラペラと嘘が口から出る。大丈夫、疑われてないはず。
加藤様の視線と目を合わせば、嘘を付いているのがバレそうで、視線を外し壁を見ながら答えた。

「よし。約束だ。約束を破れば、伊藤とアニの家族全員がどんな目に合うかわかるな?」

伊藤さんだけじゃなくて、私の家族まで?
 本当に私は加藤様から逃げる事が出来るの?
伊藤さんや家族を犠牲にするなんて絶対に出来ない。

「はい、わかっています」

声が震えてしまう。私はどうしたらいいの?

「よし。じゃ、1週間後、必ずここに帰ってこい。今から白井を呼んでやろう。白井と社長には私が満足していたと伝えなさい」

「わかりました。ありがとうございます」

私は、加藤様という巨大な蜘蛛が作った巣に囚われた、哀れな昆虫だ。
どんなに逃げようとしても、蜘蛛の巣からは逃げられない。
希望を徹底的にくじかれ、帰りたいという思いも薄れていく。

白井さんや社長だって、加藤様の味方に決まっている。

白井さんを呼んだのは、私を監視させる為だろう。
だけど、ここから出られさえすれば、ほんの少しでも逃げられる可能性がある。

ここにいる限り、絶望しかないのだ。頭の中で、どうしたら誰も犠牲にする事なく、人間ドールを辞められるか考えてみる。

やはり、警察に相談するのが1番だと思うけど、警察は私の言う事を信じてくれるだろうか?
相手はあの加藤様なのだ。

警察が証拠もなく動いてくれるはずがない。
証拠を見せればいい? だけど、スマホは返してはもらえないだろうし、このゲームが現実にあった事を証明する事なんて出来るはずがない。

もし、社長や白井さんが証言してくれたら?

「わかりました。よろしくお願いします」

社長は絶対に無理。社長は加藤様と一緒で私の敵だ。だけど、白井さんは社長よりは信用できる。白井さんなら私を助けてくれる?

やっぱり無理。白井さんは社長に逆らうことは出来ないだろう。
白井さんはある程度、ここで何が行われているのか想像がついている気がする。それでも、私をここに送り届けた。

私が殺される可能性があると知っていたはずなのに。
白井さんは私に同情はしても、私を助ける事は出来ない。
せめて、警察に一緒についてきて欲しいけど、それも難しいだろうか。

私がそんな事を考えていると、「アニ、白井が着いたぞ。じゃ、1週間後にまた会おう」

加藤様はそれだけ言うと、谷山さんと話し始めた。
私はこのまま帰っていいんだよね? 

谷山さんが地下室の扉の近くに置いてくれたスーツケースを持ち、逃げるように地下室から出ると、目の前に白井さんが立っていた。

「美沙さん、無事で良かったです。さあ、帰りましょう」

白井さんは心配そうな顔で私を見ている。

「はい。ドールハウスLに帰るんですよね?」

「もちろんです。社長も美沙さんを待っていますよ」

本当は、このまま警察署に連れて行って欲しい、
だけど、私が頼んでも無駄だろう。

それなら、今は白井さんに無理を言って、嫌な雰囲気になるより、素直にドールハウスLに戻った方が良いよね。

「わかりました」と返事をする。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門


いいなと思ったら応援しよう!