「人間ドール」第3話
「美沙さん、今日から1週間加藤様が美沙さんを家に連れて行きたいそうだ。申し訳ないけど、他の仕事は代わり人にやらせるから、美沙さんは1週間加藤様の家で過ごしてもらいたい」
「1週間って、注射の効き目は2時間か、3時間しかありませんよね? 注射が切れたらどうしたらいいんですか?」
注射の効き目が切れたら、人間ドールではなくなり、ただの美沙になってしまう。
「注射は1週間分を美沙さんに渡しておくよ。衣装やメイクの為に伊藤さんが君に同行する事になっている。加藤様は美沙さんの為にプライベートルームを準備してくれているそうだ。プライベートルームにいる間は人間ドールではなく自由に過ごせばいいから」
加藤様の家で1週間過ごす。不安もあるけど、家なら家族もいるし、伊藤さんも一緒にいてくれるから危険な事は起きないだろう。
それに、裏のドンの家を見てみたい気もする。
「わかりました」
「今から人間ドールになってもらいたい。いつもは田中さんと伊藤さんの2人で準備をしているけど、練習の為に今日は伊藤さん1人に任せる事にしたよ」
田中さんも伊藤さんも人間ドールを作る全ての資格を持っていると聞いた事がある。本当は1人でも大丈夫なのだろう。
田中さんは口が軽そうだから、一緒に行く相手は伊藤さんの方が良い。伊藤さんで良かった。
「伊藤さん、美沙さんを頼む。最高に綺麗に仕上げてくれ」
社長は内線で伊藤さんを社長室に呼び、上機嫌で伊藤さんに要望を伝えた。
「社長、お任せ下さい」
伊藤さんは感情をほとんど顔に出さずに社長に頭を下げる。
伊藤さんのビジネスライクなところは信頼出来て良いけど、友達になりたいタイプじゃないなと思う。
伊藤さんと一緒に更衣室に移動した。
いつもはコルセット、ペチコート、パニエを着けた後、ロココ調のドレスを着ていたけど、今日は車で移動する為か身体にピッタリとした真っ赤なドレスを着る様だ。
このドレスなら、伊藤さん1人でも楽に着せる事が出来る。
化粧も今までのフランス人形風ではなく、現代のドール風になっていた。
お客様の要望に応じた人間ドールを作る事が出来る伊藤さんを尊敬する。
「完成しました。美沙さん、今日から1週間よろしくね」
「私こそ。伊藤さんが一緒だから安心してるよ」
笑顔で答えると、伊藤さんの顔が少し和らいだ様に見えた。
伊藤さんが、私の準備が出来た事を社長に伝えると、社長と白井さんがやって来た。
私と伊藤さんは南館の入口に停められているベンツに案内された。
私たちがベンツに乗り込むと、社長が「美沙さん、頑張ってくるんだよ。白井、加藤様の家までよろしく頼む」と私達に声をかけた。
「わかりました」
社長に返事をしている白井さんの顔が青ざめている気がするけど、白井さん体調が悪いのかな?
ちょっと気になるけど、それより加藤様の家に興味が移り、伊藤さんと加藤様の家の事で盛り上がった。
「着きました。私は加藤様を呼びに行ってきますので、ここで待っていて下さい」
白井さんに言われて、わたし達は「わかりました」と頷く。
「申し訳ありません」と白井さんが悲しそうな顔でボソッと言った。
「何がですか?」
意味が分からず聞いた時、白井さんは既に加藤様の家に向かって歩き出していた。
「申し訳ありません、って白井さんは何を謝ったのかな?」
「私にもわからないです」
伊藤さんも首を捻っている。
これ以上考えても仕方がないかな、と白井さんの言葉は気にしない事にした。
白井さんはすぐに戻ってきて、「伊藤さん、君は今からお手伝いさんに家の中を案内してもらって」と言って、白井さんの隣に立っているお手伝いさんに伊藤さんを紹介した。
伊藤さんとお手伝いさんが行ってしまうと、なんだか不安になり、白井さんに「さっきの申し訳ありませんって何の事ですか?」と聞いてみた。
「特に意味はないです。すみません。さあ、行きましょう」
これ以上聞かれるのが嫌なのか、白井さんはさっさと歩いて行くので、私も追いつこうと早足で歩く。
白井さんは加藤様の家の正面玄関ではない方に歩いて行く。
「ここになります」
白井さんが裏口のインターホンを押すと、まるでボディガ-ドの様な屈強な男性が出て来た。
「加藤様よりお聞きしております。アニ様、ご案内致しますのでこちらにどうぞ」
白井さんと私が靴を脱ごうとすると、その男性が「白井さんはここでお帰り下さい」と有無を言わせない口調で言う。
白井さんは困った顔をしたものの、逆らう事は出来ないと感じたのか「わかりました。美沙さん、頑張って下さい」と言って、帰ってしまった。
1人になって不安を感じているけど、逃げる事も出来ず、男性の後について行く。
「ここです」
男性に案内されたのは、20畳はありそうな地下室だった。
私と男性以外誰もいない。
「あの、私は加藤様の人間ドールとしてここに来たのですが、どうして地下室に?」
男性が行ってしまえば、私はこの広い地下室に一人きりになる。怖くて聞いた。
「ご主人様は人間ドールに飽きたそうです。そこで余興の為に、ここに人間ドールを集めてゲームをすると聞いています」
男性の冷たい言葉に背筋が冷たくなる。
「飽きたなんて……、ゲームって……一体何……」
恐怖で言葉が上手く出ない。
「時間がきたら説明しますよ。このスーツケースは預かります」
スーツケースの中にはスマホに着替えや化粧品、人間ドールになる為の注射器が入っている。
注射器を打たれたら、私の意志に関係なく人間ドールにされてしまう。
「嫌です」
男性からスーツケースを奪い返そうとしたけど、私の力では全く敵わない。
スーツケースは奪われた。
ここから逃げようと入口の方を見ると、男性が私の腕を掴み、スーツケースから注射器を出して、私の腕に打つ。
すぐに身体が動かなくなり、私は立ったまま固まってしまった。
「アニ、ようこそ。我が家に」
ドアが開いて、加藤様と中野様、大石様が入ってきた。
中野様はともかく、どうして大石様まで? 何が何だかわからなくて混乱していると、加藤様が私を見てニヤリとした。
「これで花音、アニ、雪が揃った。大石君、君のおかげで楽しいゲームが出来そうだよ」
加藤様が満足そうに大石様に声をかける。
ゲームって? 花音さんは私の前に大石様の担当をしていた人間ドールだったはず。
体調が悪くなってドールハウスLには来なくなったって聞いていたけど、まさか加藤様の家にいるなんて。
「谷山、花音と雪の準備が出来ているなら、すぐに連れてこい」
あの人は谷山さんというのか。
加藤様が谷山さんに指示をすると、谷山さんはすぐに部屋から出て行った。
ここに中野様がいるって事は、雪さんは中野様担当の人間ドールだよね?加藤様は人間ドールを3人集めて何をするつもりなの?
ゲームっていっても、私たちは人間ドールだから動けない。ゲームなんて出来るはずがない。
花音さんと雪さんが来るまでの時間がとても長く感じた。
早く加藤様に説明してもらいたい。そして、そのゲームが終わったら、すぐに帰らせて欲しい。
加藤様の家に興味があったけど、今はこの場所から逃げたいとしか思えない。
「花音と雪を連れてきました」
谷山さんが高級そうな手押し車に、立ったまま固まっている2人の人間ドールを入れて、部屋の中に入ってきた。
「雪、花音、今日も美しいね」
加藤様が花音さんと雪さんに気持ち悪い笑顔で話しかける。
花音さんも雪さんも実際に会った事はないけど、人間ドールの写真集を見た事があるから顔は知っている。
2人とも人気のあるモデルだったはず。
花音さんも雪さんも既に注射を打たれているので、動く事が出来ない。
「アニは加藤様、雪は中野様、花音は私、ゲームの勝者が300万円を受け取れるという事でよろしいでしょうか?」
大石様が加藤様に、ゲームの勝者の特典について確認している。
「ゲームの様子は、私が声をかけた人間ドール愛好家達も見ることが出来る。全員から視聴権として30万円を集めたから、そのお金は勝者のものになる」
「まだ人間ドールを知ったばかりの私も参加させて頂いて嬉しく思います。参加するからには勝ちたいですね」
中野さんは手押し車の中にいる雪を見ながら微笑んだ。
ゲームって一体何なの?
頭の中はその事ばかりだ。
「アニ、不安そうな顔をしているね。なあに心配はいらない。アニなら耐えられるよ」
加藤様は笑顔で言うけど、目は笑っていない。
耐えられるってどういう事? 耐えなければいけない様なゲームなんて考えられない。
身体が動けば、すぐにでもここから逃げたい。だけど注射を打たれた今、視線を動かすことさえ出来ない。
「ご主人様、カメラのセットが完了しました。今から視聴者の皆様に掛け金を決めていただきます」
「谷山、任せたぞ」
加藤様が谷山さんに了承を伝えると、地下室の前方に大型スクリーンが降りてきた。
大石様が花音を、中野様が雪を手押し車から出している時、地下室にカメラマンが入って来た。
いかにも軟弱そうな男性で、この人に助けを求めても無理だろうと感じる。カメラマンは私、花音、雪を順番に撮影していく。その様子は同時に巨大スクリーンに映された。
加藤様は、視線を動かす事が出来ない私たち人間ドールにもスクリーンが見れるように、私たちの立ち位置を考えている様だ。
『花音に20万!』
『アニに10万!』
スクリーンの下方にコメントが流れている。
視聴者は視聴するのに30万円、賭けの為に10万〜20万円を簡単に出す事が出来る人たちなのだろう。
身体の自由を奪った人間ドールにゲームをさせて、それにお金を賭ける。
人道的に、なんて酷い事をしているんだとは思わないのか?
怒りと恐怖で頭がおかしくなりそう。注射の効き目は2時間。2時間の辛抱だ。
身体が動く様になったら、花音さんと雪さんと一緒に、ここから逃げなくては。
訳の分からないゲームの駒にされてたまるか!
『私の推しはアニだ』
『花音尊い!』
『人間ドール最高!』
コメントはずっと流れ続けている。この人たちは私たちをおもちゃだと思っているのだろう。
『では準備が整ったところで人間ドールによる一番目のゲームスタートです。動く事が出来ないはずの人間ドールは羞恥心にどこまで耐える事が出来るのでしょうか? 最初に身体の一部が動いた人間ドールを1位にします」
谷山さんが宣言した。
いつの間にか、加藤様、大石様、中野様は顔に仮面をつけて、加藤様が私の前、大石様が花音の前、中野様が雪の前に立っている。
加藤様は金色の仮面にダイヤモンドが散りばめられていてギラギラした印象。大石様は真っ黒の仮面の周囲に真珠がつけられている。中野様は青色に光る仮面をつけていた。
羞恥心って……、何をされるのか考えるだけ身体が震える。
注射の効き目が切れる時間は決まっているはず。それなのに、最初に動いた人が勝ちっておかしい。
頭の中が混乱しながら、そんな事を考えていた時、加藤様が私のドレスに手をかけた。
えっ、嫌、止めて……
心の中では必死に叫んでいるのに、身体はおろか口さえ動かす事が出来ない。
加藤が私の口にキスをする。目を瞑る事が出来ないので、近づいてくる加藤様を凝視していた。
加藤様は私とキスをしながら、ドレスを脱がそうとしている。
やめてーー!
私の声は届かない。加藤様が肩に掛かっている紐を外した。
紐を外したくらいではドレスは身体にピッタリとフィットしているので落ちない。
だけど、加藤様だけでなく、沢山の視聴者の目の前でこの行為がされている事に頭の中がパニックになる。
まだ注射を打ってから1時間くらいしか過ぎていない。注射の効き目が切れるまで後1時間もある。
このまま加藤様に乱暴されてしまうのだろうか。
そんなの絶対に嫌なのに、その意思を伝える術がない。
加藤様が私のドレスに手をかけ下に引っ張ると、真っ赤なドレスは身体から外れ、下に落ちていく。
私の身体には下着が残っているだけ。
止めて、止めて、何でもするから止めて!
頭の中で叫び続けていると、中野様の「雪が動きました」と言う声が聞こえた。
雪さんはどうなっているの?
雪さんがどうして動けたのか知りたいのに、視線を動かせないので、雪さんを見る事が出来ない。
「くそっ、中野に負けてしまった。アニ、負ければ永遠に人間に戻れないぞ」
加藤様は、床に落ちたドレスを引き上げて、紐を肩にかけると、私の耳元で呟いた。
永遠に人間に戻れないって、ゲームに負けたら私を殺すってこと?
動けないから頑張る事なんて出来ないのに、殺されるなんて……。
どうして雪さんは動けたの?
私は頭の中で必死に叫んでいたのに、視線すら動かす事が出来なかった。
私が雪さんの事を気にしているのに気づいたのか、加藤様が私の身体を雪さんの方に向ける。
雪さんは下着だけの状態で、右手の指がピクピクと動いている。
でも、雪さんの表情は固まったまま。指だけ注射の効果が切れるなんて驚いた。
「1回戦は中野様の勝ちですね。中野様おめでとうございます。ここで少し休憩を入れます。2回戦は20分後に開始しますので、皆さま、時間になったらお越しください」
谷山さんの話が終わると、スクリーンが真っ暗になった。
「人間ドールの皆さん、今から顔の緊張のみ解ける注射をします。2回戦が始まるまで少し休んでください」
谷山さんはそう言うと、手際よく雪さん、私、花音さんの順番で肩に注射を打っていった。
すると、すぐに視線が動かせる様になり、口も開くようになった。
「加藤様、このゲームは一体何なんですか! 顔の緊張を解ける注射をどうして谷山さんが持っているのですか!」
怒りで早口になる。
「服を着せてください」
隣では雪さんが中野様に懇願していて、花音さんは泣いている。
「ふふふっ。まだアニには何も話していなかったね。ドールハウスLは私の指示で石川君に作らせたものなんだよ」
「……」
加藤様の指示で作らせた? 意味が分からず頭の中が混乱している。
「人間ドールは私の子供の頃からの夢だったんだ。私は姉が3人いるせいか、小さい時から人形遊びが好きでね、すぐに高級なドールを使う様になった。ドールで遊んでいるうちに、人間のドールが欲しいと思うようになったんだよ」
加藤様は、小さい頃からの夢を叶えるために、石川社長にドールハウスLを作らせたの?
「2年前に、やっと念願だった人間ドールを作る注射が完成して、君たち人間ドールを作ることができたんだ」
注射の開発も加藤様の指示だった。自分の夢のために、ここまでするなんて怖すぎる。
「アニは人間ドールの中でも最高傑作だよ。アニを見つけてくれた石川くんに感謝しないとね。でも、私は飽き性で人間ドールを鑑賞しているだけでは飽きてしまうんだよ。だから、こうやって人間ドールでゲームをすることを楽しんでいる」
「次のゲームはどんなゲームなんですか?」
加藤様に逆らえば殺されるかもしれない。まずはゲームの内容を知って対策を立てる方が良いと思った。
顔の緊張のみ解く注射があるということは、ゲームの間は身体の緊張を解かれることはないだろう。
つまり、私たちは逃げることはできない。それなら、ゲームに勝つしかないのだ。
「ふふふっ。それを言ったら面白くないだろ。私は命がけでゲームをする人間ドールを楽しみたいのだから」
「命がけって、負けたら本当に私を殺すの?」
震える声で必死に聞いた。
「殺すというのは正解じゃない。永遠に人間ドールとなって、私のプライベートルームに飾られるのだ」
永遠に人間ドールって、ずっと注射を打ち続けるということ?
加藤様の家から出られなかったら、私が人間ドールのまま閉じ込められているなんて、家族でさえ気づかない。
だけど、ドールハウスLの社長はともかく、白井さんや伊藤さんは私がここにいる事を知っている。
伊藤さんは私がゲームに負けたら、ドールハウスLに帰されるはず。
白井さんは、加藤様と社長の関係を知っている様だった。
何かあっても、きっと2人が警察に連絡して助けてくれると信じよう。
「まだ指の動きが止らないです」
雪さんが、中野さんに話しているのが聞こえてくる。
「本当だね。大丈夫。次のゲームには関係ないから」
中野様は雪さんの事を、たいして心配していないようだ。
中野様の言い方だと、次のゲームは身体の1部でも動いたら勝ちというゲームではない事になる。
「アニは次のゲームが気になるんだろ? もうすぐ始まるから楽しみにしておきなさい」
加藤様が私の顔を見ながらニヤニヤしている。
ここから出るには絶対に勝たないといけない。
勝てば必ずチャンスはくる。
雪さんには、絶対に勝ちたいという強い意志はみられない。
花音さんの気が弱っているのは、様子を見ただけでわかる。
この2人になら勝つチャンスは必ずあると思う。
20分が過ぎた時、谷山さんがやって来た。
