ちょっとむずかしい、欧州サッカークイズ!(10問)
サッカーファンの方やサッカーに興味のある方にむけて、ちょっとむずかしいサッカークイズを作成しました!ぜひ解いてみてください。
ページ下部に解答と解説もあります。
Q1. 2015/16シーズンには、レスター・シティFCをクラブ史上初のプレミアリーグ優勝に導いたサッカー監督は誰?
Q2. PSVアイントホーフェンの「P」とは医療用電子機器などを扱う電気メーカーのイニシャルですが、その企業の名称は何?
Q3. バスク州ビスカヤ県の名門アスレティック・クルブのホームスタジアムの名称は何?
Q4. アルネ・スロット監督率いるフェイエノールトに勝利し、2022年にヨーロッパカンファレンスリーグの初代王者となったクラブはどこ?
Q5. セルティックFCとレンジャーズFCによるスコットランドの名門クラブ同士のダービーを、一般に何と呼ぶ?
Q6. エスタディオ・ダ・ルスで行われたユーロ2004決勝で、ルイス・フィーゴ擁するポルトガル代表に勝利したのはどこの国の代表?
Q7. ズラタン・イブラヒモビッチが2001年にアヤックスへ移籍するまで在籍した、スウェーデンの名門クラブはどこ?
Q8. エクトル・クーペル監督に率いられ、2000年にはレアル・マドリード、2001年にはFCバイエルン・ミュンヘンとチャンピオンズリーグ決勝で対戦したクラブはどこ?
Q9. 1993年はオリンピック・マルセイユ、1994年はACミランの選手としてチャンピオンズリーグ優勝を成し遂げ、1998年には自国開催のワールドカップで優勝したフランス代表のメンバーだった人物は誰?
Q10. フェリックス・マガトの決勝ゴールでユヴェントスFCに勝利し、1983年にビッグイヤーを獲得したことやヴェルダー・ブレーメンとの「ノルト・ダービー」で知られるクラブはどこ?
以下解答です。
解答
Q1. クラウディオ・ラニエリ
2015/16シーズンにレスター・シティFCをリーグ優勝に導いた監督といえば、クラウディオ・ラニエリです。当時、全くの無名に等しかったエンゴロ・カンテやリヤド・マフレズ、ジェイミー・ヴァーディなどが主力だったクラブを優勝に導いたことはサッカー史上に残る伝説でしょう。
選手たちとピザ作りをしたり、「ディリディン、 ディリドン♪」というフレーズを使って選手たちへのプレッシャーを取り除くなど、巧みなマネージメントで知られた同監督。ローマ出身のイタリア人監督ながら、戦術よりも人身掌握に優れる点に彼の魅力が詰まっているように思います。
Q2. フィリップス
PSVアイントホーフェンの正式名称は、Philips Sport Vereniging(フィリップス・シュポルト・フレーネリン)。つまりPSVの「P」が指す企業は、フィリップスです。フィリップスは、オランダのアムステルダムに本社を置く、いわずと知れた世界的企業。日本でも髭剃りのCMなどで有名です。
PSVは1913年にフィリップスの社員用のサッカーチームとして創設されました。クラブのホームスタジアム名がフィリップス・シュタディオンであることを知っている人からすれば、簡単なクイズですね!
Q3. サン・マメス
バスク州屈指の名門クラブ、アスレティック・クルブのホームスタジアムはサン・マメスです。
Q4. ASローマ
2022年、アルバニアの首都ティラナに位置するアレーナ・コンベタレで行われた試合で、フェイエノールト・ロッテルダムに勝利したクラブはASローマです。
名将ジョゼ・モウリーニョに率いられ、安定した守備を持ち味とするローマの決勝点を挙げたのはニコロ・ザニオーロ。フェイエノールトもフース・ティルやオルクン・コクチュ擁する優れたチームでしたが、ローマの牙城を崩せず、1-0で敗れました。
Q5. オールドファーム
セルティックFCとレンジャーズFCの、いわずと知れたダービーマッチの名称といえば、オールドファームです。
Q6. ギリシャ
2004年のユーロ決勝で開催国ポルトガルの代表チームに勝利したのは、ギリシャ代表です。ドイツの名将オットー・レーハーゲルに率いられた同代表は、キャプテンのテオドロス・ザゴラキスを中心に強固な守備を形成し、大会で躍進。決勝ではアンゲロス・カリステアスの得点を守りきり、勝利しました。
当時のポルトガル代表は史上最強といっても過言ではない陣容でした。2000年のバロンドール受賞者であるルイス・フィーゴ、新星クリスティアーノ・ロナウド、同年にチャンピオンズリーグで優勝したFCポルトのメンバーであるデコやリカルド・カルヴァーリョなどがプレーしたためです。下馬評を覆してのギリシャ代表の勝利は、当時大きな話題となりました。
Q7. マルメFF
ズラタン・イブラヒモビッチが1999年のプロデビューから2001年にアヤックス・アムステルダムへ移籍するまで在籍したスウェーデンの名門クラブといえば、マルメFFです。1910年に創設された歴史あるクラブであるマルメは国内では屈指の強豪として知られ、1979年にはチャンピオンズリーグの前身であるヨーロピアンカップ決勝でノッティンガム・フォレストと対戦しました。
Q8. バレンシアCF
2000年と2001年にチャンピオンズリーグ決勝に進出し、レアル・マドリード、FCバイエルン・ミュンヘンと対戦したクラブはバレンシアCFです。守護神のサンティアゴ・カニサレスを中心としたソリッドな守備、キリー・ゴンザレスとガイスカ・メンディエタの両ワイドを中心とした攻撃を武器としたバレンシアは強く、2000年はFCバルセロナ、2001年はリーズ・ユナイテッドを準決勝で破り、決勝に進出しました。
しかし2000年はラウール・ゴンサレスなど圧倒的な個人能力を誇るレアル・マドリードに3-0の惨敗。オリヴァー・カーン擁するバイエルンと対戦した2001年はメンディエタがPKを決めて先制するも追いつかれ、PK戦の末に敗北しました。
Q9. マルセル・デサイー
1993年と1994年のチャンピオンズリーグ決勝で勝利した唯一の選手であり、ワールドカップ優勝を果たしたフランス代表選手でもある人物といえば、マルセル・デサイーです。デサイーは屈強な肉体、相手フォワードに走り負けないスプリント能力、中盤でもプレーできる足元の技術と推進力を兼ね備えた、まさしく完全無欠なディフェンダーでした。
ガーナ出身である彼はFCナントのユースから昇格してプロデビュー。1992年にはレイモン・ゲタルス監督率いるオリンピック・マルセイユに加入し、ディフェンダーとしてチャンピオンズリーグ優勝に貢献しました。翌1993年には決勝の対戦相手であったACミランへ移籍。ファビオ・カペッロ監督率いるチームでは中盤として起用され、チャンピオンズリーグ決勝ではFCバルセロナ相手に得点するなど活躍しています。
1998年には、自国開催のワールドカップを戦うフランス代表のメンバーに選出され、優勝に貢献。デサイー自身はカフーへのファウルもあり、決勝でレッドカードを受けています。同年にはチェルシーFCへ移籍し、モウリーニョが監督に就任する2004年まで主力として活躍しました。
Q10. ハンブルガーSV
1983年にビッグイヤーを獲得したことやヴェルダー・ブレーメンとのダービーで知られるクラブはハンブルガーSVです。1970年代末期から1980年代前半にかけて黄金期を築いたハンブルクでは、ケヴィン・キーガンなどの名手がプレーしました。なかでもエルンスト・ハッペル監督が率いた1982/83シーズンのチームは伝説的なチームとして知られ、GKのウリ・スタインや右SBのマンフレッド・カルツ、ストライカーのホルスト・ルベッシュなどが活躍しました。
決勝の対戦相手はジョバンニ・トラパットーニ監督率いるユヴェントスFC。ミッシェル・プラティニやズビグ二エフ・ボ二エク擁する強烈な対戦相手に勝利して獲得したビッグイヤーでした。ドイツ北部では群を抜いた実力を誇るブレーメンとハンブルクとの一戦が特別視されることは、非常に有名です。
以上でクイズは終了となります!
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