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【未来へつながる希望】暁にみた夢/番外編vol.8

父が突然亡くなってからの時間の流れに、私は置き去りにされていた。自分自身が生きているのかさえ分からないような感覚に陥っていた。

心折れて眠りにつくと、なぜか同じ夢ばかり見てしまう。あの植物を栽培している大きなドームで、男性と一緒に仕事をしている夢。
言葉を交わさなくても、お互い信頼し合い、未来へ希望を感じている夢。

目が覚めると、不思議と安心感に浸っている。
今の自分に必要な生きる勇気と希望を、夢からもらっているかのようだ。

それでも、ひとりで過ごす時間は長く耐えがたい。
役所関係の色々な書類作成は、お金さえ払えば専門家が引き受けてくれる。
けれども父の人生の締めくくりは、娘の私が丁寧にやりたいと思った。
家で介護を出来なかった代わりに、私が父のために最後に出来ることはこれぐらいしかないから。

これまで父の書斎に勝手に入ったことはなかった。引き出しを開ける手が少し緊張する。
本人の承諾を得ることも叶わない今、手続きに必要なものを揃えるためには致し方ないだろう。

使い込んだ書棚の一角に、手垢の付いた古いノートがずらりと並んでいる。何かの記録だろうか。
一番端にある一冊を取り出す。

表紙に「美織」とだけ書かれている。
みおり 私のこと?
日記か…。

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『6月3日 美織、誕生おめでとう。やっと会えたね。母子ともに無事で何より』
パラパラとページをめくると、日付とともにずらっと文章が並んでいる。ほぼ毎日書かれている。

『7月10日 退院してからずっと夜泣きを頑張っている。美織ちゃん、お母さんをあまり困らせないでおくれ』

ミルクを何回飲んだとか、機嫌がどうだとか。
とにかく細かい。
お父さんったら、几帳面すぎ。

『美織の最初の言葉は「ぱぱ」ではなく「あぱ」
残念! パパって言って欲しかった。
どうやら葉っぱと言いたかったらしい。
珍しいんじゃないか。もしかして美織は天才か』
いや、親ばか全開でしょう…。
次々ノートを引っ張り出し、ページをめくる。

『美織は、宇宙船に乗って地球にやって来たと言う。しかも「お父さんと一緒に来た」と言うではないか。
妙にリアルで、日を変えて色々と質問しても返ってくる答えはいつも同じ。
明確なイメージが頭の中にあるようだ』

子どもの頃の私、こんな話をしていたの?
あの夢は本当だってこと?

『美織の宇宙船の話を聞いていると、不思議と胸の奥深くから懐かしさが湧き上がってくる。
自分の子どもなのに仲間という感覚になる。
そして、未来への希望を強く感じさせてくれる』

私も今、同じ気持ちだよ。
未来への希望か。


ノートから目を上げると、日記が並ぶ隣に色あせた布製のアルバムが目に留まった。
無造作に表紙を開けると、そこには学生服を着た男性がこちらに向かって笑みを浮かべていた。

「えっ、この人…」
何度も夢に出てきた。
いつも私の隣を歩いているひと。
でもこの写真は、学生時代のお父さん。

どういう事かよく分からないけど、お父さんとは、よほどの縁があって親子になったということなのかな。

こんなに丁寧に日記を書き続けてくれて。
私のこと、ずっと気にかけてくれてたんだよね。

それは、遠い、遠い昔からということ?
今も、ずぅと側にいてくれてるし。

そっか。私、頼りなさ過ぎるから。
心配かけてばかりいたし。

うん。でも、これからは頑張るよ。
私…、きっと大丈夫だよ。

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リビングに戻ると、誰も見ていないTVがずっと喋りつづけている。
世界各地の自然災害。頻発する大地震。エネルギー問題。経済格差。凶悪犯罪。アナウンサーの伝えるニュースは気の滅入るものばかり。

けれども、ひとたび大規模な災害が起きると、世界中から救助隊が現地に向かい、懸命な救助活動の映像が映し出される。
気付くと、祈るような気持ちの自分がいる。
会ったこともない、名前も知らない人たちの無事を真剣に祈っている。
もし仮に亡くなられていたとしても、家族の元に帰れますように。

どうしてだろう、涙が止まらない。
大切な人との別れは、少しでも心穏やかに過ごせたらと、ただそう思うから。

父の葬儀の時、斎場の担当者は年配の女性だった。物腰がやわらかで、泣きはらしていた私の心を包み込むような優しさがあった。
ありきたりの事務的な物言いは一切せず、穏やかに話してくれた。

「お父様は、10年前に奥様が亡くなられた時、心の準備もままならず取り乱してしまい、最期のお別れに後悔が残ったと伺いました。だから、ご自分にもしもの事があったら、おひとりになるお嬢様が大変な思いをされないようにと、ご葬儀のことは全てご自身であらかじめご準備されておいででした」

そう。父は用意周到だった。
葬儀だけではない。通帳も、印鑑も、スマホの暗証番号も、何もかも。全て机の引き出しにきっちりまとめて置かれていた。
そのおかげで、残された私は何一つ混乱することはなかった。

自分よりも人のことを思いやって、物事に備えるひとだった。
それに、いい加減なことは許さない厳しさもあった。自分に対してだけでなく、人に対しても。
だから私は、いつも怒られてばかりだった。

…いいえ、そうじゃない。

私の未熟な所をもっとこうした方がいいよと教えてくれていたんだ。
もし私が甘やかされて育っていたら、今ごろは、ただ泣き崩れて、道を見失っていたに違いない。

気づかない間に、私は大切なことをたくさん父から受け継いでいたのかもしれない。

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慌ただしく時間は過ぎていった。
四十九日を滞りなく終えた翌朝もいつもどおり、リビングに行く。

ところが、今日は様子が一変していた。
今までずっと、そこに父がいると感じていたソファの一角に誰もいない。

部屋は、からっぽになっていた。

そ、そっか。
お父さん、とうとう天国に帰っていったんだね。

思わず窓を開けた。
外のさわやかな空気が髪をゆらす。
ふぅ、と息をはいてから、胸いっぱいに吸う。
久しぶりに見上げる広々とした青空。
ああ、私はこうして生きている。
それを実感するだけで心が満たされていく。

思いの中で、父に話しかける。
「お父さん、今までありがとう。そっちでお母さんにはもう会えたのかな。いつか私もそちらに行きます。でも、それまでの間、私はこちらの世界で精一杯生きていきます。どうか見守っていてください」

父と私の中に確かに感じた、未来への希望を忘れずにいよう。そして、いつの日か私の大切な人に希望の種を手渡していこう。

次に生まれる時は、親子ではなくてもう一度仲間として、力を合わせて生きていく人生に挑戦してみたい。

この思いは、きっと父に届いている。
姿は見えなくても、私の心はそれを知っている。

fin

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