[書評] フロイトにささぐ
H. D.『フロイトにささぐ』(みすず書房、1983)

フロイトに精神分析を受けた H. D. の回想
米国の詩人 H. D.(1886–1961)がフロイト(1856–1939)の精神分析を受けた時の回想録。当時、H. D. は47歳、フロイトは77歳だった。H. D. がフロイトの分析を受けたのは1933-34年のウィーンである。
本書は1944年に書かれた「壁の文字」と、1933年のノートから直接取った「降臨」(まとめるのは1948年までかかった)とを収める(「壁の文字」は1933年のノートを参照せずに書かれた)。
加えて、H. D. 宛フロイトの手紙のうち九通を掲載する。手紙の期間は1932年から1937年にわたる。
さらに、ノーマン・ホウムズ・ピアスンの「はしがき」が附く。この「はしがき」は H. D. 宛エズラ・パウンドの未刊の手紙(1954年)という非常に貴重な資料を引用しており、同手紙は本書以外ではおそらく読めない。
この手紙のパウンドの姿勢のため、パウンドと H. D. との友情は冷えたのだが、パウンド研究者にとっては大いに関心があるものと思うので、引用しておく。
「僕には誰の鼻でも代わりにかんでやるというわけにはいかない/君のいかがわしいフロイトは全くでたらめだと思っている/が馬鹿なクリスチャン共は優れた作家たちを全部葬り去り/……ダンテの残した読書リストを固守せずにだ/……君は間違って豚小屋に入り込んだよ。でも這い出るには遅すぎないよ。」(11頁)
この手紙部分を原著 'Tribute to Freud' (New Directions, 1984) から引用する。
“I can’t blow everybodies’ noses for ’em,” he wrote. “Have felt yr / vile Freud all bunk / but the silly Xristers bury all their good authors / . . . instead of sticking to reading list left by Dante / . . . You got into the wrong pig stye, ma chère. But not too late to climb out.”
このようにパウンドにはフロイトのことを酷評されたのだが、本書には H. D. がパウンドの洞察を評価することばが記されている。
〈この絵の解釈を助けてくれたのはエズラ・パウンドだったことを、ずっと後になって思うのは妙な話だ。(中略)アスクレピオスすなわち「完璧な医師」という観念を初めて私に示したのは、彼であった。〉(83-84頁)
その原文。
It is odd to think, at this very late date, that it was Ezra Pound who helped me interpret this picture. . . . it was he who first gave me the idea of Asklepios, the “blameless physician”
パウンドが未来を予見したこの30年前の言葉を、H. D. はそのまま本書の「壁の文字」の献辞に用いている。
完璧な医師
ジークムント・フロイトに
TO SIGMUND FREUD
blameless physician
フロイトへのパウンドの評価は自分とは反対だったが、H. D. の未来を正確に予見したパウンドの言葉はそれ以外にない言葉として H. D. の中に銘記されたのだ。
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上に引いた〈この絵〉(this picture)の謎は今に至るまで解かれていないように見えるので、どんなものか、一応記しておこう。
〈次のことは十八歳か九歳のときであったに違いない。(中略)眠る前か目覚めたとたんかに、私の眼の前にどっしりした形のものが現れていて、明るい雲のような絵でもぼんやりした幻想でもなく、祭壇の形をした石のかたまりであって、石に大まかな印がついて二つに分かれていた。(中略)その一方には粗彫りの蛇があり、よくあるようにとぐろを巻いて頭をもたげていた。もう半分の方には、写実的ではあるがありきたりの粗彫りのアザミがあった。〉(83頁)
この図案を H. D. が他で見たのはただ一度ただ一箇所であった。1911年夏に初めてルーブル美術館に行ったときに発見したと。
〈それはグレコ・ロマンまたはヘレニズム美術のある函に入った小さな認印つき指輪であった。他の認印つき指輪と共に一列に並び、ガラスの下に、小さな卵形をした灰色の瑪瑙があった。(中略)原図のように右側に、とぐろを巻き首をもたげた蛇がいた。左側には見事に捜し当てたアザミの茎がとげのある二枚葉と頭状花をつけていた。〉(84-85頁)
その後、H. D. は〈「夢に見た」のではないことを確認するために〉、パリに立ち寄ると〈そこへ戻って行った〉。〈もう少し詳しく知りたいと思い〉特別なカタログまで買ったが、〈「グレコ・ロマンまたはヘレニズム美術の図案の凹刻模様または認印つき指輪」の説明文と、適当な大体の年代が書いてあった〉だけであった(85頁)。
蛇とアザミの組合せは何を意味するのであろうか。フロイトを含め、だれかが解釈したのであろうか。本書では分らない。いつか謎が解ける日が来るかもしれない。なお、この指輪はルーブルの収蔵品番号の Bj 1212 が近いと推定されている(下)。

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本書には、H. D. とフロイトのさまざまの共同作業が記録されているようにも見えるが、この二人が噛み合っているのかいないのかが評者には判然としない。むしろ、H. D. とパウンドのほうが(フロイトに関しては評価が反対だが)霊性の深いところで噛み合っているように思われる。
なぜなら、H. D. がいわばリアルに目の前で見た絵姿の少なくとも半分について、それが将来「完璧な医師」として現れることをパウンドが見事に言い当てたからである(残り半分についてはいまだに分らないが)。
フロイトについては、確かに H. D. の精神的危機を救う面はあったのかもしれないが、それはあくまで「完璧な医師」としての仕事であって、パウンドの予見通りになったとは言える。それだけのことだ。
フロイトの〈収納箱の一つには古い指輪があり、私はパリのルーブル美術館で見た印形を思いだしたが、そのときもその後も教授にはそのことを話さなかった〉と H. D. は記す(86頁)。自分にとって最もリアルな部分はフロイトには明かさないことを選んだように見える。
本来の H. D. と関るのはやはりパウンドのほうである。
