見出し画像

フォトショップの幽霊と伸びたラーメン

 それはよくある事件だった。
 記事を読んで、そっとページを閉じる奴だ。
 若い女の子が殺されたらしい。犯人は捕まっていない。
 これは良くない。どこかの地方都市の話らしい。物騒な話だ。
 だが数日後、再びこの事件に関連する記事を、別のサイトで見た。
 別に犯人が捕まったとかじゃない。四方山話(よもやまばなし)だ。
 そこでは、フォトショップとか持っている奴は、この画像をダウンロードして、復元してみなと書いてあった。何の事か、よく分からない。動画から切り出した一枚の画像だ。人物と車が映っている。問題はこのバンのサイドミラーらしい。何か不鮮明なものが映っている。
 彼は、普段からAdobeのPhotoshopやillustratorで、簡単な画像加工の仕事を、個人で請け負っていた。だからそう言われると、仕事柄、何の疑問もなく、問題の画像をダウンロードした。そして不鮮明な部分だけ、フォトショップで「スーパー解像度」を実行した。
 お昼だったので、カップラーメンを作るために、離席した。万年テレワークなので、いつもこうだ。自宅の台所で湯を沸かして、注ぐ。待ち時間の間、自分の机に戻って、作業の進捗を見た。それほど大した情報量ではなかったので、作業はすでに終わっていた。
 そこには、白黒で、女の子の顔が映っていた。怒っている。プンプンだ。
 彼は画像を二度見した。は?意味が分からない。
 元の画像を見た。人物と車が映っている。動画からの静止画像だ。なぜサイドミラーに女の子の顔が映っているのか?向こう側に女の子が立っていて、サイドミラーに写り込んだのか?だがこれは、反射して映っていると言うより、女の子の顔が、鏡の中にあるように見える。
 大体、この女の子は誰だ?白黒でかなり怖くて、不気味だが、顔の判別は付く。
 元の記事サイトに行くと、大草原状態になっていた。他にもダウンロードして、この画像を解析・復元した奴がいて、フォトショップの幽霊だとか言っている。どうやら、この女の子は殺された子らしい。ニュース・サイトに飛んで、被害者の顔写真を確認した。
 確かに似ている。というか、この人物だろう。なぜ怒っているのか?
 殺されたから、怒っているという考えが浮かんだが、すぐに消えた。
 いやいや、死者だ。安らかに眠れ。怖い。怖い。
 そもそもどういう状況で、この動画が取られたのか、気になったので、元の動画を探した。かなり時間が掛かったが、何とか動画を見つけた。テレビ局が、事件直後に行ったインタビュー動画だった。生前、彼女を知る者に声を掛けて、どんな人だったか訊く奴だ。
 その動画を見て、切り抜かれた辺りを注意深く見た。確かに不鮮明だが、サイドミラーに何か映っている。白くてよく分からないが、すぐに消えた。インタビューする側の視点しか映っていないので、テレビカメラの横までは分からない。横に誰かいるのか?
 だが状況から判断して、怒った女の子が、近くに立っているというシュチュエーションは、在り得ないように思えた。そんな状況で、インタビューするのは不自然過ぎる。本人かどうか分からないが、よく似た女の子が怒って立っていたら、落ち着いて話などできないだろう。
 動画をスロー再生しているうちに、サイドミラーに途中から、白い雲のようなものが、映り込んで、動いている様子が分かった。最初は何も映っていないのだ。撮影時は夜だったのか、サイドミラーは暗い。途中から何か白く映り込んだため、気が付いた人がいたのだ。
 ――それにしても、よく気が付いたな。スロー再生しないと分からないぞ?
 そういうレベルの異変だった。人間の目で見て、判別できるものではないが、フォトショップに掛けて、初めて何だか分かるレベルの画像だ。テレビ局が、こんな手の込んだいたずらをするとは思えないので、自然現象として、映り込んだとしか言いようがない。
 自然現象。これが自然現象なのか?そう言っていいのか?心霊現象?幽霊は存在するのか?心霊現象は在り得るのか?プラズマか?いや、プラズマが、女の子の顔の形を取る訳がない。
 ずっと画像加工系の仕事をやっているので、何度かそういう画像に遭遇した事がある。
 不動産サイトのお仕事で、事故物件らしい部屋の画像を整理していたら、それらしい影が写っている画像を見た事がある。仕事だったので、問題がある画像は除外して、ちゃんと部屋だけ映った画像をアップした。その後、その部屋が売れたのかどうか、知らない。
 傑作だったのが、高校時代の部活の顧問の先生の新婚旅行だ。まだデジカメとかない時代だったが、普通に写真に写っていた。先生と結婚相手と関係ない若い女だ。本当に絵に描いたような心霊写真で、面白過ぎて、流石にフェイクだろうと笑ったが、先生はシリアスだった。
 結婚相手から、この女は誰かと追及されたらしい。完璧なとばっちりだ。
 新婚旅行で行った場所は、海が見える岬で、自殺の名所だったらしく、その自殺者の霊だという事になった。先生たちがその後、上手く行ったのか知らない。だが写真を見る限り、その関係ない女は、やりたい放題、映っていた。ふざけているようにさえ見えた。
 最初は手だけ映っていたが、段々顔とか部位だけで飽き足らず、最後の方は、完全に三人で映っている写真まであった。時系列で見ないと、異常さに気が付かないレベルで、鮮明に映っている。意味不明だ。先生はお寺で、新婚旅行の写真をお焚き上げしてもらったらしい。
 心霊写真は存在する。自分で撮った事はない。第三者が撮影したものを見ただけだ。
 今まであまり気にした事はなかったが、改めて、このフォトショップの幽霊は気になった。誰がやっても、分かるレベルで、再現性があるのだ。これは第三者検証性がないか?
 手順として、誰がやっても、同じ結果が出るなら、化学の実験と一緒だ。このフォトショップの幽霊は、科学的とさえ言える。無論、デジタル画像だから、予めそういうものが埋め込められていれば、画像解析で、元の姿は復元できる。当たり前の話だ。
 問題は内容だ。これが本物の幽霊かどうかという話だ。現象としては、誰でも追体験できるレベルにまで、落とし込めている。だがこれが幽霊かどうか、判断する基準がない。
 哲学では、疑って、疑って、最後に残ったものが真実であるという立場がある。これは非常に現代的で、殆どの人が賛同し、否定しない立場だ。この考えで行けば、怒った女の子の顔が、出て来る処までは疑い得ない。問題は、これが殺された本人かどうかだけだ。
 画像を比べる限り、同一人物に見える。ネットのAIサービスに、同一人物かどうか確認できるかも知れない。だがAIの判断は、事前に多数のデータを与えないと、精度が高くない。この場合、殺された女の子の画像を沢山集めれば、できるが、ネット上の画像は少ない。
 遺族であれば、多数の写真を持っているだろう。だが赤の他人が、被害者の写真をネットから多数探すのは難しい。SNSに纏めて投稿している可能性もあるが、それも分からない。
 自分としては、これ以上、真実を突き止める手が思い付かなかった。
 少なくとも言える事は、これが、テレビ局が意図しないものとして映っているなら、怪奇現象として、取り上げるべきだろう。どうしてこういう事が起きたのか、確かめるべきだ。
 だが元のサイトを見る限り、大草原が広がっているだけで、誰も真面目に取り扱っていない。ただこの横の人物が犯人だから、この女の子は、怒っているのではないかと言っていた。
 そうかも知れない。単純な推理だが、状況と一致している。
 だが犯人捜しは、警察の仕事でいい。こちらとしては、これが本物の幽霊かどうか気になる。もしこれが本物の幽霊で、一種の祟りとして、この女の子は映り込み、無念を表明していたのだとしたら、我々はどうするべきなのだろうか。大草原を疾走している場合ではない。
 昔から、番町皿屋敷とか、殺された女が祟りを起こす話はある。江戸時代の本とか読むとそういう話が多い。これは女性を粗末に扱ってはいけない、という教訓的な側面もあるように思える。当時の人たちは、幽霊を信じていたから、それなりの予防効果はあったのだろう。
 だが実際に幽霊がいて、本当に祟りを起こすなら、これはまた別の問題だろう。
 改めて、怒っている女の子の顔をよく見ていると、段々怖くなってきた。元々可愛いだけに、白と黒だけで、表現された画像は不気味だ。あまり見ない方がいいかもしれない。
 画像をゴミ箱に入れようか、迷った。
 ふと、その時、印刷してみようかと思った。いや、この画像に加工を加えて、生前の姿を再現してみようと思った。そうと決まれば、いつもの仕事と変わらない。フォトショップで色を復元した。それからエフェクトを掛けた。仕上げはイラストレーターで、整えようとした。
 いや、ダメだ。手で直そう。ペンタブを取ると、SAIで立ち上げて、欠けている部分を描く。怒っている表情を残しつつ、生前の彼女の姿を、思い描きながら、修正を加える。段々それらしくなってきた。幽霊というより、プンプン怒っている女の子だ。可愛い。
 背景は何にしようか。いや、こういう時は、プンプンの雲がある。レイヤに貼り付けて、仕上がりを確かめる。ちょっと漫画チックになったが、若い女の子だ。これくらいオーバーな表現でもいいだろう。よい仕上がりだ。もう怖くない。むしろ、可愛い。プンプン。
 プリンターに、写真用紙を入れて、印刷を掛ける。出来上がった。思わず、絵心が芽生えて、調子に乗って描いてしまった。うん、可愛い。上目遣いがいい。白黒の時はホラーでしかなかったが、これであれば問題ない。椅子に身を預けて、完成した画像を手に取って、眺める。 
 「……それ、どうするの?」
 ふと声がした。振り返ると、女の子が立っていた。写真の女の子だ。
 「うわ!」
 思わず立ち上って、距離を取った。だが一瞬で距離を詰められた。縮地?
 「……ちょっと、貸して」
 女の子は写真を取り上げると、指でチョイチョイと修正を加えた。魔法?
 「……こことここが違う」
 返された写真を見て、唖然とする。想像で描いた部分が直されていた。ダメ出し?
 「……どうでもいいけど、その写真、アップしないでよね」
 女の子はこちらに背を向けて、横顔で言った。姿が透けて見える。幽霊?
 「君は殺された女の子なのか?」
 「……そう。酷い目にあった。でもお迎えも来ないし、よく分からない。死んで謎状態」
 女の子はプンプン怒りながら、そう言った。謎状態とは言い得て妙だ。不成仏霊?
 「どうすればいい?」
 思わず尋ねていた。だが女の子は冷たく言った。アヒル口だ。
 「……関係ないでしょ。首突っ込まない方がいいよ」
 犯人逮捕とかしたくないのか。殺されて無念ではないのか?
 「……確かにそうだけど、関係ないでしょ。それにこんな事やっていると、また来るよ」
 心が読み取られた?それにこんな事をやっているとまた来るとは?通じてしまったのか?
 「……それよりも、ラーメン伸びているよ。早く食べたら?」
 そこで目が覚めた。
 いつの間にか、椅子で眠ってしまったらしい。
 伸びをして、台所に行く。ふやけたカップラーメンがあった。そう言えば、お湯を入れたまま忘れていた。勿体ないから食べよう。麺が汁を全部吸っている。謎の食べ物だ。カップ焼きそばみたいになっていた。まぁ、喰えない事もない。ラーメンを啜りながら考える。
 何か、夢を見たような気がする。
 誰か出て来て、何か言われた気がする。だが覚えていない。
 自分の机に戻ると、女の子の写真があった。あれ?この子、誰だっけ?
 それがフォトショップの幽霊と伸びたラーメンだった。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード96

『大和の心、沖縄特攻』


いいなと思ったら応援しよう!