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タピオカ散れども、台湾旅は続く


スーパーで浮かれる私に、友人が荒々しく声をあげた。
「タピオカだ!乾燥!」
それは「警察だ!確保!」と同じ口調だった。
大きな括りで言えば内容もほぼ同じと言っていいだろう。私も友人に流され「大粒か!」と短く返す。そして現場に着くなり、ずっしりと詰まった大粒の乾燥タピオカを2袋、無心でかごに入れた。

沖縄の乾燥もずく、長野のわさび油、イタリアの短すぎるペンネ、絵の具みたいなトマトペースト…私の旅の思い出は、いつも現地のスーパーで買っている。
友人と行った台湾旅行では、乾燥タピオカを買った。

タピオカは、その頃日本で何度目かの大ブームを引き起こしていた。



人で賑わう台湾夜市を抜けて、歩いてスーパーへ向かう。
台湾の街並みには、祭りの後に親と歩く帰り道みたいな懐かしさがあった。

台湾のスーパーは建物や並びも日本のものとそう大きく変わらない。ただ、棚には見知らぬお菓子や調味料が溢れていた。私は知らない土地で買う食材が好きだ。用途はわからなければわからないほどいい。いつだってそれは私に無限の好奇心と、喜びを与えてくれる。

調味料コーナーを見つけ、目の前の缶を手にする。そこには屋台らしき場所で食事をする角刈りの青年のイラストが描かれていた。そしてその横には「統一肉操」という達筆な文字が添えられている。

統一した肉を操る…どういう意味なのだろう。ふいにビリーズブートキャンプが頭をよぎる。いや、絶対に違う、そんなはずはない。でも確かにあの日、私はビリーに統一され、操られた肉ではなかったか…?統一肉操…。私は考えを巡らせたことにより一層意味がわからなくなったそれを迷わずかごに入れた。

ああ、わからない。ああ、楽しい。

台湾でレジに並びながら、まだ暑い日が続く日本に想いを馳せる。タピオカ屋の前にできた長蛇の列。そしてそれを眺めながら優雅に自家製タピオカをきめる自分。なんて最高なのだろう。




帰国後はじめての週末。

ついにこの日が来た。いつもより仕事を早めに終わらせ、美味しい紅茶と、乳脂肪率の高い牛乳を購入する。そしてタピオカを飲む以外に今後一切用がないであろう太いストローも用意した。明らかに浮かれているが仕方ない。私は浮かれやすい人間なのだ。

タピオカの袋を見る。裏面の説明書きは中国語だった。もちろん読めないが大丈夫、臆する事なかれ。ネットで調べればどうにでもなるのだ。

乾燥タピオカ 茹で方

『冷凍タピオカの場合は、レンジでも解凍可能。乾燥タピオカの場合は沸騰したお湯で一時間以上茹でる。』

…一時間!?
衝撃的な事実にめまいがした。嘘だと言ってくれ。今から一時間も茹でるのか?嫌だ!私は今タピオカを欲しているのだ!こんな深夜に。そのまま読み続けると、『※大粒の場合は水に一晩浸けてふやかし、そこから一時間以上茹でる。』と書いてある。

…ひ、一晩!?
二度目の衝撃が走った。うそだ、そんなことまさか。この文明社会に?もっとでかい餅の塊だってレンジでチンだというのに…!ついには『茹でた後に更に一晩、黒蜜に漬けておくと味が染みこんで美味しいですよっ🎵』というワンポイントアドバイスまで現れた。音符などを付けて急に距離を縮めてきたかと思えば、内容は実に恐ろしく受け入れ難い。


一晩水に浸け、そこから茹で上げ、更に一晩黒蜜に漬けるなんて…どうかしている。茹でるだけかと思いきや、一晩と一晩で挟んでくるなんて…。タピオカ本人も俺の事はもう放っておいてくれ!と心底思っていることだろう。

これは嘘だ。嘘に違いない。
どんな無茶苦茶な理屈の都市伝説でも一旦は信じて受け入れる私だが、さすがにこれは信じられない。

しかしその後調べ続けるも、楽に乾燥タピオカを茹でる方法は見つからなかった。一度休もう。こまめな休憩を愛する私はベッドに倒れ込んだ。

頭の中を走馬灯のようにタピオカが駆け巡っていく。
タピオカ飲みたかったな…今日はそのために仕事を頑張ったんだ。悲しい。ああ、どうして前もって調べなかったんだ。どうして小さめの粒にしなかったんだろう。昔から私はそういうところがあった。あの時も、ほらあの時も…

走馬灯が大胆に道を逸れ始めた時、私の中の山岡士郎が言った。

「明日またここに来てください、本当のタピオカミルクティーを飲ませてあげますよ」

私はしばらく考え込んだが、わずかに残る力を振り絞り、ベッドから這い出した。山岡士郎を信じ、タピオカを一晩水でふやかすことに決めたのだ。ここはもう、何が何でも我慢するしかない。全ては明日の朝、究極のタピオカミルクティーを飲むためだ。

ネットでみた情報を頼りに、大きなボウルにざるをセットし、そこにたっぷりの水を入れた。そしてずっしりと詰まった乾燥タピオカの封を開ける。
一気に開いた袋から、ぶわっと白い粉が舞う。
真夏の工事現場のようだった。

これを全部入れるというの?このボウルの大きさで大丈夫?増えるのだろうか…溢れる?これで何十杯分できるんだろう。これ全部一人で飲む気?太るよ?本当にいける?いけるの…ねえ?心配性な自分が次々と早口で問いかける。しかし今の私は、そんな奴らを即座に黙らす情報を手にしていた。

『タピオカは茹でたら冷凍できる。』

なんて素晴らしい情報なんだ。これは現代のネット社会で得られる、あらゆる情報の中でも一、ニを争う有益なものだ。
一袋全部茹でてしまおう。これからもう二度とタピオカを水に浸けたくない。そんな想いが私の背中を強く押し続けていた。

ええい!入れろ!すべて入れてしまえ!

ザザザザザーッッ



少しの疲れもなんだか今日は心地良い。

私は眠りについた。




翌朝キッチンにつくと、私は勢いよくザルを持ち上げた。

ザバーーーーーッッ

水が一気に流れ出た。まるでザルの網目なんてものは存在しないかのようだ。やけに軽いザル。そして軽さのあまり、想像以上の早さで上がった右手。

高く掲げられたザルは、朝シャンを済ませてきたかのように実にさっぱりとした顔をしていた。

…何もない。


…ザルに、ザルに何もないのだ。私は何が何だかわからぬまま、膝から崩れ落ち、叫んだ。
きえぇぇーーー!タピオカないぃぃぃーー!

水に浸けたはずの山盛りのタピオカが消えたのだ。
しばらくの間、放心状態でそこから動けずにいた。たしかに私は昨日、この手でタピオカを水に浸けたのだ。それがどうだ、持ち上げたザルの軽いこと軽いこと。一体何が起こっているというのだ。


私のタピオカは全て水に溶けてなくなってしまった。


こんな状況は全く想定していなかった。水で増えてボウルから溢れ出たタピオカの写真に、増えすぎた〜!でも飲んじゃうぞ~!なんて書き添えて、友人4人だけのSNSで、ばかだね~あはは!と楽しもうと思っていたのだ。ささやかすぎる夢は虚しく消え去った。

まさかタピオカ自体も消えてしまうなんて。
今の私には何もない…ここにあるのは世にも軽い普通のザルと、一晩かけて丁寧にタピオカを溶かしたという事実。
そして、お土産用に残してあった、もう一袋の乾燥タピオカだけだった。


同じタピオカが、もう一袋ある。

薄々気づいていた。私はあの時、ためらうことなくニ袋をカゴに入れたのだ。どうやって茹でるのかも知らないくせに、勢いだけで買ったもう一袋のタピオカがある。誰かにあげても良いなと思っていたが、今となっては人にあげて良いものなのかもわからない。

ここでめげてしまったら、今後の人生で二度と乾燥タピオカと対峙することはないだろう。そんなの悔しすぎる。きっとこのタピオカは、水に浸けずに直接お湯に投入するタイプのものだったのだ。それがわかった今、あとはこれをそのまま茹でるだけだ!私の中の食いしん坊が、急にリーダーシップを取り始める。もの凄い勢いで周りを取り込み、その場を仕切り始めていた。

重い腰を上げてキッチンに立ち、お湯を沸かし、タピオカを入れる。なんて長い道のりだったんだろう。そしてここから更に一時間以上も茹でるのか…いや、もうこれ以上時間について考えるのはよくない。
さあ、第二章の始まりだ!!

ザザザザッッ

次々とお湯に入っていく乾燥タピオカ。

パッパッパッッ

タピオカはお湯に入った途端、粉々に散っていった。ひとつ残らず、律儀に全タピオカがお湯の中で散っていく。

私はしばらく状況が飲み込めず、散りゆくタピオカを眺めていた。

ハッとして袋を鍋から離す

散る…乾燥タピオカは、最後の最後まで、私の想像のななめ上を猛スピードで通り過ぎていく。まさかこんなにも早い段階で、タピオカが姿を変えていたなんて…。あの調子だと昨夜のタピオカは、私がくるりと背を向けた時にはすでに沈殿物として新たな人生をスタートしていたのだろう。

それに比べて私はこの休日、二日かけてタピオカを丁寧に溶かしていたのだ。お湯の中で散ったタピオカは、ドロドロの茶色い物体になり鍋の底に溜まっていた。

この乾燥タピオカは何が正解だったのだろう。

ああ、わからない。ああ、愉快だ。


どうしようもない私は、どうしようもないタピオカを少しずつ愛し始めていた。日本に帰国して一週間経つと言うのに、頭の中はまだタピオカで一杯だ。
そして思う。このタピオカと過ごした濃密な時間は、やはり旅先のスーパーで買ったのだと。



キッチンの床に転がり、低い天井を見る。

大馬鹿ものだなぁ。呆れた後に、腹の底から笑いが込み上げた。笑いに任せて視界が揺れて、それすらも面白い。きっと私はこれから先も、台湾と聞くたびに乾燥タピオカとの死闘を思い出し、人に話すのだろう。
何度も同じ話を繰り返し、家族にはまた始まったよとか、その話100万回聞いたと呆れられるんだろうか。娘や息子が大きくなり、いつの日か私よりも面白おかしく誰かにこの話をするようになるのだろうか。

道端で会った息子に、「あー、これ母ちゃん。あのタピオカの。」と笑いながら彼女に紹介されるのか。

全然悪くない。全然悪くないじゃないか。

部屋の隅に置かれていた他のお土産をぼーっと眺める。
そこには、あの時タピオカと同じように勢いで買った、用途のよくわからない缶の調味料があった。

おおっ!統一肉操!

終わりが近づいていた台湾の旅に、
新たな目的地が追加された。


私の台湾旅は、まだもう少し続くのだ。



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