なぜ私はこれほどまでに密閉型ヘッドホンを愛するのか
ヘッドホンの世界に足を踏み入れると、誰もが一度は「良いヘッドホンといえば開放型」という言葉の洗礼を受ける。まるでそれが絶対的な真理であるかのように、多くのレビューやコミュニティで語られる定説だ。
確かに、開放型ヘッドホンが持つ広大な音場や、抜けの良い自然な音響特性は魅力的だ。AIにハイエンドヘッドホンのおすすめは?というと、HD800Sだの、Focal Utopiaだの、平面駆動のLCD-5だの開放型ばかりだ。で、その理由が最も大事なのが原音忠実で、密閉型はハイエンドとしては原音忠実性に欠け、環境が許せば開放型が良いとか言ってくる。まぁ、AIがその学習過程で、様々なヘッドホンフォーラムでの雑多な意見を聞き齧ってきたと考えると、世の中そういう意見が多い事も理解できる。
分かっている。密閉型は弱点ばかりだ。ハウジングでの反射や共振で音は籠りがちといわれ、音場も狭く、原音忠実ではないと言われる。
私個人としても、在宅勤務で個人の書斎もあるので、わざわざ密閉型を選ぶ意味も無いかもしれない。でも私は密閉型を愛してやまない。過去にいろいろな開放型ヘッドホンも視聴したが、私が選ぶのは密閉型であった。何故なのか、いくつか考えを纏めてみた。
「広い音場」より「濃密な空間」こそ至高
「密閉型は音場が狭い」「音が頭の中で鳴る(頭内定位)」 これは、密閉型を語る上で必ずと言っていいほど挙げられる、いわゆる「弱点」だ。高価格帯のハイエンドモデルが開放型ばかりなのも、この「音場の広さ」を追求した結果だろう。
しかし、考えてみてほしい。ヘッドホンで聴く音楽体験において、コンサートホールのような広大すぎる音場は本当に必要なのだろうか?
例えばピアノ。グランドピアノの横幅はせいぜい1.5メートルほど。ピアニストが手を伸ばせば届く範囲に、その音源は存在する。その親密な距離で生まれる音の響き、鍵盤が叩かれる振動、ハンマーが弦を打つ微細なノイズ。それら全てが凝縮された空間こそ、最高の鑑賞席ではないだろうか。
私が密閉型ヘッドホンに求めるのは、どこか遠くの客席で鳴っているピアノではない。まるで自分のためだけに、すぐ隣で演奏者が奏でてくれているかのような、濃密でパーソナルなコンサート体験だ。広大さよりも、必要十分な空間で音が満ちる感覚。これこそが、音楽への没入感を極限まで高めてくれる、そんな感覚がある。
聴き疲れは「没入」の証
「密閉型は聴き疲れる」という意見もよく耳にする。その通り、疲れる。なぜなら、音との距離が極めて近く、濃密だからだ。鼓膜を直接揺さぶるようなパワフルなサウンドに、長時間身を委ねれば疲れて当然だ。
しかし、私はこれを欠点だとは思わない。むしろ、それだけ音楽の世界に深くダイブできている証拠だと考えている。現実を忘れ、音の渦に飲み込まれるような感覚。この強烈な体験は、良くも悪くも刺激が強いからこそ得られるものだ。
もし「疲れないリスニング」をしたいのであれば、それはもはやヘッドホンの仕事ではない。極論はスピーカーで良いと思う。もっと言うと、密閉型でも、DSPの知識があれば疲れない音を作るのは簡単だ。Easy EffectsといったOSSの音響エフェクトアプリで、クロスフェードを有効にし、リバーブ(残響)を加え、心地よいとされる偶数次倍音を少しだけ付加し、低音を下げてやる。それだけで、驚くほど聴きやすく、まるでBGMのように遠くから音が鳴っている感覚を簡単に作り出せる。
手軽なリラックス体験はスピーカーやDSPに任せればいい。私がヘッドホンに求めるのは、そんな生半可なものではない。疲れるほどに音楽に溺れる、そんな時間と体験だ。
やはり「低音」。魂を揺さぶる重低音の快感
そして何より、密閉型ヘッドホンを愛する最大の理由。それは「低音」だ。
構造上、ハウジングが密閉されていることで、ドライバーが生み出した空気の振動を逃すことなく鼓膜に届けることができる。これが、開放型では決して味わえない、深く、重く、沈み込むような低音を生み出す。
最近のポップスやエレクトロニックミュージックは、シンセサイザーによる重低音が楽曲の根幹を支えていることが多い。人間は本能的に、身体の芯に響くような重低音を好む生き物なのだ。この「ドスン!」と来る衝撃的なまでの低音の量感と圧力は、密閉型ヘッドホンの独壇場だ。
クラシックやジャズとて例外ではない。ピアノの中央の「ド」(C4)が約261.6Hzであるのに対し、そこから2オクターブも下がれば、周波数は100Hzを大きく下回る重低音の領域に突入する。ピアニストが和音(コード)で左手の低い音域を奏でる時、その音は単なる音程ではなく、生々しい空気の振動として、密度と質量を持っている。家にピアノのある私にとって、この実体感を伴った低音こそが、音楽に深みと安定感をもたらす。
開放型では、この魂を揺さぶるような低音のエネルギーがどうしても外へ逃げてしまい、軽やかになってしまう。それはそれで一つの魅力だが、私が求めるのは、音楽の土台を支える、揺るぎない重低音の快感なのだ。
密閉型の未来:技術が克服する「篭り」と、静寂という名の暴力
「反響で音がこもりやすい」「音が濁る」 これもまた、密閉型の構造的宿命とされる。しかし、技術は日進月歩だ。
私の愛機はSONYのMDR-Z1Rはそのデメリットを可能な限り克服している機種の一つだ。巧みなハウジング設計と素材選びによって、密閉型特有の不要な反響を極限まで抑え込み、密閉型にしてはクリアで広大な音場を実現している。それは感覚値、8畳位の部屋で行われる、私だけのライブ空間でとても心地よい。また、装着した瞬間に訪れる、周囲のノイズがスッと消え去るあの感覚。コーノイズ(貝殻に耳を当てた時に波の音がするみたいなの)が一切ない、異常なまでの静寂。この静寂こそが、微細な音のニュアンスを浮かび上がらせる最高のキャンバスとなる。
そして、現代はEQ(イコライザー)による音質調整が当たり前の時代だ。
オーディオマニアの中には、遺伝的アルゴリズムといった高度な手法を用いて、統計的に理想的な周波数特性とされるハーマンターゲットカーブに限りなく近づけるEQ設定を研究・公開してくれている猛者もいる。なんなら、AIによるソフトウェア開発が素人でも出来る次代、やろうと思えば機材さえあれば私でも出来るだろう。
「曇っている」「ボーカルが遠い」「金属音が取れない」と評される事も有るMDR-Z1Rも、EQを外科手術のように精密に施すことで、見違えるほどクリアなサウンドを奏でいる。
ワイヤレスイヤホン(TWS)の世界では、もはやDSPによる音質チューニングが前提だ。ハードウェアの限界をソフトウェアで補い、むしろそれを強みとして昇華させる。時代は、DSPを使いこなし、自分好みの音を創り出す方向へと進んでいる。それは周波数特性が最適に設計しづらい密閉型ヘッドホンの性能を爆発的に向上させている。
もしかしたら、次のSONYあたりのハイエンドヘッドホンは、買収したAudezeが得意な超巨大な平面駆動振動板を、DSPで補正してドライブするDAC/AMPのセットなのではないかな、とかも思っていたりする。
まとめ:だから私は、密閉型ヘッドホンを選ぶ
広大な音場よりも、演奏者と一体になるような濃密な空間。 聴き疲れを恐れない、音楽への深い没入感。 技術と工夫で乗り越えられる構造的弱点と、それを補って余りある静寂性。 そして、何物にも代えがたい、パワフルで深淵な低音表現。
世間の評価がどうであれ、私にとって最高の音楽体験をもたらしてくれるのは、いつだって密閉型ヘッドホン。そんな感覚がある。
とはいえ、HD800SやFinal D8000 Proを今のシステムで鳴らしたら好きになれるのかな、とか思ってしまったりもしたり…。
