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20回の完走と、ご褒美の「ぼっちディナーショー」で見えたもの

ついに全20回、通い切りました。 振り返れば、7月の要精密検査から始まった高速ベルトコンベア。次々に迫りくる選択肢をジャッジし、決して安くないお金を払い、文字通り駆け抜けた5ヶ月間でした。

私が治療室を抜けると、入れ替わりでまた新しい誰かが入っていく。誰かが終われば、すぐに次。この、個人の事情などお構いなしに淡々と回る「止まらない流れ」の中にいることは、不思議な安心感と、少しの寂寥感がありました。

治療室の「沈黙」という生存戦略

20回の通院中、私が口にしたのは「よろしくお願いします。。。」「ありがとうございました。。。」の定型句だけ。 更衣室の壁越しに、呼びにきた技師さんと楽しげに笑い合う患者さんの声が聞こえてくることもありましたが、一体どんな言葉を繰り出せば、爆笑が生まれるのか。私には想像もつきません。

20回のうち5回は男性技師2人のコンビでしたが、恥じらいなんて自意識はとうの昔にゴミ箱へ捨ててきましたが、私にとってあの場所は、ただ静かに放射線を浴びて、どこかに隠れているかもしれないがん細胞をぶっ殺すための時間だったからです。

「努力」が通じない、人生という名の配牌

最後の最後で皮膚に痛痒さが出てきて、塗り薬のお世話になりました。 部分切除という選択が「正解」だったのかは、5年後、10年後の私にしかわかりません。再発しなければ正解だし、してしまえば後悔に変わる。 さらに言えば、医療は日進月歩です。数年後には「ステージゼロは切らないのがメジャー」なんて時代が来るかもしれない。かつて前十字靭帯の手術をした私は、20年間の医療の進歩(傷の小ささや回復の早さ)に腰を抜かしましたね。 がん治療のさらなる進化に期待せずにはいられないのです。

それにしても、考えずにはいられません。「なぜ、私が?」という問いを。 遺伝でも、不摂生でも、女性ホルモンのせいでもない。原因不明。 私たちは、「コツコツ練習すればスキルが身につき、勉強すれば知識が増える」という努力のコスパを信じて生きています。けれど、健康だけは別。どんなに気をつけていても怪我をする時はするし、年末ジャンボはかすりもしないくせに、がんという名のくじには、頼んでもいないのに当選してしまう。

人生には、自分のコントロールが及ばない「理不尽な配牌」が確実に存在する。その事実を、改めて肉体を通して突きつけられた5ヶ月間でした。

祝祭の「ぼっちディナーショー」

さて、この完走を記念して、自分にささやかなご褒美を贈りました。ずっと生で聴きたかった、水谷千重子先生のディナーショーへの「単独潜入」です。

結論から言いましょう。「1人は、ちょっとしんどい(笑)」。 会場を見渡せば、テーブルを囲むのは仲良しグループやご夫婦ばかり。9人掛けの円卓に放り込まれた、唯一のソロ参加者である私。周りの談笑をBGMに、一人黙々とコース料理を咀嚼する自意識の置き所のなさは、放射線治療の比ではありませんでした。

けれど、千重子先生の生歌が響いた瞬間、そのしんどさは一気に霧散しました。 そうだ、私はこれを聞きに来たのだ。誰かと感想を分かち合うためではなく、私自身の、私のためだけの完走を祝うために。1人で円卓を囲む居心地の悪さを引き受けてでも、自分の「やりたい」を自分の手で叶えてやった。そのことが、何より嬉しかったのです。

人間はいつか死ぬ。それがいつかは誰にもわからない。 だからこそ、毎日を後悔しないように、丁寧に、かつ大胆に生きたい。 反省は山ほどしても、選んだ道に後悔はしない……ようにしたいな、とは思っています。

でも、人間だもの。喉元過ぎれば熱さを忘れる。 そうならないように、この治療日記を読み返して、思い出していこうと思っているのです。

終わり

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