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無人の集落「大平宿」で車中泊。江戸時代の古民家が伝える暮らしの記憶

 長野県飯田市の山中には、住民の集団移住で無人となった集落「大平宿」が残されている。集落は江戸時代中期の1754(宝暦4)年、飯田藩と地元商人山田新七らによって開かれ、飯田~木曽間を結ぶ街道の拠点となった。明治時代には養蚕と林業が最盛期を迎え、一時は約200人が暮らした。
 集落は一時消滅しかけたが、飯田市の住民有志がが保存のために活動。昔ながらの古民家を宿泊施設とすることで、今も守り続けている。猛暑の旅行で疲れ果てた7月20日。飯田側から山に入り、標高1150㍍の大平宿で車中泊を試みた。

江戸時代に建てられた古民家が並ぶ


今夜の寝床はトヨタ・ノア
周囲は深い山。車中泊には最適

 私は大学生の頃から大平宿に通い、古民家に何度も宿泊した。50代前半には飯田市にある中日新聞飯田支局で勤務し、集落の保存に関わった人たちを直接取材した。
 集団移住で見捨てられた集落の保存、再生は全国的にも珍しい。飯田支局にいた時は約20㌔離れた大平宿まで自転車を走らせ、古い宿場町の雰囲気を味わった。暑い夏には、近くの渓谷で涼んだものだ。
 集落は中央アルプス南部にあり、伊那谷と木曽谷を結ぶ「大平街道」(全長約40㌔)のちょうど中間に位置している。
 伊那谷側には飯田の中心街、木曽谷側は中山道の妻籠宿があることから、かつては人の往来が多かった。飯田から妻籠に抜ける国道が完成するまでは、バスが大平街道の山道を往復していた。
 交通インフラの整備と自動車の普及は、大平宿にとって致命的だった。人の往来が絶えた集落は急速に衰退し、故郷を離れる住民が相次いだ。冬には雪に閉ざされることもあり、最後まで残っていた28世帯91人も1970(昭和45)年、集団移住で大平を去った。
 

飯田市街から大平宿の方向を見上げる


リンゴをイメージした飯田駅

 飯田から大平宿に向かう県道は、JR飯田駅近くを起点としている。道はきれいに舗装されているものの、延々と急カーブが続く。標高差は900㍍にも達し、運転に慣れていない人だと怖いかもしれない。サルの群れやニホンカモシカも現れる。きつい山道である。
 伊那谷側の県道を登り切ると、やがて「飯田峠」(標高1235㍍)の標識が見える。道は下りとなり、大平宿へと入っていく。
 かつての宿場町といっても、現在は20戸足らずの古民家しか残っていない。ここは宿場遺構であり、だれも住んではいないのだ。
 夜間、一人で車を走らせることは絶対に避けたい。街灯は無く、本物の闇が広がっている。恐怖で事故を起こしかねない。

大平宿の石碑


趣のある古民家。昔のままの風景


古民家前を通るのが大平街道の旧道

 大平宿の中心部は、県道から分岐した旧街道沿いに広がっている。未舗装の道は小川とともに下り、その両側に古民家が並ぶ。いずれも江戸時代から明治にかけて建てられたもので、軒が街道にせり出した「せがい造り」など昔の建築様式を伝えている。
 古民家の何軒かは宿屋として使われた。せがい造りの軒が深いのは、旅人が休憩したり雨宿りをするための配慮だ。間口は広い。「ウチニワ」と呼ばれる土間の向こうには、囲炉裏を備えた広間がある。内部は見た目以上に広い。太い木材を惜しげもなく使った建物は、現在の住宅にはない堂々とした風格が感じられる。
 

集落に残る古い石碑


集落の中を小川が流れている

 日本の原風景ともいえる大平宿は、訪れる人たちを魅了する。映画「男はつらいよ」で知られる山田洋次監督は2004年、東北の下級武士片桐宗蔵を主人公とした「隠し剣鬼の爪」で大平宿をロケ地に選んだ。
 時は幕末。片桐はともに剣術を学んだ親友が藩に謀反を企んだとして、藩から親友を斬るよう命じられる。2人が剣を交えた場所が大平宿だった。映画では、永瀬正敏が主人公を演じたほか、松たか子、小澤征悦、吉岡秀隆、緒形拳らが出演している。

映画「隠し剣鬼の爪」の一場面


痛みが目立つ古民家。これでは泊まれそうにもない


土壁が崩れている


閉められたままの玄関。戸が壊れている

 私は今回、ほぼ10年ぶりで大平宿を訪れた。集落内を歩くと、残念ながら少なからぬ古民家が使用不可能な状態にまで傷んでいた。
 集落を管理する大平保存再生協議会は、一部の古民家にトイレや風呂を設け、一般の人たちに貸し出している。その対象にならなかった建物は老朽化し、手入れが追いつかなくなっている。
 大平宿は豪雪地帯にあり、冬は建物が雪に埋もれる。協議会はボランティア組織であり、費用がかかる古民家の補修には限界がある。
 ある古民家の玄関先では、イノシシが土を掘り起こしていた。集落はやがて、自然に帰るのかもしれない。
 私が大平に入った7月20日は3連休の最終日だった。それでも、宿泊客は1人もいない。それどころか、街道を通る車も数台だけだった。

イノシシが地面を掘り起こしている

 大平宿の古民家に泊まるには、あらかじめ予約しなければならない。私は最初から車中泊と決めており、走るホテルのトヨタ・ノアを集落内の空き地に乗り入れた。
 愛犬のマイヤーは、後部座席の窓から外を見まわしている。どうやら、いろいろな動物の臭いがするらしい。大平ではクマも出没する。マイヤーは私と妻のために、動物の接近を警戒しているのだ。
 飯田市内で36度あった気温は、大平に来ると24度まで下がった。夕暮れを過ぎると、木曽谷から風が吹いてきた。ここは本当に涼しい。小さなバーベキュー台で焼肉をやりながら、冷えたビールを飲んだ。

車から外を警戒するマイヤー
焼肉でビール。最高の時間


月と星が見える。大平宿は闇の底

 午後8時。空き地は完全な闇に包まれた。空には月と星が輝いている。これほど暗いと、どんな動物が近づいても分からないだろう。妻はクマが怖いとみえて、やたら大きな声でしゃべる。周囲20㌔に人はいない。大平宿は静まり返り、闇の底で眠っている。
 さんざん飲んだ後、後部座席の仮設ベッドに転がり込んだ。気温はさらに下がり、シュラフにもぐらないと寒いほどだ。車の窓は開け放している。天然のクーラーはやっぱりいい。そのまま眠りに落ちた。

朝の散歩を楽しむマイヤー
森の中を抜ける旧道


この道は飯田へと続く

 翌朝、集落の道を下ってみた。道は深い森の中を通り、10分ほどで川べりに出る。ここが江戸時代に開かれた大平街道の旧道だ。荒れた道をひたすら下れば、飯田にたどり着く。旅人は昔、この街道を歩いていた。
 私も妻も二日酔い気味だが、車中泊をした空き地をきれいに掃除した。太陽が昇っても、気温はまだ低い。荷物を車に積み込み、県道を妻籠宿に向けて走った。
 午後になって多治見市に入ったら、気温は40度まで上がった。生まれて初めて体験した「酷暑日」は、車内にいても体にこたえた。今度は春か秋に大平宿に行こう。できれば古民家に泊まり、自分ができる範囲で環境が整えられたらと思っている。

 


 

 

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