ちょいちょい書くかもしれない日記(サイレン)
朝、わりと近めの救急車のサイレンが聞こえてきた。3年前のことを思い出してみぞおちがギュッとする目覚め。
一家全員、新型コロナに倒れてからもうすぐ3年か、と、しみじみした。
あのときの、遠くから近づいてくる救急車のサイレン音。
床でぐねぐねと奇怪な動きをしている父と、台所の床を寝室のベッドと言い張って動かない母、そして40度近く発熱していた私。
どうしようもなくて119番を要請をしたが、コロナ禍の真っ最中に教え子を呼びつけ、危険に晒してしまうことへの罪悪感と、孤立無援の状況で救いの手を差し伸べてもらえるありがたさがゴチャゴチャに入り乱れ、物凄く複雑な思いであの音を聞いた。
ご近所さんが多数、家の中からがっつり一部始終を見ていたこともあとで知らされ、田舎の町内監視網とゴシップ好きの恐ろしさを実感したりもした。
暇か。いやまあ……わりと暇な人多めの土地柄ではありそう。
人が少ない街なので、その好奇心が助ける命もきっとある。きっと。たぶん。メイビー。
その頃の話を今ガリガリと書いているので、楽しみに待っていてほしい。
ドツボな話は、笑ってもらって成仏させてナンボなので。
今日は、母の通院付き添いでけっこう時間を使った。
施設内では、ふとしたときに立ち上がってスタスタ歩き出すことに定評がある母だが、外では車椅子オンリー。
私の車に乗せるのはお互い大変なので、介護タクシーをお願いした。
とても手際のいい運転手さんが来てくださり、やっぱり男の人は力が強くていいなあ……と羨むなどする。むろん、腕力は性差がすべてではないが、やはり骨組みの基礎値が違う気がする。
相変わらず、母は上手に話を合わせているつもりで、でも実際の発言は支離滅裂。
何一つ噛み合わないのに滑らかな会話を続けることには、いつになっても慣れない。
母を施設に送り届けて帰宅したら、疲れ果ててしまった。
あと、母に日傘を差し掛けてる一方、自分の頭が無防備だったようで、大頭痛である。
とりあえず冷凍庫にあったカップのいちご練乳氷を貪り、涼しい部屋でゴロゴロした。というか、それしかできなかった。
いつになったら、落ち着いて仕事に没頭できるようになるやら。
そういえばXで、色のついていないかき氷をご存じないお若い方がいて、今どきのデコられまくったかき氷しか知らないとそうなるか~! と感心した。
そうは言っても、私も、祖母世代が「かき氷は『スイ』に限るわ」と言っていた、あの感覚は未だにちょっと共有できずにいる。
「スイ」というのは、「砂糖水」、砂糖と水だけで作ったシロップをかけまわしたかき氷のことだ。「ミゾレ」ともいう。
祖母がそう言って色のないかき氷をおいしそうに食べるのを、イチゴシロップがたっぷりかかった赤いかき氷にバニラアイスまでのっけてもらった幼い私は、「そんなつまんないかき氷、なんだか損じゃない?」と思っていた。
今もその感覚はちょっとだけ残っている。損とまでは思わないが。
でも一方で、いちばんごまかしがきかず、難しいのは「スイ」であろうとも理解している。
今流行りの、スプーマだのなんだのと凝りすぎたかき氷は、ノーサンキューである。
その間くらいの……ミルク宇治金時とか、そういうちょこっと欲張ったクラシックなかき氷を、心から愛する。
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