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ちょいちょい書くかもしれない日記(準備の日)

延々と調べ物をしていて、寝るのがガチ朝になった。
広島のことを何とはなしに考えていたら、幼い頃、父方の祖父母宅に泊まりに行ったとき、布団の中で祖母でしてくれた戦時中の話のひとつを思い出したのだ。
子供を寝かしつける話としては最高峰にホラーな話だったので鮮明に覚えていたのだが、いかんせん、祖母はほら吹きという、父から吹き込まれた風評があったので、きっとそういう「子供を怖がらせるための作り話」みたいなものだと思い込んでいた。
だが、それにしてはあまりに変な話だよなと思い直してみると、医師となった今は、「いや、絶対あるわそれ」という確信のようなものが生まれた。
というわけで、AIにちょいと手伝ってもらい、「君はほんとにちょいちょい悪気なく話を盛ってくるよね……助かったけど」とお礼と文句をごちゃ混ぜにしつつ、調べ物の道筋をつけた。
こういうときは、AIは本当に頼りになる。ただし、真偽……まではいかなくても、「ここは疑わしいな」とか「ここは適当なこと言ってんな」というポイントを見分けるだけの知恵がこちらにあるときに限るが。
この件については、時間に余裕があるときにもっと追いかけてみたい。
調べ物の内容が私の仕事に生きるかどうかはまた別の話として、死んで久しい祖母と、新しい絆がひとつ生まれたような気持ちがして、なんだか嬉しい、でも両目がパッサパサの眠い朝であった。

一眠りして、生協さんの個配を受け取り、「来週は来ません!」と言われて、お盆を感じた。
そう、明日で、父が死んで3年になる。
とりあえずお墓に行き、草引きと清掃が済んでいることを確認。夏場はとても私には無理なので、業者さんにお願いしている。
わざわざ明日来てくださる方々に失礼がないよう、墓地内のお花屋さんに明日のお花などをお願いしていったん帰宅。
ひと休みの後、今度は冷蔵庫からどかどかとヨーグルトたちを出し、施設へ車を走らせた。
母の突き指は、少し腫れが引いていて一安心。
湿布を巻いてもすぐ抜き取ってしまわれるので……と、スタッフが苦笑いしていた。
生協さんが持って来てくれたばかりの、もみじ饅頭5個セットを目敏く見つけた母は、大好きなチョコレート味をあっという間に平らげた。
いつもながら、健啖家である。
ただ、今日の母は心ここにあらずというか、むしろ不機嫌気味であった。
ちょっとこう、家にいたラスト数年の母を思い出す系の険しさがあって、情けないがドキドキしてしまう。
でもまあ、私が来ればいいのにと思っていたそうなので、行ってよかった。
なるべくご機嫌で過ごしてくれますように。
ケアマネさんといろいろ話して帰宅。
弟は、「急に動くんは、母の認知症タイプの特徴やから。まあ、怪我するんは元気な証拠やろ」と言っていた。
本職の言うことは、的確だがだいたい雑である。

目パサには点眼に加えて目を休めることが確実に必要なので、なるべく昼寝の習慣をつけてくださいと、昨日、眼科で言われた。
ずっと、昼寝なんて怠惰の象徴みたいに思っていたので、最近の電池切れ昼寝は、偶然ながらも目にはよかったのか……とホッとしたり。
なんだかんだで、施設から帰ったあと、2時間ほど寝てしまった。
今日も慌てて水撒きをして汗だくになってから、シャワー、そして夕飯。
ピーマンがまだあるので、青椒肉絲にした。
といっても筍の手持ちはない。タマネギとしめじをどっさり入れた。
もはや、野菜炒めにちょろっとお肉が入っている感じだが、そのくらいでいいのだ。
炊きたてご飯と、幸せな取り合わせだった。


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椹野道流 こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。