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ちょいちょい書くかもしれない日記(日々の料理)

色んな雑誌を読んでいると(dマガジンありがとう)、料理雑誌に登場するのはだいたい決まった人たちで、いったい毎月どれほどレシピを編みだしているんだろうと遠い目になってしまう。
他人様のレシピを見るのは大好きだが、滅多に試さない。
見る分には楽しいものの、作りたいというモチベーションになかなか結びつかないのだ。
私は、目先の変わった料理を特に欲していないんだな、新規開拓もそれほどしたくないんだなと最近気づいた。
勿論、日常的に「あるものを適当に使って料理する」クエストは発生するわけだが、それにしたって作るのは、安心安全な自分の好きな味だ。
他人様のレシピは、「これ絶対私が好きなやつ!」と確信できるものだけ、作ってみる。
「これ本当に私が好きなやつかな……?」と疑わしいものは、まず試さない。
そういう系統の料理は、どこかの店で、誰かが作って出してくれたら、初めて腹を括って食べてみる。そういうタイプの人間なのだ。
そのかわり、自分が作る料理に飽きることもない。
雑誌やネットで見る料理たちは、自分には描けないけれど素敵だなあと思って眺める絵のようなものなのかもしれない。
そんな私が唯一憧れ、写真のない、文章だけの描写をたよりに作りたおしたのがイギリス料理なのだから、面白いものである。
現地で初めて答え合わせをしたが、けっこう似て非なるものを作りまくっていた。
最近は、遠い昔、父方の祖母が作ってくれた料理を、記憶を頼りに作ってみることがある。
追えば追うほど遠ざかる感はあるが、たまに上手くたぐり寄せられたときはとても嬉しい。

今日は家で仕事。
目のパサパサが相変わらず続いており、あまり長くモニターを見ていられないので、合間にアナログ仕事として、9月からの講義の準備を挟む。
まだまだ先だと思っていたのに、もう射程距離内である。怖い。
9月に行く学校は、「給料を貰って学びに来ている連中だ。面構えが違う」という社会人学生のしんどさがあるので、こちらもだいぶ本気になる。
何がなんでも年明けの国家試験に合格してもらわないと、関係者全員が不幸になるからだ。
そうはいっても、年々雰囲気が緩くなるな~という印象はある。
それがいいのか悪いのかは、外様の私にはわからない。
でも何ごとにつけ、「楽しい」や「嬉しい」といった上向きな気持ちは、ないよりはあったほうがいいように感じている。
私に提供できるのは、彼らが根性で覚えた切れっ端の知識たちが、「思わぬところで繋がっておもろい!」という、パズルのピースがはまったときみたいな快感かな。そうなる機会が多く訪れるように努めよう。

最近、家でデスクワークをしていると、末猫がやってきて、すぐに膝の上で寝る。
しかも膝で丸くなるのではなく、完全にひっくり返って赤ちゃん抱っこを要求してくるので、とても作業がやりにくい。さらに、4本の脚を私が片手でお預かりせねばならないという、謎の条件がついてくるようになった。
でも、子猫の頃、安心しきって仰向けで寝る姿が本当に可愛かったので、4歳になった今、当時のスヤスヤ環境が再びブームになったことが面白くて、愛おしい。

夜は定例の皿うどん。
今日は忘れずにサツマイモを投入した。主食感ましまし。




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椹野道流 こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。