見出し画像

ちょいちょい書くかもしれない日記(欠け)

昼前、生協さんの個配で起きる。
冷凍と冷蔵の荷物だけヨレヨレとしかるべき場所にしまい込んだあと、そのまま午後2時過ぎまで寝てしまった。
本当にポンコツ。しかし、ぐっすり眠れてよかった。
しびれを切らした末猫にうざ絡みされなければ、夕方まで寝ていたかもしれない。
睡眠がすべてを解決するとまでは言わないが、たいていのことは、食べて寝ることである程度の回復が見込める。
とはいえ今日は、それだけ寝てもなおポンコツであった。
昨夜洗った食器を片付けていて手が滑り、うっかりお皿を落として割ってしまった。はーどんくさい。
幸か不幸か、愛着のあるお皿ではなかったが、便利に使ってきたので、とても申し訳ない気持ちになる。
かといって、金継ぎしてまで使い続けたいかというとNO。このあたりがたいへんリアルなところ。
私は丁寧な暮らしに縁のない人類である。
猫の口に入ったら大変なので、欠片は徹底的に回収した。

元実家には、朝から造園業者が入っていた。
値打ちのある木もない木も構わず伐採の勢いで、初日からもう相当にスッキリしてきた。
寂しくはあるけれど、悲しくはない。未練もない。
母猫と子猫たちを守ったツツジの茂みも一掃されただろうが、そこで憩いの時を過ごした猫たちは、今私の家で暮らしている。
思い出は今にちゃんと繋がっているし、過去のすべてを連れてくることはできないのだ。
こうなってみると、私の桜が早々に枯れてよかったな、とすら思う。

昨日と同じ人たちを見かけたので、昨日は下見だったのかも。
母方の祖父が大事にしていた槙の木だけは、売却寸前にレスキューできてよかったな。
ボロボロに衰えていたからこそ、何十年もそこにいたにもかかわらずろくに根が張っておらず、少人数で移植が可能だった。
他の木は、あまりに立派になりすぎて無理だったらしい。
改めて植木屋さん、特に実際に運んでくれたお弟子さんふたりに感謝の気持ちがつのる。すべてが手作業だったから、たぶんハチャメチャに大変だったはず。
お陰様で、うちの庭で元気に青々と茂りつつある。
元実家の、もはや手がつけられない状態だった庭を徹底的にどうにかするということは、きっと家本体にもこれから手を入れるのだろう。入れてほしい。
長くこの地に住んできたのでわかるのだが、きっともう、家じゅうカビでえらいことになっている。
売却前、毎日通って風を通し、除湿器をフル回転させていても、地下室からカビが猛烈な勢いで広がり始めていた。
人が住まなくなった家は、本当に命を失うのだと実感した。
荒れてどうしようもなくなる前に、再び人が集う家になりますように、と祈る。ただし民泊以外。頼むでしかし。

仕事をする環境をゆるゆる整え、新しく必要になりそうな資料を積み上げ、とにかく読む。
創作の体力がない日は、インプットに努める。無駄にはしない。
原著で読もうとしていた本に翻訳版が出ていて「わー助かった!」と買ったのが届いた。
いい訳だ。凄くいい。読みやすくて正確、そして原作者のちょっと皮肉っぽい言い回しも、いい感じに日本語に落とし込まれている。
ただ、原著の装丁、特にイラストがとても素朴で味わい深かったので、日本語版の洗練されたオシャ高級装丁にちょっと引く。
本文イラストや写真も、権利関係だろうか、かなり間引かれているのは残念なところ。結局原著を横において、両方見比べながら読んでいる。
それでも、きちんとした和訳本が出るというのは、ずいぶん手間が省けてありがたい。
どうしても高価にはなるが、これからも翻訳本を買い支えていきたいと思う。母国語版が出るというのは、本当に本当に、重要なことなのだ。

夜は野菜天ぷらと素麺。
といっても、そろそろ傷みそうなかぼちゃとなすをちょいと切って揚げただけ。
それでも素麺の上に、大根おろしや刻みネギ、胡麻と共に盛りつけただけで、ご馳走に見えるから嬉しい。
いつかイベントでいただいた瓶詰めの胡麻があまりに美味しくて、冷凍庫から出しては色んなものにぱらりとしている。
父の仏前にと、菩提寺のご住職が送ってくださった揖保乃糸三神は、今夜で終わり。
自分で買うことはこの先なさそうなハイパー高級揖保乃糸よ、ありがとう。
ここからはいつもどおり、縒つむぎと黒帯のターンとなる。
茹で・締めに技術がないしそこに気を遣いたくないので、もとから美味しいクラスを買うことにしている。
雑に茹で、雑に締めてもちゃんと美味しい。





いいなと思ったら応援しよう!

椹野道流 こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。