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ゲストハウス運営に関するコラムのまとめ

県紙「愛媛新聞」において2024年8月から2025年1月まで月に1回のペースで全6回、「伊予弁」というコラム欄のなかで、ゲストハウス運営に関するコラムを連載させていただきました。今回はそのテキストを、まとめて掲載させていただきます。

第1回 2024年8月5日付
ゲストからホストへ

 ぼくは昨年の春、上島町で宿泊施設「ゲストハウスみちしお」を開業した。ゲストハウスには「小規模」、「共有スペースが多い」、「安価」という特徴がある。当施設も小規模で、トイレなどは共用だ。この業態は主に長期で世界を旅するバックパッカーから選好されており、日本でも外国人の利用者が多い。ぼくの宿でも開業初年度の実績で、宿泊者の約半数は外国人だった。
 開業までぼくは、調査者や取材者として企業や団体で働いた。つまり「ヨソ者」として人やコミュニティと関わってきた。ぼくは都市部で生まれ、隣に住む人が何者かを知らない生活を続けてきた。概念として「地縁が機能する社会」があることを学んだが、自分が地域に主体的、能動的に関わることはなかった。
 この業態を選ぶにあたっては、世界を旅してお世話になってきたゲストハウスを営業することで、立場をゲストからホストに変えたいという願いだけでなく、地域社会の一員となって地域に関わりたいという願いがあった。
 移住者が地域社会の一員として受け入れられることは容易ではないと、ぼくは思っている。ぼくは、この事業を軌道に乗せ、地域経済に貢献することはもちろんだが、世界からの旅人を上島町に呼び込み、この地域の良さを広く知ってもらうこともまた、事業の目的として設定した。
 このコラムでは、ゲストハウスは地域にどのように貢献できるのか、そのためにぼくが何をやっているのかをお伝えしたい。

第2回 2024年9月10日付
ゲストハウスの効用

 外国人旅行者が、ガイドブックやサイトで紹介されていない観光地やお店を「発見」し交流サイト(SNS)に掲載、その言語圏でバズる、ということがある。外国人が増えた地域の住民は、「この地域には外国人を魅了するだけの価値や魅力がある」ということに気づく。
 ゲストハウスでは、他の宿泊施設の業態と比べ、外国人比率が高い。「外国人フレンドリー」を表明するためにゲストハウスを名乗っているところがある。ぼくの宿でも、開業初年度の宿泊者の約半数は外国人であった。
 そのなかに「上島町を目的地としてやってきた」という人は、ほとんどいなかった。予約サイトを使い尾道や瀬戸田など瀬戸内しまなみ海道沿道の人気観光地で宿を探したがどこも満室で、ぼくの宿がまだ空いていた、というケースが多い。「上島町のことは知らなかったけど、来てみたらすごく良いところだった」という感想は、ぼく自身が褒められたようにうれしい。
 「地域への誇り・愛着」はシビックプライドと称される。地域住民が抱くシビックプライドの強度は、定住率や、地域行事、ボランティア活動などへのコミットメントに影響を与える。
 たぶん、移住者が「上島町は良いところだ」と言うだけでは、まだ足りないのだ。外国人旅行者が増え、各国語の交流サイト(SNS)で高評価が付くことで、シビックプライドは醸成されていく。これが、ゲストハウスが地域に与える重要な効用だ。

第3回 2024年10月7日付
多元的な活動を束ねる拠点

 創業・独立にあたって、ゲストハウスという業態を選んだ理由のひとつは、「多元的な活動の拠点を持ちたい」という願望だった。食事を提供せず素泊まりのみとし、オンラインで管理可能なスマートロックを導入するなど、運営に必要な拘束時間を短縮することを心がけた。宿泊客数のキャパシティーを小さく留め、忙しくなりすぎないようにした。確保した時間を使って、NPO法人の活動、「限界離島」再活性化のお手伝い、耕作放棄地の整備、イノシシの捕獲などを行っている。
 何かひとつ、わかりやすい肩書きを持つと、自己紹介がラクだ。地域の人に、そのように認識していただける。「ゲストハウス運営」という肩書きが無ければぼくは、平日の昼間からよくぷらぷらとしている、移住者のおじさんだった。あやしい。
 満室が続く宿の管理だけで毎日が終わるより、地域で必要とされていることを、あれもこれも並行してやっていきたい。過疎化と高齢化が進んだ社会では、仕事を創ることも重要ではあるものの、お金にはならないが生活の場を維持する活動の担い手が足りていない。
 NPOをはじめとする、ゲストハウス以外の活動は、ぼくが地域をより深く、多面的に理解するための回路となっている。宿泊客が希望すれば、宿以外の活動の現場を案内する。ゲストハウス以外の活動は、ゲストハウスの個性を深化させることにつながっている。

第4回 2024年11月4日付
「ポタリストの聖地」目指す

 上島町の島々は、尾道から今治までの「しまなみ海道」に寄り添うような位置にある。「しまなみ海道」は「サイクリストの聖地」として知られる。ただ、「しまなみ海道」から、「ゆめしま海道」の愛称を持つ上島町まで、フェリーで渡って来てくれるサイクリストは多くない。
 「しまなみ海道」でよく見かける自転車は、舗装道路を高速で走るためにデザインされた、スポーツタイプのロードバイクだ。ただ、自転車の種類は多い。各島が小さく、のんびりとした空気感が漂う「ゆめしま海道」には、ロードバイクでさっそうと駆け抜けていては見つけることのできない、たくさんの魅力があふれている。
 「ポタリング」という走り方がある。「がんばらない程度に、のんびりと、散歩するように走ること」などと定義され、「散走」とも言う。ぼくは、電動自転車に乗ってポタリング風に、できるだけがんばらないよう心がけて、島内を走る。
 いま、愛媛大学社会共創学部の渡邉敬逸先生のもとで学ぶ学生たちが、最初のポタリングマップを制作してくれている。宿や飲食店を開業した移住者などにフォーカスし、約30人をインタビューしてくれた。
 ポタリストの興味や関心は、自然・絶景、歴史・民俗など、さまざまである。ぼくはこれから、いくつものバージョンのポタリングマップを制作し、宿に用意していく予定でいる。島々の多様な魅力を伝えたい。

第5回 2024年12月2日付
多様性を実現するゲストハウス

 上島町では今、空き家を改修した宿泊施設が増えつつある。移住者による運営だけでなく、地元住民により開業準備がすすむ施設もある。
 都会のビジネスホテルのように、画一化された部屋数が地域に増えるのであれば、すぐに供給過剰となり、淘汰(とうた)が始まるだろう。だがゲストハウスのようにオーナーの個性が強く反映される小規模な施設であれば、それぞれの志向性は拡散し、客層の幅が拡(ひろ)がる。そして各施設は異なる訴求対象に向けて、指向性の異なる情報を発信していく。その結果、地域の集客力は増していくことになるだろう。
 前回の本欄でぼくは、「ポタリング」というサイクリングのスタイルを発信していくことで、ぼくのゲストハウスの個性化/差異化に注力していると書いた。だが、域内のすべての観光施設が、この施策に賛同してなぞるべき、とは考えていない。
 ある地域で一つの観光施設が特定の手法により大きな成功を収めると、それはすぐに既得権益化し、先行者が利益を独占する。そして、それ以上の地域の発展は望めなくなる。誕生した「巨人」は、次の挑戦者を簡単に踏み潰(つぶ)す。それよりは、異なる手法での小さな成功がいくつも発生している地域の方がおもしろい。多様性の実現こそが、地域の持続可能性を高める、最も有効な戦略である。
 これから上島町で開業する宿泊施設は地域に多様性をもたらし、旅行者に選択肢を用意する。

第6回 2025年1月13日付
移住実現を阻む障壁を破る

 ぼくはゲストハウス開業準備中の3年間、役場で移住促進をミッションとする島おこし協力隊として勤務していた。上島町は小さな島々で構成されているため、島のどこからでも、海が近い。西に「しまなみ海道」の多島美があり、東には燧(ひうち)灘が広がる。この町を旅して、住みたくなる人は多い。
 移住実現を阻害する障壁は主に2つ。住居と仕事だ。この2つがなかなか見つからない。まず住居。町内に空き家はたくさんあるが、移住希望者がすぐに入居可能な空き家は、ほとんど無い。そして移住希望者が期待するような仕事もなかなか見つからない。仕事が豊富にあるなら、そもそも人口流出は起こっていなかっただろう。
 都市部から地方への移住を促進させたい行政が移住者に期待していることのひとつが起業だ。ぼくはこのレールに乗ってみた。
 ぼくの宿は町の中心部から離れた、軽自動車しか通ることのできない細い道の行き止まりにある。開業2年目が終わろうとしている。起業できたのも、試行錯誤しながらも営業を継続できているのも、NPO運営など他のいろんなことができているのも、この町に移住者を支援してくれる人たちがいるからだ。
 「平田があの場所で宿を営業できているのなら」ということもあるのだろう、町に新しい宿泊施設が増えつつあり、宿以外のさまざまなスモールビジネスが生まれている。上島町はこれからきっと、もっと楽しくなる。

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