【第7話】言葉の壁、再び。40代の再スタートと、テヘランで出会った「今」を愛でる知恵

Buona sera a tutti!(皆さん、こんばんは!)
イタリアのフィレンツェで家具修復士をしている、みっちーです。
連載エッセイ『三つの国境を越えて』をお読みいただき、
本当にありがとうございます。
第1章の完結、そして第2章の幕開けから、前回の第6話。
皆さまから届く「スキ」や温かいコメント、
そして一つひとつのメッセージが、私の何よりの励みになっています。
15年という月日をかけたイタリアでの暮らしを一旦閉じ、
家族で未知の国・イランへ。
そんな私たちの無謀とも言える挑戦を、
自分のことのようにハラハラしながら、
あるいは応援しながら見守ってくださる読者の皆さま。
皆さまの存在が、今日も私の筆を動かす原動力です。
心からの感謝を込めて。
キャンペーン延長のお知らせ
現在実施中の【新春100円キャンペーン】ですが、
大変ありがたいことに予想以上の反響をいただいております!「
じっくり読み返したい」「これからの展開も楽しみ」
というお声を多数いただき、感謝の気持ちを込めて、
キャンペーン期間を1月末まで延長することにいたしました。
第1話から第4話までの有料記事(裏話・哲学)も、
すべて【100円】でお読みいただけます。
この機会にぜひ、私たちの旅の始まりから追いかけてみてくださいね。
[ここに第1章マガジンのリンク]
音声でもお届けしています
今回のエピソードも、stand.fm(スタエフ)で公開しています。
テヘランの喧騒を思い浮かべながら、家事の合間や移動中など、
「声」のストーリーもあわせてお楽しみください。
フィレンツェの静寂から、テヘランの轟音へ
実は、私たちの「三つ目の国境」を越える旅は、
空港ではなく、フィレンツェの自宅前から始まりました。
飛行機ではなく、愛車に荷物を積み込み、
陸路でイランを目指したんです。
イタリアを後にし、ギリシャの碧い海を渡り、
トルコの広大な大地を駆け抜ける。
家族4人、車一台で数千キロを移動した
この壮大なロードムービーのような道中は、
語り出すとそれだけで一冊の本になってしまうほど。
このエピソードは、また別の機会にゆっくりとお話しさせてくださいね。

そうして辿り着いた、イランの首都・テヘラン。
車を降りた瞬間に私を包み込んだのは、
乾いた土の匂いと、濃厚な排気ガスの香り、
そして街全体が常に震えているような圧倒的なエネルギーでした。
フィレンツェの工房は、常に静寂の中にありました。
聞こえてくるのは、ノミが木を削る音や、時計が時を刻むリズム。
けれど、テヘランは正反対の「轟音」の世界です。
鳴り止まないクラクション、
車線の概念がないかのようにひしめき合う車、
そして渋滞に次ぐ渋滞・・・。
何より衝撃だったのは、
テヘラン特有の「空気汚染による休校」です。
排気ガスで空気が汚すぎて、
突然「今日は学校休みです」という連絡が来る。
フィレンツェの澄んだ空気の下では考えられなかった日常の洗礼に、
私は「とんでもないところに来てしまった・・・。」と、
呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
24歳の「焦り」と、40歳の「願い」
私は24歳で単身イタリアへ渡ったときも、
高く厚い「言葉の壁」にぶつかりました。
あの時のイタリア語習得は、まさに死活問題。
専門学校という次のステップへ繋げるために、
ヒリヒリするような焦りに満ちていました。
若いクラスメイトたちの吸収力についていけず、
夜な夜な辞書を引いては泣いていた記憶があります。
でも、40代という人生の折り返し地点で
向き合うことになったペルシャ語は、全く違う色をしていました。

右から左へ、筆先を滑らせて模様を描くようなペルシャ文字。
それはアルファベットとは全く異なるリズムを持っていて、
視覚的にも非常に美しく、
覚えること自体がどこか芸術的な体験のように感じられました。
今回の語学習得は、自分を証明するためでも、
キャリアのためでもありません。
「目の前にいる夫の家族や親戚たちと、
自分の言葉で笑い合いたい」
ただその一点だけを願う、温かな
「心の修復作業」のような時間でした。
夫に全てを頼り、彼の背中に隠れるのではなく、
自分の足でこの街を歩きたい。
そんな思いで通い始めた語学学校には、
私と同じように「パートナーがイラン人だから」という理由で学ぶ、
世界中から集まった落ち着いた年代の人たちがいました。
焦る必要はない。
この新しいリズムを、ゆっくりと自分という人生に刻んでいけばいい。
そう思えたのは、40代になった私なりの、
小さな「心の余裕」だったのかもしれません。
「猿」がやってくる!?言い間違いが運んできたもの

そんなある日、親戚たちが集まる賑やかな席で、
私は勉強したてのペルシャ語で得意げに言いました。
「明日は、うちに大切なMeiman(メイマン)が来るのよ!」
その瞬間、それまで賑やかだった部屋が水を打ったように静まり返り、
次の瞬間に爆発するような笑いが起きました。
私が言いたかったのは「Mehman(メフマン=お客さん)」。
でも、私が口にしたのは「Meiman(メイマン=猿)」。
「みっちーの家には、明日サルが来るのかい!?」
「手土産はバナナに決まりだね!」
涙を流して笑う親戚たちを見て、20代の私なら、
顔を真っ赤にして自分の未熟さを恥じていたでしょう。
でも、その時の私は、彼らと一緒に心の底から笑っていました。
完璧な言葉で自分を飾るよりも、
こんな不器用な間違いから生まれる「笑い」の方が、
時に深く、温かく、人の心と心を繋いでくれることを知ったからです。
子供たちの「スポンジ脳」と、イラン式の洗礼
私が「猿」と格闘している横で、
当時小学1年と2年だった子供たちは、
驚異的なスピードでテヘランに溶け込んでいきました。
テヘランのインターナショナルスクールは、イランの法律に従い、
インターであっても校舎が男子校と女子校に分かれていました。
「一緒の学校がいい!」と泣いて駄々をこねたのは最初だけ。
数週間もすれば、彼らは英語とペルシャ語を自由に操り、
私を置いてきぼりにする勢いで「テヘランっ子」になっていきました。
言葉を「勉強」として捉える大人と、
言葉を「遊び」として吸収する子供。
その柔軟な背中を見て、私は「親が教える立場」というプライドを、
そっと横に置くことにしました。
「ねぇねぇ、さっきの言葉、なんて言うの?」
「それは、こういう意味だよ、お母さん。」
言葉が通じない異国で、親子が「共に学ぶ同志」になった時間。
それは、私がこれまで築き上げてきたものを一旦脱ぎ捨て、
子供たちと対等な「一人の人間」として向き合う、
不思議で幸福な時間でもありました。

祈りを込めて:今、この空の下で思うこと
この記事を書き終えようとしている今、
私の心は深い悲しみに包まれています。
かつて私と家族を、あの熱烈なホスピタリティで
温かく迎え入れてくれたイラン。
今、その大地では、自由を求めて声を上げた多くの人々が傷つき、
尊い命がいくつも失われました。
「今回こそは、何かが変わるかもしれない・・・。」
そう信じて見守っていた希望の光が、
再び力によって押し潰されてしまった現実。
亡くなられた方々、
そして今も冷たい壁の向こう側で自由を奪われている方々のことを思うと、胸が締め付けられます。
家具修復士として、私は
「壊れたものは、いつか必ず直せる。」
と信じて生きてきました。
けれど、失われた命だけは、
どんなに腕の良い職人であっても修復することはできません。
その「欠落」のあまりの大きさに、私はただ立ち尽くすばかりです。
あの日、市場で私に「よく来たね!」と焼きたてのナンをくれた人。
子供たちを抱き上げて笑ってくれた近所の人。
あの大地に生きるすべての人に、
あの穏やかで温かな日常が、
本当の意味での自由とともに戻ってくることを願ってやみません。
犠牲になったすべての魂に、
そして今もなお戦いの中にいる人々へ。
遠いフィレンツェの空の下から、心からの祈りと哀悼の意を捧げます。
次回予告と「裏話・哲学」のお知らせ
今週も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
【裏話 Vol.7】(土曜公開):
「インターナショナル・サバイバル!」
男子校・女子校に分かれた校門の前で泣いた日。
そして、ゴージャスすぎるイランのママ友コミュニティで目撃した、
驚愕の世界とは。
【哲学 Vol.7】(日曜公開):
言葉は「ニス」に過ぎない。
11世紀の詩人オマール・ハイヤームが説いた「無常」の哲学を、
家具修復士の視点で読み解きます。不完全な言葉を愛し、
新しいリズムを人生に刻むための心の持ち方について。
そして来週の第8話。 いよいよ舞台はさらにディープな異文化の渦へ。
「時間は守らない」「自己主張が強い」。
ストレスの向こう側に見えた、他者を許す「寛容」という名の心の修復。
また次の金曜日にお会いしましょう。
Buona serata!(素敵な夜を!)
