ブラジルからフィレンツェ、そして米国へ。三つの国境を越えて「母の面影」を運ぶ、くるみの鏡。

Buonasera a tutti! (みなさん、こんばんは!)
イタリア・フィレンツェの工房から、
家具修復士のみっちーです。
今日も私の工房の扉を叩いてくださり、
本当にありがとうございます。
そして、一昨日の4月1日。
定期購読マガジン『みっちーの合鍵』の創刊に、
温かなお祝いと応援をいただき、
本当にありがとうございました!
気づけば、この小さな工房を見守ってくださるフォロワーさんの輪は、300人を超える温かなコミュニティへと広がっています。
「合鍵、受け取ったよ!」
というお一人おひとりの声が、海を越えて届くたび、修復士としての誇りと、新しい扉を開けた喜びを噛み締めています。
今回のエピソードもラジオでお話ししています。
フィレンツェの春の空気感と一緒に、お楽しみください。
プロローグ:パスクアの風と「緑の娘たち」
今、私の工房の窓の外からは、いつも以上に賑やかで晴れやかな声が響いています。
日曜日の復活祭(Pasqua・パスクア)を目前に控え、街ゆく人たちが
「Auguri!(アウグーリ:おめでとう!)」
「Buona Pasqua!(ブォーナ・パスクア!)」と、
弾んだ声でお祝いの言葉を言い合っているんです。
その温かな声の礫が石畳に反響して、
工房の中にまで流れ込んでくるのを聞いていると、冬の静寂を脱ぎ捨てたフィレンツェに、
本当の春が訪れたことを実感します。
さて、まずは工房の近況報告を。
先週、下地塗りに精を出していた「緑の娘たち(雨戸)」。
彼女たちは今、ようやく本来の鮮やかな深緑を纏い始めました。
下地という「心の準備」を終え、一塗りごとに表情を変えていく彼女たちを見ていると、
私のマガジン創刊への高揚感と重なるようです。
そんな「娘たち」の傍らで、今、私の修復台の上には、一台の特別なドレッサーが鎮座しています。
温かみのある「くるみ(Noce)」の木肌に、ひんやりとしたピンク色の大理石。
そして、すべてを見守るような円い鏡。
この家具は今、ある壮大な「旅」の途中にあります。
「ウンベルティーノ」が語る、新しい時代の誇り
この家具の様式は
「ウンベルティーノ(Umbertino)」。
1870年代から1900年頃、イタリアが統一国家として歩み始めたばかりの、希望と誇りに満ちた時代に花開いたスタイルです。
時の国王ウンベルト1世の名を冠したこの様式は、
重厚なルネサンスへの憧憬と、新しい時代の力強さが共存しています。
100年以上前、イタリアの職人が一刻みずつ込めた花の彫刻。
まさか自分の作品が海を渡り、これほど長い旅をすることになるとは、当時の職人も想像しなかったでしょう。
市場の価値よりも、大切なもの
このドレッサーの持ち主は、5年前にブラジルからフィレンツェへ移住してこられたご夫婦です。
この度、ご主人がアメリカの大学で教鞭を執ることになり、一家は再び海を渡ることになりました。
実は、イタリアのアンティーク市場という物差しで見れば、この時代の家具は「若すぎる」とされ、
金銭的価値はそれほど高くありません。
修復代の方が、買い直すよりも高くついてしまうことさえあります。
けれど、奥様は迷うことなくおっしゃいました。
「これはブラジルにいた母の形見なんです。どうしても、みっちーさんに直してもらってから、一緒にアメリカへ連れて行きたいの」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋が伸びました。
修復士の仕事は、単に古い木を磨くことではありません。
持ち主が大切にしたい「想い」を、
次の100年へ繋ぐことなのです。
パティナを愛で、輝きを呼び戻す
素材は、丈夫で気品のある「くるみ」です。
長い年月の間に塗り重ねられたオイルやワックス、そして汚れ。
私の役目は、この家具が刻んできた「パティナ(古艶)」という名の歴史を傷つけることなく、
汚れだけを取り除き、眠っている輝きを呼び起こすことです。
仕上げには、私の一番得意な技術である「フレンチポリッシュ」を施します。
薄いシェラックニスを幾度も塗り重ね、木目の奥底から湧き上がるような光沢を与えていく・・・。
この工程は、家具と私との、静かな対話の時間でもあります。
三つの国境を越える、くるみの記憶
ブラジルで生まれ、5年前にフィレンツェへ。
そして次はアメリカへ。
このドレッサーの歩みは、かつて日本を飛び出し、三つの国境を越えてここに辿り着いた私自身の人生とも重なります。
数ヶ月後、この鏡がアメリカの新天地で奥様の笑顔を映し出すとき、私の手仕事が家族の絆を繋ぐ小さな「合鍵」になっていればいいな。
そう願いながら、今日も職人の時間を過ごしています。
予告:来週の無料記事では・・・
さて、このドレッサーが、私の得意技であるフレンチポリッシュによってどう生まれ変わっていくのか。
その驚きのプロセスを、来週の記事で詳しくお見せしようと思います。
職人の手の動き、木肌の変化をどうぞお楽しみに!
【お知らせ】これからの「物語」の届け方について
マガジン創刊を機に、今後公開する有料記事(蔵出し裏話や人生哲学)は、
1本200円(単品)とさせていただきます。
一記事ずつ、丹精込めた「作品」としてお届けしていきます。
なお、月額500円の定期購読マガジン『みっちーの合鍵』にご登録いただくと、
毎週末2本(月8本以上)公開される全ての有料記事と、不定期の限定記事が、追加料金なしで読み放題となります。
「みっちーの話をじっくり、全部追いかけたい」
と思ってくださる方には、このマガジン(合鍵)が最もおトクで、私を近くに感じていただける形になります。
ぜひ、扉の向こう側へも遊びに来てください。
今週末のラインナップ
※単品(200円)でも、マガジン(月額500円)でもお楽しみいただけます。
明日・土曜日の【蔵出し裏話】
「わが家は小さなイタリア共和国? 恐怖の(!)ファミリーエコノミーゲーム」
わが家で密かに行われていた、血も涙もない(?)経済実験。
子供たちが「家賃」を払い、社会の仕組みを肌で学ぶ、みっちー家独自の教育サバイバル術をコミカルに綴ります。
日曜日・【人生哲学】
「市場価値ゼロと言われた家具に、なぜ私は魂を込めるのか」
「買い直した方が安い」と言われる家具を修復することの意味。
それは、自分の価値を見失いそうになっている人への、私なりのエールでもあります。
修復士が考える「本当のラグジュアリー」について深掘りします。
今週末も、フィレンツェの工房でお待ちしていますね。
今日も、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
素敵な週末をお過ごしください!
Buon fine settimana e Buona Pasqua!
フィレンツェより、感謝を込めて。
みっちー
